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■ 陰日向A

「おぉ、瑞葉姫だ。」
「瑞葉姫が居ると宴が一気に華やぐ。」
「しかし、我らではもう軽々しく近づけまい。」
「朽木家当主と婚約とは・・・。」


「瑞葉」と婚約して十日。
婚約の祝いの宴で、あちらこちらから聞こえてくるそんな言葉。
そして、深い溜め息。
溜め息を吐きたいのは自分の方だ、と白哉は内心で愚痴る。


「瑞葉」との見合いの日。
咲夜は完璧な瑞葉となって、私の目の前に現れた。
明朗で、賢く、どこか凛々しい、美しい姫。
何処から見ても瑞葉本人なのだが、第六感ともいうべき何かが、彼女は咲夜だと訴える。


いや、正確には瑞葉でない点が二つある。
一つは、咲夜、と呼んだ時、それは誰なの、と問われたこと。
妹を愛していた瑞葉ならば、絶対にそのようなことは言わない。
咲夜の存在を知る私に、咲夜の存在を隠したりしない。


そして、もう一つ。
完璧すぎる「瑞葉」は、私と二人きりの時でさえ完璧な「瑞葉」であるのに、一度も私と視線を合わせない。
まるで私を恐れるように。


『・・・ですわよね、白哉様?』
客人と話していた咲夜が、そういって私を見る。
にこりと微笑んでこちらに顔を向けているのに、視線は合わない。
傍から見れば、見つめ合っているように見えることだろうが。


「・・・あぁ。」
頷いた私に再び微笑んで、彼女は視線を客人に戻す。
『白哉様ったら、いつもこうなのです。せっかく好き合って婚約したのに、つれないんだから。この前なんか、私のことを咲夜、何て呼ぶのですよ?どこの誰だか存じ上げませんけれど、この私を前にして他の方の名前を呼ぶなんて、あんまりじゃありません?』


好き合って、婚約した?
どこの誰だか存じ上げない?
ちらりと見た隣で微笑む女は、知らない女のようで。


この、隣で笑う女は、一体、誰だ?
咲夜でもなく、瑞葉ですらない。
その女の口から語られる嘘。
もう止めてくれと、私の中の何かが叫んだ。


「・・・お前が私の何を知っている。一度も私と視線を交わさずに、私の何が解るというのだ。瑞葉の偽者に、一体、何が・・・。」
殆ど無意識に呟いた言葉は、嫌に広間に響いて。
しん、と宴が静まり返る。
しまった、と思った瞬間には、もう遅かった。


『・・・・・・にせ、もの・・・。』
感情の抜け落ちた、無気力な声。
その声にはっとして隣の女を見れば、これ以上ないくらい目を見開いた咲夜が、こちらを見ていた。
久しぶりに交わされた視線だったが、光を失っていく瞳に息を呑む。


「咲夜・・・今のは・・・。」
弁明の言葉が、上手く出てこない。
瑞葉の偽者。
これではまるで、瑞葉しか愛さなかった両親と同じではないか。
私は、それに傷ついていた咲夜を知っていたはずなのに。


『・・・そう、だよな。白哉だって、「本物」の瑞葉が良いよな・・・。瑞葉にどれほど似ていても、瑞葉の偽者では、役不足だ・・・。』
自嘲を含んだ、弱々しい言葉。
無機質な瞳から、つう、と涙が零れ落ちる。


『やっぱり、私に瑞葉の代わりは、無理だ・・・。死ぬべきは、誰からも必要とされない私だったのに。名前も、戸籍すらない私は、何にもなれない・・・。瑞葉にすらなれない私は、消えるべきだ。済まない、白哉。君が愛した瑞葉を守れなかったうえに、君の役に立つことすらできなくて、本当に済まない。この罪は、この命をもって、償おう。』


咲夜は、緩慢な動作で、己の結われた髪から簪を引き抜く。
その簪は、白哉が二人に贈った護身用の簪で。
鋭く研がれた先端が、光を反射する。
それが彼女の首筋に向けられた瞬間、己の体が動くのを、白哉は他人事のように感じた。


ぱた、た・・・。
躊躇いなく咲夜の首を切り裂こうとした簪が、それを止めようと手を伸ばした白哉の手の甲を掠って、血が流れ出る。
畳の上に数滴の血が零れ落ちたが、白哉は気にすることなく咲夜を抱きしめた。


「・・・もう良い。お前は、咲夜だ。瑞葉のふりなどするな。」
『びゃ、くや?』
「名前がないなどと言うな。お前は、咲夜だ。瑞葉がそう名付けたのだ。戸籍がなければ何者にもなれぬというのならば、いくらでもくれてやる。お前は、お前だ。瑞葉の偽者などでは、断じてない・・・。済まぬ、咲夜・・・。」


ぐらり、と視界が揺らいで、薬が仕込んであったのだろう、とどこか冷静に思う。
それでも、今は、まだ、倒れるわけには、いかぬ。
咲夜に伝えなければならぬことが、まだ・・・。
次の言葉を紡ごうとするのだが、意識が暗闇に落ちていく。


咲夜の簪には隊長格でも数十秒で昏倒する特別な薬を仕込んでおいたから、安心してね。
意識が完全に落ちる瞬間、瑞葉がそう言っていたことを思い出す。
全く、余計なことをしてくれる・・・。
内心で呪詛を呟いていると、白哉、と叫ぶ咲夜の声が聞こえた。



2017.06.01
Bに続きます。


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