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■ 反抗少女 前編

「・・・漣様!お待ちください!この統学院に、漣咲夜という名の生徒は居りませぬ!」
「いや、必ずここに居るはずだ!」
「お待ちください!」


授業中、何やら騒がしい廊下と、聞こえてきた名前、そして、その声に覚えがあって、浮竹はちらりと隣の席の幼馴染を見る。
彼女にもその声は聞こえているだろうに、隣の彼女は涼しい顔で教本を捲っている。
徐々に近づいてくる騒がしさに助けを求めるように京楽を見るが、心地よい陽気に誘われたのか、頼みの綱の友人は舟を漕いでいて、数秒後の己の身を案じながら溜息を吐いた。


「・・・咲夜!!」
教室の扉を開け放つや否や聞こえて来た威厳のある声。
戸口に立つ壮年の男が身に着けているのは、貴族装束。
その頭には、上流貴族の証である牽星箝。
彼こそが、現漣家当主であり、咲夜の父なのであった。


突然の大物の登場に、教室には戸惑いのざわめきが起こる。
誰もが漣家当主に注目する中、彼を見ていないのは二人。
名を呼ばれても素知らぬ顔で教本を読み続ける咲夜と、そんな彼女に視線を送る浮竹。
聞こえた声に目を覚ました京楽ですら彼を見ているのだが、どうにかしろと咲夜に視線を向ける浮竹と、それを無視している咲夜との間で、無言の攻防が繰り広げられた。


「己の父の声が聞こえぬか、咲夜。」
地を這うような声は、その場にいるクラスの者たちを震え上がらせるのに十分で。
しかし、彼女は頑なに教本から目を離さない。
ぺら、と教本を捲ったところで、焦れたらしい彼女の父が教室に足を踏み入れ、真っ直ぐに彼女の元へと歩を進める。


「見合いをすっぽかして行方知れずになったかと思えば、こんな場所にいるとは。家出はお前の癖だと諦めてこれまでは大目に見てきたが、死神になるというのならば、話は別だ。その上・・・。」
ちら、と視線を向けられた浮竹は、次に彼の口から吐かれるであろう言葉を予想して身構えた。


「まだこのような男と関わっていたのか。余計な噂が立たぬよう、金輪際関わるなと言ったはずだが。お前はそれほど漣家の名を地に落としたいのか。」
『・・・はぁ。』
盛大な溜息を吐いた咲夜は、教本を閉じて、目の前に立っている己の父を見上げる。


『・・・誰の話をしているのか存じ上げませんが、漣家の当主ともあろうお方がそのような言葉を口にしてよろしいのですか?今この場には、上流貴族に限らず、位の低い貴族や、流魂街出身の者もございます。先ほどのお言葉をよく思わぬ者も居るでしょう。上流貴族漣家といえども、彼らなしでは成り立ちませぬ。ご自分のお立場を考えるならば、まずその物言いを改めたほうがよろしいかと存じます。』


普段の無邪気さなど一切ない、冷たい言葉と表情。
これが、深窓の姫君、と噂される漣家の姫の真実の姿。
時折見せる彼女のそんな一面に、彼女は正真正銘上流貴族の姫なのだと改めて思わずにはいられない。


『・・・お帰りください。この場に、漣家の咲夜姫は居りませぬ。』
それだけ言って立ち上がった彼女はそのまま教室を出ていった。
「おい、咲夜・・・。」
流石にそれは拙いだろう、と浮竹は彼女を追いかけようと立ち上がるのだが、手首を掴まれて立ち止まる。


「行くな。お前にあれを追う資格はない。」
彼女の父の言葉は、命令だった。
それでも浮竹は、その手を振り払う。
振り返って咲夜の父を真っ直ぐに見つめる。


「・・・そのお言葉には、従いかねます。」
それだけ言って一礼すると、浮竹は咲夜を追って教室を飛び出した。
唖然としてそれを見送った漣家の当主を見て、京楽が立ち上がる。
ゆっくりと扉の前まで行くと立ち止まって、いつもの軽さを装いながら口を開いた。


「・・・あまり僕の友人を苛めないでほしいな、というのが京楽家の次男坊の本音なのだけれどねぇ。」
独り言のような、それでいて確かに牽制が込められた呟きが静かな教室に響く。
その余韻が消える前に、京楽もまた教室を出ていくのだった。



2017.04.25
後編に続きます。


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