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■ 嵐の狭間で希うこと

大樹のような人だ。
雨にも、風にも、嵐にさえ負けない、大地に根付いた大木。
ただ悠然とそこにあるのが当たり前で、大いなる恵みをもたらす人。
それが、我が十三番隊の隊長、浮竹十四郎の第一印象で、彼の部下になって百年以上経った今もそれは変わらない。


「・・・どうかしたか?」
文机に向かっている浮竹隊長を眺めていたら、不意に隊長が問うてくる。
その意味を図りかねて首を傾げれば、視線が痛いぞ、と苦笑交じりの声が聞こえてきた。
筆を置いて振り向いた隊長はやはり苦笑を浮かべていて、こちらも苦笑を返す。


『・・・初めて、隊長のお姿を拝見した時のことを、思い出しておりました。』
「俺もよく覚えているぞ。お前が入隊してきた時のことは。」
『厄介な新人が来た、と?』
くすくすと問えば、隊長もまた笑う。


「そうだなぁ・・・。正直、六番隊か八番隊に行ってくれ、と思っていたな。四十六室の姫など俺の手には負えない、と。」
率直すぎる言葉に苦笑するしかない。
もちろん、それを不快に思うこともないのだが。


『今も、そうお思いですか?』
「まさか。お前が居なければ、今頃俺は隊長を辞めて隠居生活を送っていたことだろう。それで、時折京楽がサボりがてら俺の様子を伺いに来るんだ。」
悪戯な言葉にくすくすと笑う。


『それはそれで、魅力的な生活ですね。』
「はは。そうかもしれないな。だが・・・うん。俺は、結構今が気に入っている。儘ならないこともたくさんあるけどな。」
『ふふ。そうおっしゃって頂けるならば、私は、自分の選んだ道を後悔せずに進むことが出来ます。』


「それは、本心か?俺の前で無理をする必要はないぞ?」
困ったような微笑みだが、その瞳には心配が映っている。
藍染らの裏切りによる四十六室の全滅。
それはつまり、私の父は藍染によって亡き者にされたということ。


変わり果てた父の姿は、ただただ、哀れだった・・・。
息を切らせて飛び込んだ四十六室の地下議事堂。
乾いた血の中で、息絶えていた父。
私にとっては良い父親ではなかったけれど、それでもやはり、その姿は胸に堪えるものがあった。


『・・・何も、思わないわけではありません。ですが、あれからもう一月が経ちました。弔いもすでに終えております。そして、我々には、次の戦いが待っている。』
真っ直ぐに隊長を見つめると、一瞬だけ隊長がたじろいだ。
けれどそれは本当に一瞬で、隊長はすぐに大きく頷く。


「そうだな。・・・お前はもう、立派な死神だなぁ。」
『いえ。まだまだです。浮竹隊長の背中に守られているだけの、小さな存在でしかありません。隊長の庇護があったからこそ、私は今ここに居ることが出来るのです。』
笑みを見せると、隊長は困ったように笑った。


「そこまで思っているのなら、もう少し俺を頼ってくれるといいんだがなぁ。」
『隊長を頼りにしている隊士はたくさん居りますから。』
「お前だから頼って欲しいんだが。」
『え・・・?』


「・・・全く、困った奴だ。」
首を傾げた私に笑った隊長は、文机に向き直って筆を執る。
「漣は留守番決定だな。」
『え?留守番・・・?』


「次の戦いでは、隊長格の殆どが瀞霊廷を離れるからな。三席以下の席官たちは、瀞霊廷の守護に就く。破面の実力がどの程度かは未知数だが、厳しい戦いになることが予想される。・・・十三番隊を任せたぞ、漣。現世から帰ってきたら、美味い茶を淹れてくれよ。それが、お前の次の仕事だ。」


穏やかではあるが、否と言わせない不思議な声音。
柔らかな膜に包んで、目隠しをされたような。
まるで、幼子を危険から遠ざけるような。
一死神としては、それがすごく悔しいけれど。


・・・でも、それが、今の私の実力なのだ。
今の私に破面と、ましてや、藍染と向き合うことなど、出来やしない。
何もかもが、私には足りないのだ。
それでも隊長は、私たち隊士に役目をくださる。
大きく伸びた枝葉で私たちの頭上を守りながら。


『・・・それでも、私は。』
その、大樹の一部になりたい。
朽ちて枝から零れ落ちる枯葉だっていい。
大樹の根元に降り積もって、その木の養分になることだって、厭わないのに。


「ん?何か言ったか?」
『・・・いえ、何も。』
「引き受けてくれるな、漣?」
『はい。承知いたしました。』


「よし。それじゃ、この書類を一番隊に提出してきてくれ。」
『畏まりました。』
一礼して部屋を出ていこうとすると、不意に隊長が振り向く。
「漣。」
『はい?』


「何かあれば、いつでも頼ってくれよ。俺はお前に頼ってばかりいるから、たまには隊長らしくさせてくれ。」
『・・・では、隊長らしく、悠然とそこにいらっしゃってください。隊長がそこに居るだけで、私の支えになりますから。』


「・・・・・・参ったな。これは脈なしか、京楽?」
一礼して出て行った咲夜を見送って、浮竹はぽつりと呟く。
「さぁて、ね。ま、あれ程浮竹に靡かない女の子は珍しいけれど。」
音もなく現れた京楽は、楽しげだ。


「落ち込むからそういうことを言わないでくれよ・・・。」
「あはは。だって、恋なんてものは、いつどこで芽吹くか解らないもの。全ての種が芽を出すわけでもないし。」
「それはそうなんだがなぁ・・・。」


「・・・それはそうと、例のものが出来上がったらしい。」
京楽の言葉に浮竹は目を丸くする。
「早いな。」
「決戦が早まるかもしれないよ、浮竹。」
「あぁ。体調は万全にしておくさ。」


「それから、ルキアちゃんと阿散井君だけどね・・・。」
「・・・やはり向かったか。」
「うん。一護君も織姫ちゃんも、彼らの友人だからね。」
「友のため、か。それならば、止めることは出来ないな。手引きをしたのは白哉だろう。まったく、彼奴も丸くなったというか、昔に戻ったというか・・・。」


「あはは。年寄りは苦労するねぇ、浮竹。」
「お互いにな。」
「違いない。」
二人の苦笑が部屋に小さく響く。


「この戦いが終わったら、彼奴に・・・漣に想いを伝えるのもいいかもしれんな。俺が生きていれば、だが。」
「生きているさ。浮竹も僕もね。」
「そうか。」


それじゃあ、また。
そう言って去っていく京楽に頷いて、大きく伸びをする。
机の上には、空白の多い配置図。
自分たちが現世にいる間、瀞霊廷の守護を任される席官たちへの指示書でもある。


「さて、漣の配置はどこにするかな・・・。」
呟きながら、一番安全な場所を考えてしまう自分に苦笑した。
「彼奴は、そんなことは望まないな、きっと。」
再び呟いた浮竹は、筆を執ってさらさらと名前を書き入れていく。


漣咲夜の名が書き込まれたのは、穿界門のすぐそば。
隊長たちが負ければ、まず最初に敵が雪崩れ込んでくるであろう最も危険な場所。
・・・だが、漣がそこに居ると思えば、俺はいくらでも戦うことが出来る。
そして、戦いを終えて帰還すれば、一番に彼女の顔を見ることが出来るのだ。


「いつのまに、こんなに好きになっていたのだろうな・・・。」
そんな呟きを漏らしながらも、浮竹は次々と隊士の名を書き込んでいく。
この先の戦いで皆が無事であることを願いながら。
全てを書き終えて配置図を眺めると、心なしか漣咲夜という文字が大きいことに気付いて浮竹は苦笑を漏らすのだった。



2017.06.09
破面との戦いの前のお話でした。
尸魂界のための戦いではあるけれど、それは同時に大切な人を守る戦いでもあったはず。
傷ついて帰って来た浮竹さんを見た咲夜さんは、きっと一時も離れることなく看病することでしょう。


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