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■ 陰日向B

『・・・や。・・・くや。・・・白哉!!!』
咲夜の声とともに、ぽたりと何かが頬に落ちてくる。
目を開ければ、目の前には咲夜の顔があって。
どうやら気を失っていたのは一瞬のようで、未だ宴の席に居るらしい。
しかし、まだ起き上がるのは難しそうだった。


「お前の、泣き顔を見るのは、久しぶりだな・・・。」
次から次へと頬に落ちてくるのは、咲夜の涙で。
下から見上げると、まるで、真珠が降ってくるようだ。
それも、大粒の美しい真珠が。


『な、にを、呑気なことを、言っている。白哉まで、居なくなるかと・・・。』
体を震わせている彼女の頬に手を伸ばして、そっと彼女に触れる。
「案ずるな。瑞葉がお前のために仕込んだ薬のせいだ。死ぬことはない。」
『それでも!それでも・・・怖い・・・。』


「・・・私を失うのが恐ろしいか、咲夜。」
『当たり前だ。白哉まで居なくなったら、私は、どうすればいい・・・。』
「私とて、お前に居なくなられては困る。」
『え・・・?』
首を傾げた彼女に内心で苦笑する。


「・・・瑞葉と私は、ある共通の目標の下、婚約したのだ。」
『共通の、目標?』
「・・・瑞葉の陰で生きているお前を、光ある場所に導くこと。瑞葉は、お前と入れ替わって、お前を私に託し、お前のふりをして姿を消すつもりだった。」


貴方は咲夜を幸せにしてくれる?
あの日。
婚約を決めた日。
瑞葉はすでに決意していた。
咲夜と入れ替わることを。


私が嫁いだら、あの子はどこぞの楼閣に行くんですって。
漣家はこれまで、ずっとそうやって忌み子を隠してきたのだわ。
でも、そんなことはさせない。
だから、私に協力して。


私のことなら心配しなくていいわ。
流魂街に伝手を作ってあるから、適当な時期に逃げ出して、そこに行く。
ほとぼりが冷めたら流魂街の子供たちを集めて塾でも開こうと思っているの。
瑞葉はそういって笑った。


「・・・お前がお前として生きること。それが、瑞葉の願いだった。」
『瑞葉、が・・・?』
「あぁ。お前は、その思いを知っても尚、瑞葉として生き、自分の姉を流魂街の粗末な墓に、名もなき不幸な女として葬りたいか。お前の、大切な半身を。」


『・・・・・・いやだ・・・。』
ぎゅ、と縋りつくように、咲夜が私の着物を握る。
『そんなの、嫌だよ、白哉。本当は、すごく、嫌だった・・・。瑞葉は瑞葉なのに、瑞葉の死を認めずに、私が死んだことにされるのは、辛い・・・。瑞葉のために手を合わせるのが私だけなんて、あまりにも、惨い・・・。』


「瑞葉を瑞葉として、死なせてやれ、咲夜。そしてお前は、お前として生きろ。そうでなければ、私はいつまで経っても大切な友の死を悼むことが出来ぬ。お前が目の前に居るのに、お前を手に入れることも叶わぬ。・・・お前は一体、何者だ?本当のお前は、今どこにいる?」


『私、は・・・。』
一瞬の間があって、彼女は涙を拭う。
『私は、咲夜。瑞葉の双子の妹。私は今、ここに居る。だから、死んではいけない。自分を殺してはいけない。だって、瑞葉と白哉がくれた温かい場所に居るのだから。』


ふわりと微笑んだ咲夜に、周りからため息が聞こえてきた。
白哉もまた例外なく彼女に見惚れて、暫く彼女の微笑みに見入る。
・・・咲夜は、私なんかよりずっと綺麗よ。
自慢げにそう言った瑞葉を思い出して、白哉は悔しくなる。


瑞葉はこれを知っていたわけか。
私などよりずっと前から。
だからこそ、自分の全てを懸けて、愛する妹を救い出そうとしたのだ。
その先にある未来に、自分が咲夜の隣に居ることは出来ないと、解っていたのに。


「・・・完敗、だな。」
『え?』
「いや、何でもない。」
首を傾げた咲夜に苦笑して、ゆっくりと体を起き上がらせる。


『もう、平気なのか?』
「当然。その辺の隊士ならば一週間は眠り続けるだろうがな。」
『・・・瑞葉は一体、どんな薬を仕込んだんだ?』
「隊長格用の薬だ。しかし、瑞葉はどうやら私を見縊っていたらしい。一刻は眠り続けると、自慢げに話していたのだがな。」


『この薬は、白哉用だったということか?』
「そういうことだ。」
『瑞葉は、何故そんなことを?』
「・・・お前が最も警戒すべき相手は、私だということだろう。」


『どういうことだ?』
首を傾げる咲夜に溜め息を吐いて、立ち上がる。
周りを見れば、瑞葉が咲夜になったことに混乱している様子が伺える。
目が合った貴族の男が口を開く前に、咲夜の手を取って立ち上がらせた。


「詳しい話は後だ。・・・咲夜と瑞葉の件は、追って説明があることだろう。それまで待て。」
説明する気はない、とばかりに足を踏み出せば、貴族たちは開きかけていた口を噤む。
「帰るぞ、咲夜。」
『え?うん?いいのか、それは?』


「構わぬ。・・・まずは、お前の戸籍を作らねばな。それから、瑞葉の墓も手配せねば。漣家がこの件をどう処理するのかについては見物させてもらうとしよう。いずれにしろ、お前を手放すつもりはないが。祝言の色打掛も鮮やかな青の方が映えるな。瑞葉のために用意されている紅の色打掛は瑞葉にくれてやろう。」


『あ、あの、待て、白哉。その、私は、何が何だか、解っていないのだが・・・?』
「そうか?」
『いや、そうだろう・・・。それではまるで、白哉と私が祝言を挙げるような口ぶりだ。』


「そういっているのだ、馬鹿者。鈍いにもほどがある。」
『え?だって、瑞葉と好き合って婚約したのだろう?』
「お前は一体何を聞いていたのだ・・・。」
『違うのか?』


「・・・・・・。」
不思議そうな顔をしている咲夜に思わず呆れた視線を向ける。
『なんだ?白哉は無表情とか言われているが、私には解るぞ。何故そんなに呆れた顔をしている?』
「・・・邸に帰ってから、じっくりと教えてやる。」


盛大な溜め息を吐いて、彼女の手を引いた。
首を傾げながらも大人しくついてくる彼女にどう想いを伝えようか考えを巡らせながら、堂々と宴を抜け出す。
彼女は私のものだという牽制を込めて。


『・・・なぁ、白哉?』
暫く無言でついてきた咲夜が口を開いたため、歩調を緩める。
隣に並んだ彼女の横顔は、瑞葉のふりをしている横顔ではなく、彼女自身の横顔で。
隣を歩くのは咲夜なのだと、今更ながらに実感する。


「どうした?」
『・・・今後、漣家は、どうなる?』
その問いを口にした理由は、私には解らない。
瑞葉が死んだ今、彼女が漣家を心配する理由は何一つないのだ。


「糾弾は、免れないだろうな。取り潰しとまではいかずとも、格下げにはなるだろう。」
『そうか。・・・当主様と奥方様は?』
「責任を負うことになるだろう。一族の慣例とはいえ、非人道的な行為があったことは認めざるを得まい。」


『・・・そっか。』
きゅ、と力を込められた手。
どれほど虐げられていても、漣家は彼女の家なのだ。
瑞葉との思い出の場所なのだ。
彼女にとっては。


「・・・辛いか?」
その問いに、彼女は首を横に振る。
「そうか。・・・案ずるな、咲夜。私が居る。」
『うん。』


「本来お前が与えられるはずだったものを、私が補ってやる。」
『うん。』
「私の傍に居ろ、咲夜。」
『・・・うん。ありがとう、白哉。』


微笑みを見せた彼女は、やはり綺麗で。
それに見惚れていれば、烏の鳴き声が雰囲気をぶち壊す。
声を上げた烏を睨みつけるが、当の本人は平然と身繕いを始めた。
その烏から瑞葉の気配がした気がして、咲夜を見る。
彼女もまた烏を見ていて、それから二人で顔を見合わせた。


『・・・ふ、はは・・・あはは!』
声を上げて笑った咲夜を見るのは初めてのことで、目を丸くする。
『ふふ・・・。瑞葉が烏になった!』
無邪気にそう言った咲夜に白哉は思わず笑ってしまうのだった。



2017.06.01
終わりが迷子!
それに、甘いようなそうでもないような・・・。
精進します。


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