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■ 網を張り巡らせる

「聞いた?五番隊の新しい隊長の話。」
「聞いた!滅茶苦茶美人なのに、冷たいらしいじゃん。」
「そうそう。仕事は完璧なんだけど、無表情で何を考えているかわからないって。」
「それで大丈夫なのか、五番隊は。だって、あの件の首謀者は元五番隊の隊長なんだぜ。隊士たちもそう簡単には隊長を信じられないだろうに。」


藍染の件が片付いてからひと月。
五番隊にも新隊長が迎えられた。
その名は、漣咲夜。
彼女は元遠征部隊長である。
といっても、三番隊に迎えられた天貝らとは部隊が違うため、面識はないのだが。


彼女は天才といわれる人種であった。
霊術院を首席で卒業し、未来の隊長候補として護廷隊に入隊する。
しかし、彼女は優秀すぎた。
それが徒となって、当時の四十六室に畏れられ、遠征隊に飛ばされたのだった。


そんな彼女だが、藍染ら三人の隊長が抜け、人手不足となった護廷隊に、背に腹は代えられぬ、と、四十六室に呼び戻された。
その後、隊主試験において隊長格三名の承認を受け、五番隊の隊長に就任したのである。


それから一週間。
『・・・失礼する。白哉は居るか。』
執務室に居た恋次はそういって入ってきた女に目を奪われる。
類稀なる美貌。
それを垣間見た気がした。


・・・いや、それよりも。
軽く頭を振って彼女から視線を外す。
そして彼女の言葉を反芻した。
今、白哉って言ったか・・・?
それに、あの羽織は・・・。


「・・・漣、隊長?」
そう呟けば、彼女の視線がこちらに向けられた。
『そうだが?』
その表情は噂通り無表情で、静かすぎる気配が、人を寄せ付けない。
「お初にお目にかかります。六番隊副隊長、阿散井恋次です。よろしくお願いいたします。」


『そうか。私は漣咲夜。新参だが、よろしく頼む。・・・それで、白哉は居るのか、居ないのか。』
やっぱり隊長を名前で呼んだ・・・。
そう思いながらも彼女の問いに答える。


「隊主室にいらっしゃいます。・・・呼んできましょうか?」
『・・・いや、その必要はない。』
淡々と言われて首を傾げる。
「でも、隊長に用事があるんすよね・・・?」
『向こうから来る。問題ない。・・・なぁ、白哉。』


「あぁ。」
彼女の言葉通り姿を見せた白哉に、恋次は目を丸くする。
「隊長!?」
「・・・久しいな、咲夜。」
『そうだな。久しぶりだ。最後に会ったのは、私が遠征に行く前だから・・・。』


「七十年ほど前だ。」
『あぁ。・・・お互い、長い七十年だったようだな。』
「そのようだ。私の方が先に隊長に上り詰めるとは思わなかったぞ。」
『そんなことはない。私は隊長に向いていないからな。』
「今は、互いに隊長だろう。」


『朽木隊長、とでも呼んでほしいのか?』
「では私は漣隊長と呼べばいいのか?」
二人はそういって視線を交わす。
互いに無表情であるため、恋次をはじめとして、その場に居る隊士たちは肝を冷やす。


『・・・やめてくれ、気持ち悪い。』
「そうであろうな、漣隊長。」
『何の嫌がらせだ、朽木家当主。』
「嫌がらせもしたくなろう。勝手に出て行きおって・・・。」


『最高の嫌がらせだな。この私を隊長の座に据えるとは。見事な手際だった。私は断りを入れる暇もなかったよ。』
「何のことだろうな。」
『惚けるなよ、白哉。浮竹隊長から話は聞いている。』


・・・あの、おしゃべりめ。
白哉は内心で舌打ちをする。
「私は、誰か隊長に相応しい者があるか、と問われて、漣咲夜の名を挙げただけ。兄を最終的に選んだのは総隊長だ。」


『それもすべて君の筋書き通りだろう。侮れないやつだな、君は。』
「お互い様であろう。」
『・・・本当に、約束を果たすとは思わなかったぞ。』
「私も、その髪紐を七十年も使うとは予想外だった。」


『これか?・・・少し手を入れたからな。持って行った物の中で、斬魄刀の次に役に立った。この髪紐が私を留めた。礼を言うぞ、白哉。』
そういった彼女の瞳が少し笑った気がした。
「それは何よりだな。・・・よく帰った、咲夜。」


『あぁ。ただいま。・・・それで、だな。少し、私に休みをくれ。次から次へと仕事だ、挨拶だと、五月蠅くて適わんのだ。』
無表情でありながらも、こちらを窺うように言われて、内心で笑う。
「よかろう。・・・いつもの場所を使え。そのままにしてある。」


『そうか。ありがとう、白哉・・・。』
ふら、り。
彼女はゆっくりと私の方に倒れてくる。
・・・限界が来ていたらしい。
受け止めた彼女からは、ゆっくりとした呼吸が聞こえてきた。
いつものことだと、彼女を抱え上げる。


「・・・え?あの、隊長?どうしたんすか、漣隊長は。」
恋次が目を丸くしながら寄ってくる。
「案ずるな。眠っただけだ。」
「どこか悪いんすか、この人。」
「・・・眠るのが下手なだけだ。」
「え・・・?」


「気になるのならば、本人が目覚めたときにでも聞くのだな。」
「まぁ、そうっすね。で、隊長、知り合いなんですか?漣隊長と。」
「同期だ。私とこれは、同じ年に護廷隊に入隊したからな。」
「なるほど。・・・仲良いんすね。」


「戯言を。・・・この女は、私が唯一、天才と認めた者だ。それ以上でも以下でもない。恋次。私は少し席を外す。よいな?」
白哉は言いながら歩を進める。
「えぇ。それは、構わないっすけど、どちらへ?」


「隊主室だ。何かあれば呼べ。」
「はぁ・・・。解りました・・・。」
その背を見送って、恋次は首を傾げる。
一体、どんな関係なんだ・・・?
その疑問は、一刻ほど後に解決することになる。


『いや、先ほどはすまない。君が阿散井君か。よろしくな。』
笑顔で手を差し出されて、恋次は目を丸くした。
先ほどとは打って変わって、漣隊長に表情があるのだ。
「な、え?いや、よろしくお願いいたします・・・。」


『へぇ。君、強そうだなぁ。暇な時、手合せしてくれ給えよ。』
「いや、それは、願ったり叶ったりっすけど・・・。」
握手を交わしながら言われるが、彼女の豹変についていくことが出来ない。
『それは嬉しいな。まぁ、白哉を頼むよ、阿散井君。』


「何故恋次などに頼まれねばならぬのだ。」
後ろから現れた白哉に恋次は肩をびくりと震わせる。
しかし、目の前の彼女は楽しげに笑って現れた彼の顔を覗き込む。
『おや、白哉。起きたか。』
「・・・別に寝ていたわけではない。」


『ふぅん?じゃあ、私の寝顔をずっと見ていたわけか。』
「馬鹿者。私はそれほど暇ではない。」
『暇ならするのか?』
「見ていてやろうか?」
『あはは。嫌だ。夢に出てきそうだ。』
「・・・はぁ。相変わらずだな。」


『いや、すまん。ここ一週間ろくに眠れていなくてな。助かった。』
「余計な仕事を押し付けられているのだろう。」
『そんなことはないさ。隊長業務が忙しいだけだ。』
「お蔭で妙な噂が流れているぞ。」
『あぁ、私が冷たい女だっていうやつか?ま、ある意味事実だろう。私は、犠牲を最小限に抑えることしかしないからな。』


「見捨てたわけではないくせによく言う。」
『ふふん。気に入らないか?』
「気に入らぬ。」
『君も相変わらずのようだな、白哉。優しいねぇ、君は。だから私には勝てないのさ。』
「喧しい。いずれ勝つ。覚悟しておけ。」


『はいはい。君が私に勝ってくれないと、私は死神を辞めることが出来ないからなぁ。』
「勝手に辞めるなど許さぬ。」
『我がままだな。さすが朽木の坊ちゃん。』
「兄は漣の姫のくせに姫らしくなさすぎて困る。」


『なんだ?不満か?元婚約者殿。』
その言葉に周りは目を丸くする。
「誰のせいで婚約が破棄になったと・・・。」
『あはは。私が家を追い出されたからな。まぁ、いいじゃないか。君も妻があったのだろう?どちらにしろ、婚約は白紙になっていたさ。超政略的な婚約だったしな。』


まったく、この女は、何一つ、変わっておらぬ。
笑う咲夜に白哉は内心でため息を吐く。
「それでも、兄の身が軽いわけではなかろう。」


『それは君もだろう。隊長であり、朽木家当主。君の双肩には数百の隊士たちと、数万の民の未来が懸かっている。私のために危ない橋を渡るな。君の役目は私を守ることではない。』


「私が兄を連れ戻したのは、私のためだ。兄を守るためではない。勘違いするな。」
『ほう?この私を、利用する気か?』
「そうだな。まずは、思う存分、仕事を押し付けてやろう。」
『勘弁してくれ・・・。』
「それから・・・。」


『まだあるのか・・・?』
「ある。」
『なんだ?』
「その内、朽木家から正式に使者が行くだろう。当然、兄に拒否権はないからな。私たちは晴れて婚約者となる。」


『・・・は?はぁ!?馬鹿じゃないのか、白哉!横暴だ!』
「騒ぐな。」
面倒そうに言えば、彼女は掴みかかってきた。
『私に、あの面倒な姫たちを敵に回せというのか!?いじめっ子も大概にしろ!』
「清家は乗り気ゆえ、問題ないだろう。」


『そういう問題じゃない!!私は!?私の意見は!?』
「取り入れぬ。」
『なんで!?』
「私とて、見合い話はもうたくさんだ。」
『うわ、自己中!ひっど!!私の意見は無視か!!ていうか、私、今、貴族でも何でもないぞ!?』


「・・・貴族でなくとも隊長であろう。問題ない。」
『なぁ!?そのためか!?そのために私を呼び寄せたのか!?』
「そうだな。ちょうどいいところに居た。」
『酷い!私は帰るぞ!』
「どこにだ?」


『ど、どこにって・・・。』
「遠征部隊か?それとも・・・漣家か?」
静かに問えば、彼女は動きを止めた。
『・・・帰れるわけがないだろう。あそこに、私の居場所はもうない。』
「では、どこに帰る。」


『・・・どこにも。』
「だろうな。」
『だろうなって・・・。本当にいじめっ子だな、君は・・・。』
「阿呆。」
『その上暴言・・・。もう少し私を労われ・・・。』


「阿呆に阿呆と言って何が悪い。・・・天才という割には、理解が遅いようだな。」
『何だ。何が言いたい?』
「あの時の続きだ。」
『あの時・・・?』
首を傾げる彼女に内心でため息を吐いた。


「思い出せぬのならばよい。早く仕事に戻れ。」
『そうだった!また来る!』
言いながら踵を返せば、彼女は慌てたように五番隊に戻っていく。
その様子を背中に感じて小さく微笑んだ。


私が咲夜を連れ戻して、その後は朽木家で面倒を見てやる。
遠征に出向く彼女と最後に話をしたときに、私は、そう約束した。
あの時、私は、彼女に惹かれていたのだ。
緋真を愛しはしたが、今日、彼女を見て再び心惹かれた。


若いころの恋とは、厄介なものだな。
ふとした瞬間に当時を鮮やかに思い出してしまう。
私の前で無防備に眠る彼女の寝顔を眺めていたのは本当のこと。
彼女が起きたことに気が付いて、眠ったふりをした。
つまり、清家云々は嘘である。


果たして、彼女はいつ気が付くのやら。
先はまだ長そうだ、と思いながらも、白哉は楽しげなのだった。



2016.03.15
最後、恋次が空気になってしまった・・・。
きっと二人の会話に唖然としていたのです。うん。
わざわざ皆の前であんな会話をしたのは、白哉さんの牽制だと思われます。


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