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■ 月桜

「朽木隊長!お疲れ様です!」
「隊長もいらしていたのですね!」
「一杯如何ですか?」
「・・・いや。連れがある故、今日は遠慮する。」


時刻は夜。
白哉様と並んで歩く提灯に照らされた桜並木。
満開に咲き誇る桜が、提灯の光を反射して淡く光る。
二人で連れ立っていると隊士たちが集まってきて、同じような会話が何度も繰り返される。
今日は護廷十三隊の花見の宴の日なのだった。


『・・・ふふ。白哉様ったら、人気者ですねぇ。』
「普段はあれ程気安く話しかけてきたりはせぬ。多かれ少なかれ、酔いが回っているのだろう。」
呆れたような口調ではあるが、その瞳は穏やかで、くすくすと笑う。


『だからこそ、人気者だと言ったのですよ。酔った勢いでもなければ、白哉様に話しかけられないというのは、逆に言えば皆が白哉様とお話したいと思っているということでしょう?』
笑みを向ければ白哉様の眉間に微かな皺が寄せられる。


「本当に話したいのならば、素面でも話しかけてくるものだろう。」
『それが難しい故に、お酒の力を借りているのです。』
「酔った相手にまともに取り合う私ではない。」
『そうだとしても、お酒の力を借りずにはいられないのです。』


「・・・・・・解せぬ。」
納得のいかない様子の白哉様は、私ならば素面で声を掛ける、と、小さく呟いた。
その呟きにくすくすと笑っていれば、気まずそうな顔をされて、さらに笑う。
拗ねたような瞳が、何だか可愛らしい。


『でも、お酒の力を借りた覚えがないわけではありませんでしょう?』
「・・・忘れろ。」
『ふふ。嫌です。だって、白哉様が私に話しかけたのは、お酒のお陰ですもの。あの日の白哉様は、随分と酔っておいででしたね・・・。』
出会った日のことを思い出して、その懐かしさに目を細めた。


そなたも、一人か。
あの日、白哉様はそう言って突然現れたのだ。
肌寒くなって来た晩の、美しい満月の日。
その美しさに惹かれるように邸を出た私は、伴を付けるのも忘れて、一人で夜道を歩いていた。


美しい月夜だこと・・・。
月が良く見える橋の上に佇んでいると、微かな足音が聞こえてきて、そちらの方を向く。
朧気な人影に、何者だろうか、と身構えた。
暫くして見えてきたのは、思いもよらぬ姿だった。
一目で高価な着物だと解るそれをさらりと着こなした男。


私に気付いた男は、ゆっくりとした動作で、こちらに進路を変える。
その彼は、どこからどう見ても、あの朽木白哉で。
話したことなど一度もなかったけれど、礼儀として軽く頭を下げた。
すると、彼は問うてきたのだ。


「そなたも、一人か。」
淡々としながらも、もの悲しい響きだった。
ふわり、と香の香りとともに、酒の匂いが微かに漂ってくる。
表情はしっかりとしてはいるがその緩慢な動作に、少なからず酔っていることを確信した。


「・・・何故、月はあのように遠いのだろうか。」
穏やかな口調に、とりあえず害はなさそうだ、と独り言なのか返答を求めているのか解らない問いに耳を傾ける。
やはりその声は悲しげで、半年ほど前に彼の妻が亡くなったことを思い出した。


「月は満ち、欠け、また満ちる。」
目を伏せた彼は、見ているこちらまで切なくなるほど切ない表情をしていて。
「だが、我らは一度欠けると元に戻らぬ・・・。何故・・・。」
答えが見つからなくて月を見上げれば、先ほどまで美しく見えたそれが酷く悲しく見えて、込み上げてきた涙が、つう、と頬を伝った。


「・・・済まぬ。泣かせるつもりはなかった。」
涙を流し始めた私に気付いた白哉様は、その指先で労わるように私の涙を掬い取る。
・・・こんなにも温かく、優しい人が、何故、月を羨むほどの孤独を抱えているのだろう。
恐る恐る手を伸ばして、その手を包み込む。
振り払われることも覚悟したが、彼は振り払わなかった。


「温かい、手だ・・・。」
流れ続ける私の涙に感応したように、白哉様の瞳が揺れる。
暫くそうしていると、つ、と一筋の涙が彼の瞳から零れ落ちた。
その涙を掬い取ろうと手を伸ばせば、その手首を掴まれて、思わぬ強さで引き寄せられる。


『びゃ、くや、さま・・・?』
涙を流しつつも目を丸くしていると、済まぬ、と小さく謝られた。
「済まぬ・・・。少しだけ・・・。」
微かに体を震わせながら、白哉様は、私を抱きしめ続ける。


「・・・済まぬ。」
暫くして私を解放した白哉様は、それだけ言い残して、闇の中に消えていった。
後日、顔を合わせた際、もう一度、済まぬ、と謝罪をされて、あの日のことは誰にも話さないでくれと口止めをされる。


彼が私の前で涙を流したのは、あの日の一度きり。
亡くした妻の妹が見つかった時も、その妹との関係が上手くいっていなくても、彼女が処刑されそうになっても、白哉様は、涙を流したりしなかった。
少なくとも、私の前では。


「・・・咲夜?」
どうやら物思いに耽っていたらしい。
白哉様の声に、自分が花見の席に居ることを思い出す。
ひらり、と目の前を花びらが舞う。


『あの日のことを、思い出しておりました。』
「忘れろと、言ったはずだが?」
『誰にも言うな、とは言われましたよ?』
「同じことだ。酒で足りない何かを満たそうとして、結局何も満たされず、初対面のそなたを頼ってしまうなど・・・。」


『ふふ。長い人生ですもの。そんな日もあるでしょう。』
「普通の者はそうかもしれぬが、私は違う。」
『隊長だろうと朽木家当主だろうと、関係ありませんよ。それに、白哉様はあの日のご自分のことを情けないとお思いかもしれませんが、私は、そうでもないのです。』
怪訝そうな顔をした白哉様に笑って、言葉を続ける。


『だって、あの日、白哉様は、私の涙を拭ってくださったもの。その指先は、とても温かかった。私はあの時、遠い人だと思っていた白哉様がすごく身近に思えました。朽木家当主と六番隊の隊長という責任を背負うが故に孤独で、本来の優しさを隠さねばならぬのだと思ったら、愛しさすら湧き上がりました。』


「愛しさ、か・・・。」
『あの日から顔を合わせれば言葉を交え、視線を交え、ゆっくりと距離が縮まって。そして今、こうして白哉様のお隣を歩くことが出来る。全て、あの日がなければなかったことです。ですから、私は、白哉様が何と言おうと、あの日を忘れません。』


「あの日の私の姿すら、そなたは簡単に受け入れてしまうのだな。それほど心が広くては、さぞ損の多い人生だろう。」
『白哉様が隣にいらっしゃるのですから、多少の損で済みましょう。大きな損をしたとしても、それ以上の幸福を白哉様が与えてくださる。何を恐れることがありましょうか。』


「・・・そなたは狡い。いつもそうして私を捕えて離さない。」
『ふふ。愛している、という言葉以外で愛を表現してみただけです。』
「それが狡いというのだ・・・。」


『でも、そんな私もお嫌いではないのでしょう?』
悪戯に問えば、白哉様も楽し気な瞳をする。
「あぁ。むしろ、好ましい。・・・愛しているぞ、咲夜。」
『はい。私もですよ、白哉様。』


微笑みを見せる二人を、周りの者たちも微笑まし気に見つめる。
護廷十三隊の花見はまだ始まったばかりで、桜並木もまだまだ続く。
人の多い並木道を寄り添いながら進む二人の姿を祝福するように、柔らかな光を帯びた桜の花びらが、あちらこちらで舞い上がるのだった。



2017.04.04
桜並木を見て何となく思いつきました。
桜が見頃ですね。


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