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■ 知己朋友

『吉良イヅルは居るか?』
眠気を誘う授業中。
睡魔と闘いながらもなんとか授業を聞いていたイヅルは、その声に目を覚ます。
開け放たれた戸口に立つのは、幼馴染兼先輩で、現在霊術院の五回生である漣咲夜だった。


「咲夜・・・?」
『よかった。君のことだから真面目に授業を受けていると信じていたよ。』
爽やかに微笑んだ彼女は、その辺の男よりも凛々しい姿で。
中性的ともいえるその姿は、男女問わずに人気がある。


眉目秀麗。
才色兼備。
自由奔放。
これらの言葉は彼女のためにあるのではないかと、イヅルは常々思っている。


高い位置で結われた髪を揺らして颯爽と教室に入ってくる彼女に、教師は何も言わない。
彼女の奇行、というか、唐突さ、行動の読めない性格には、教師たちも呆れているのだ。
当然、幼馴染であるイヅルはそれに巻き込まれることが多い。
教師からの同情を買うほどには。
それでも彼女のそれが黙認されているのは、彼女の実力が確かなものである故だろう。


『どうやら眠くなるくらいには暇なようだな。では、予定通り流魂街に出かけよう!』
「え?そんな予定を組んだつもりはないよ・・・って、咲夜!?まだ僕は頷いてない!」
有無を言わさず腕を掴まれて、引っ張られていくイヅルを助けようとするものは居ない。


『いいじゃないか。そういう気分なのだ、今の私は。』
反抗するイヅルをずるずると引っ張りながら、咲夜はずんずんと窓の方に歩を進める。
「そうは言っても僕は今授業中なのだけれど?」
『主席が細かいことに拘るな。必要ならば私が教えてやるから安心しろ。とにかく行くぞ。』


「え、わ、ちょ、うわぁ!?」
窓から飛び出した彼女はそのまま瞬歩を使う。
突然のことに驚きながらも何とか体制を立て直すと腕が離された。
あっという間に遠ざかった教室に溜め息を吐いて、潔く諦めたイヅルは咲夜についていく。


『・・・何だ。結構瞬歩を使いこなしているな。まだ一回生のくせに。』
隣に並べば楽し気な声が掛けられた。
「これでも一応主席だからね。それより、授業中に連れ出すのは止めてくれと、何度もお願いしたはずだけれど。」


『あはは。良いじゃないか。君が退屈な時間しか、選んでいるつもりはないよ。』
「そうだとしても、僕は君のせいで可哀そうな目で見られるんだよ。全くもう・・・。」
『この私と仲良くしていることで、妬まれているのも確かだけどな。』
「それを分かっていて、どうしてわざわざ目立つ方法で僕に関わるかなぁ・・・。」


文句を言いながらも、そのことに優越感を抱いているのは秘密だ。
大方今日も授業が退屈だとか文句を言って教師から逃げて来たのだろう。
彼女の脱走は日常茶飯事で、でも、彼女が巻き込むのは僕だけ。
週三日は繰り返されるそれが少し楽しみなのも、僕だけの秘密である。
彼女の隣に居ることを妬まれているというのは、少々面倒ではあるのだが。


『イヅルが一緒の方が、面白いからな。』
悪びれもなくいう彼女に、イヅルは再び溜息を吐く。
「僕は御免だよ。昨日だって、先輩方に呼び出されて大変だったんだから。」
『知っているさ。でも、君はあんな奴らには負けない。だから私は安心して君の傍に居ることが出来るのだよ。』


に、と笑みを見せる彼女は、狡い。
爽やかな笑みは、何度見ても格好いい。
昔から彼女は爽やかで、清々しくて、潔い。
一緒に居ると重い気分が吹き飛ぶくらいには。


『・・・よし。ここでいいか。』
小高い丘の上で足を止めた彼女は、大きく息をついて、空を見上げる。
釣られるように空を見上げれば、雲一つない青空で。
爽やかな風が吹いて、その風が頬に心地よい。


『・・・イヅル。』
暫しの沈黙の後、彼女は徐に口を開く。
「何だい?」
『私は明日から、六回生だそうだ。・・・配属先も決まった。』


驚きに彼女を見れば、凛とした横顔が見える。
その瞳が見据えるのは、遥か遠く。
どんどん先に進んでいく彼女に焦りはあるが、それでも喜びの方が勝るのは、彼女がどこか誇らしげだからだ。


「・・・おめでとう、咲夜。」
『あぁ。君に一番に言いたかった。ありがとう、イヅル。君のお陰だ。』
「僕は何もしていないよ。先を越されて悔しいけれど、いつまでも追いかける側でいるつもりもないし。配属先は?」


『もちろん鬼道衆さ。・・・漸く、父と兄の背中が見えてきた。まだまだ遠いけれど。』
珍しく苦笑を漏らした咲夜に、小さく笑う。
「生き別れた父と兄が鬼道衆の総帥と副総帥、だなんてね。」
『それも、会いに来いと言ってきたのはあちらの癖に、自分たちのことは一切伏せて、実力で上り詰めて来いというのだから、厳しすぎる父と兄だが。』


「未だに、手紙のやり取りだけなのかい?」
『いや。さっき、少しだけ顔を合わせてきた。手紙のままの人たちだった。父も兄も手厳しい。・・・でも、優しい人たちだった。母が、彼らを愛した理由が、解ったよ。同じ道を歩むことが出来なくても、彼らは繋がっていた。』


「一介の鬼道衆と貴族の姫の恋。普通なら、悲恋で終わることだろうね。」
『悲恋と言えば、悲恋だろう。いつか地位を得て迎えに行くと、そんな約束をして別れた二人だったが、母が私を身籠っていたというのは、誤算だったろうからな。そして、父が総帥に上り詰める前に、母は死に、私は漣家の養子となった。父と兄がそれを知ったのは、数年前だ。』


「その時には既に、君と君の父親たちとの間に、大きな壁が出来ていた。」
『実の子供と言えど、下級貴族の養子になった私と、今や鬼道衆総帥の父とでは、簡単に顔を合わせることも出来まい。だから、待っているのだよ、父と兄は。私が、同じ高さにやって来るのを。父と兄の隣に居ても、誰にも文句を言わせない場所まで、辿り着くのを。』


彼女はきっと、辿り着くだろう。
その瞳が見据えているその場所まで。
それならば、僕も。
僕も、彼女と並んでいられる場所まで、登っていきたい。
あの日、巨大虚と対峙した日に、阿散井君たちと誓ったように。


『父と兄の隣に辿り着いたら、一番にイヅルを紹介するよ。私の無謀ともいえる挑戦に付き合ってくれた奇特な奴だ、とね。』
「じゃあ僕は、それに釣り合うくらい、力をつけておくよ。それで一番にお礼を言おう。貴方たちが咲夜に道を示したお陰で、僕も自分の道を見つけることが出来た、と。」


僕の言葉に目を丸くした咲夜は、一瞬の後にくすくすと笑いだす。
その笑い声が次第に大きくなって、僕も釣られて笑った。
朗らかな笑い声が丘の上に響く。
そんな二人を見守る二つの影が近くにあるのだが、そうとは知らない二人は楽しげに笑い続けるのだった。



2017.05.21
爽やかな女の子が吉良君を教室から攫って行く、という映像が思い浮かんだので、書いてみました。
友情のような、家族愛のような。
好敵手でありながら、お互いに最強の味方であるような。
愛が生まれるとしたら、吉良君が咲夜さんを追い抜いたときだろうなぁ。


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