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■ 春麗

『失礼いたします、浮竹隊長。・・・浮竹隊長?』
雨乾堂の外から声が掛けられて、浮竹の意識が微睡みの中から浮かび上がる。
うたた寝をしてしまっていたか・・・。
そう思って机に突っ伏していた体を起き上がらせようとした。


『・・・あら?お休み中なのかしら?ちょっと、失礼いたしますよ。』
御簾を上げて部屋に入って来た彼女は、十三番隊副隊長の漣咲夜。
隊長となったばかりで何かと苦労が多かろう、と元柳斎が派遣してきた女傑だ。
といっても、彼女も京楽と同様に統学院の同期で、昔からよく知っている気安い関係なのだが。


『眠ってる・・・?』
声を潜めて呟かれた言葉と共にこっそりと近づいてくる気配。
悪戯心が湧いてきて、そのまま寝たふりをする。


『浮竹隊長ー。お仕事中ですよー。隊長が居眠りはいけませんよー。』
窘めるような言葉とは裏腹に楽し気な声音。
その声に小さく身じろげば、くすくすと忍び笑いが聞こえてくる。


『こんなに麗らかな春の日和では、隊長も眠くなってしまうのですねぇ。』
言いながらさらりと髪をかき分けられて、そのくすぐったさに再び身じろぐ。
『ふふ。可愛らしい寝顔だこと。・・・でも、狸寝入りはいただけません。起きておられることは解っておりますよ、浮竹隊長。』


その言葉に、ゆっくりと目を開ける。
ちらりと悪戯な視線を向ければ、悪戯な微笑みを返された。
くすくすと笑いながら体を起き上がらせて、軽く伸びをする。
深呼吸をすれば、彼女の香りが鼻腔を擽った。


『おはようございます、浮竹隊長。』
「あぁ。おはよう、咲夜。」
『普通に返されたら嫌味がなくなってしまうじゃないですか・・・。』
不満げな彼女は可愛らしい。


「その程度の嫌味を一々気にしていたら、何も出来ないからな。」
『嫌味をたくさん言われているような言い方ですね。』
「まぁ、な。」
『統学院の卒業生で初めて隊長になった、というのも、中々苦労しますねぇ。』


「仕方ないさ。俺が若輩なのは良く解っているからな。それに、京楽という仲間もいる。こればかりは時間をかけるしかない。」
苦笑を漏らせば、微笑みを返される。
『では、なるべく早く他の隊長方に認められるように、私も尽力いたしましょう。』


「あぁ。頼む。・・・で、そろそろ、その敬語、やめないか?」
『隊長に敬語を使わない副隊長の前例がありません。』
「お前が前例になればいい。」
『無茶なことをおっしゃらないでください。私には私の立場がございます。』


「同期なんだからいいじゃないか・・・。せめて、二人の時くらいは普通にしてくれ。寂しいじゃないか。」
『・・・困った人。そんな情けない顔をするから見縊られるのよ。十三番隊は隊長と副隊長が逆の方がいいんじゃないか、なんていう人もいるわ。そんなこと、絶対にないのに。』


「お前が俺を隊長だと認めてくれているのならば、それでいい。」
『それでも、私は、悔しいわ。私は、私の隊長が侮られるのは嫌よ。若輩だとか、病弱だとか、山爺の弟子だとか、そんなの、浮竹君を構成する要素の一つでしかないのに。浮竹君の真価はそんなところにはないわ。だから、悔しい。』


悔しそうに顔を歪めるその姿は、統学院の頃から変わらない。
彼女は誰かのためにそんな顔をする。
誰かが蔑まれたり、軽んじられることを許さない。
その誰か、が大抵の場合自分であることに苦笑を漏らさずにはいられないが。


「・・・いい奴だよなぁ。お前は。」
『そうかしら。』
「あぁ。惚れそうだ。」
そう言って微笑めば、彼女はぽかんとして、それから可笑しそうに笑う。


『・・・ふふ。惚れ直す、の間違いじゃなくて?』
「お前のそういう気の強い所も好きだぞ、俺は。」
『そう。それじゃあ、今後も末永くよろしくお願いいたします、浮竹隊長。』
「こちらこそ。公私ともによろしく頼むぞ、漣副隊長。」


『公私共に?』
「あぁ。」
『全く、欲張りねぇ。』
「駄目か?」


『・・・ふむ。駄目じゃないわね。だって私、浮竹君のこと好きだもの。』
「はは。知ってる。」
『知ってるって何よ・・・。』
「それは秘密だ。・・・さて、仕事に戻るぞ。」


不満げな視線を背中で受けながら、何事もなかったように仕事に取り掛かる。
切り替えが早いんだから、と文句を言いながらも報告書を読み上げ始める彼女に内心で笑って筆を滑らせるのだった。



2017.04.12
ある日の平穏な日常の一コマでした。
こんな日もあったのではないでしょうか。
二人の関係はご自由にご想像ください。


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