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■ 陰日向@

静かな執務室。
書類に目を通していた白哉は、見知った気配が近づいてくるのを感じて、視線はそのままに意識だけをそちらに向ける。
窓から音もなく部屋に入り込んできたその気配は、一瞬の間を置いてから、白哉の座る椅子の背もたれに背中を預けた。


「・・・どうした、咲夜。」
どことなく重い雰囲気を纏っている気配を感じつつも、白哉はいつもと同じように短く問う。
暫くの沈黙があって、背中の女は口を開いた。


『・・・・・・みずはが、しんだ。』
ぽつりと呟かれた言葉には、悲しみが滲んでいる。
「瑞葉が・・・?」
思わず零した言葉に、咲夜が頷いた気配がする。


瑞葉というのは、咲夜の双子の姉で、上流貴族漣家の姫である。
見目も器量も良い彼女が宴に姿を見せれば、誰もがその魅力に目を奪われる。
美しい着物も、美しい簪も、鮮やかな紅も似合う、大輪の花のような女。
太陽の下を歩くことを許された、愛情深い女。
そして、三日後には己と婚約するはずだった女。


対して、今白哉の背中に居る咲夜は、瑞葉の影。
漣家に於いて、双子は忌み子とされており、後に生まれた子どもは、一定の年齢になるとその出生を隠して養子に出されるのが常。
しかし、彼女ら双子は瓜二つであったために、妹である咲夜は姉の瑞葉の影武者として漣家に残ることを許されているのであった。


『・・・昨日の夜、瑞葉は、私に身代わりを任せて、宴を抜け出した。調子が悪いから、先に帰ると言って。その、帰り道、何者かに、襲われて、そのまま・・・。一人で帰すべきでは、なかった・・・。あの時、私が瑞葉に着いていけば・・・。』
押し殺した嗚咽が聞こえてきて、白哉は呆然とする。


『どうして・・・。あの家の中で、私の名を呼んでくれるのは、瑞葉だけだったのに。瑞葉のためならば、厳しい教育も、面倒な宴も、全部、耐えられたのに。たとえ、両親の愛情が私に一切向けられることがなくても。忌み子は私であって、瑞葉ではなかったのに、何故、瑞葉が・・・。』


「咲夜・・・。」
彼女の名を呼べば、自嘲めいた乾いた笑い声が聞こえてきた。
『咲夜はもう居ないよ、白哉。』
呟かれた言葉に、息を呑む。


「まさか・・・。」
『・・・昨日、襲われて死んだのは、咲夜だ。だって、漣瑞葉は、昨日、宴に参加していたのだから。』
淡々とした声に、白哉は恐ろしくなる。
彼女を失いそうな気がして、振り向こうとしたが、そのまま聞いてくれ、と制されてしまった。


『今日から私は、漣瑞葉。三日後、私は、漣瑞葉として、朽木白哉と婚約する。両親は朽木家にこのことを隠すだろうが、君は私と瑞葉の見分けがついてしまうから、先に伝えておく。』
「咲夜。」


『私はもう、瑞葉だよ、白哉。君が婚約を申し入れた、瑞葉だ。君は、瑞葉を愛せばいい。もし、君が「咲夜」に会いたいのならば、西流魂街一地区潤林安の共同墓地に行くといい。「咲夜」はそこに埋葬されている。・・・すまない、白哉。私の無力を、許してくれ。』


「待て、咲夜・・・!」
彼女が去る気配がして振り向くも、その姿は既になく。
結界で身を隠しているのか、霊圧も感じ取ることが出来ない。
瑞葉との約束を思い出して、奥歯を噛みしめた。


咲夜は、貴方に託すわ。
本当は私がずっと傍に居たいけれど、それではあの子は救われない。
これ以上、あの子に自分自身を殺させては駄目なの。
だから、貴方があの子の傍に居て。


彼女は・・・瑞葉は気付いていた。
私が見ているのは、咲夜だということに。
そして、瑞葉もまた、愛を知らない哀れな妹を愛していた。
だから私たちは、婚約することに決めたのだ。
咲夜のために。


「・・・瑞葉。私一人で、咲夜を救うことなど、出来るだろうか。」
己の存在を抹消して、瑞葉に成り切ろうとしている咲夜を思い出して、天を仰ぐ。
良き友を失い、愛する者は己の存在を否定した。
三日後、「瑞葉」となって姿を見せるであろう咲夜を思うと、呻き声を上げそうになる。


「莫迦者・・・。」
その呟きは、死んでしまった瑞葉に対するものか。
それとも、己の存在価値を知らぬ咲夜に対するものか。
はたまた自分自身に対してか。
己の呟きに、白哉は自嘲する。


「一番の莫迦者は、私か・・・。」
未だ、何一つ、伝えられていないのだから。
何一つ、守れていないのだから。
ならば、伝えねばならぬ。
守らねばならぬ。


咲夜が咲夜として生きられるように。
瑞葉が瑞葉として死ねるように。
ここで私が心を折れば、この哀れな双子は救われぬのだ。
様々な感情を何とか呑み込んで、深呼吸をする。


「・・・瑞葉。お前の死を悼むのは、お前が守ろうとしたものを守ってからだ。それまで少し待っていろ。必ず、お前たちを救ってやる。」
窓から空を見上げた白哉は、そんな誓いの言葉を口にする。
今は亡き友の手のひらが、背中を押した気がした。



2017.06.01
Aに続きます。


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