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■ 紅H

「・・・相変わらず血の気の多い斬魄刀だ。偽の宴を用意したのは正解だったな、咲夜。」
声が聞こえると同時に音もなく砕蜂様が現れる。
その背後には刑軍の腕利きが揃っていて、砕蜂様が手を上げると、一斉に楠と女を取り囲んで捕獲した。


「偽者の宴・・・。では、この場所は先ほどの場所とは違うのか・・・?」
唖然としている楠を一瞥した砕蜂様は口角を上げる。
「貴様が蹴落とそうとしたそこの漣家の姫の提案で、本物の宴とは別に朽木家のもう一つの広間に義骸の宴を設けたのだ。」


「では、朽木家の使用人も知っていたのか!この私を捕えるために刑軍が動いていることを!」
何気なく彼を誘導した使用人を思い出しているのだろう。
楠は顔を赤くして怒りを顕わにする。


『朽木家の使用人の優秀さには、刑軍も舌を巻くほどです。貴方が取り入ろうとした朽木家というのは、それほどの力を持った家なのです。求める気持ちは解らなくもありませんが、手に入ったとしても、貴方の手に負えるほど、安い物ではありません。』


「怖いのは、使用人だけではないがな。」
『そうですね。朽木家の家臣は、下手をすれば白哉様より恐ろしい。』
「全くだ。私だけならともかく、他人まで巻き込むから質が悪いのだ・・・。」
盛大な溜息を吐いた白哉様は、それでもどこか誇らしげである。


『ですがそれは、家臣がそれだけ朽木家を思い、当主である白哉様を思ってのこと。それだけの信頼関係の中に入っていくためには、当主の婚約者とて覚悟が要るものです。つまり、他人を蹴落とさなければ立場を手に入れられない者など、朽木家には敵いません。朽木家を見縊りすぎましたね、楠多田羅。』
凛と言われた楠は悔し気に顔を歪めた。


「当然、刑軍とて貴様らを逃がすつもりはない。貴様ら二人を、詐欺罪で連行する。・・・朽木。」
「なんだ。」
「この部屋の修繕費は二番隊が持つ。」
「二番隊がそのような負担をする必要はない。隊士たちに回してやれ。」


「そうか。ご協力感謝する。・・・咲夜。」
白哉様と言葉少なに会話をした砕蜂様は真っ直ぐにこちらを見る。
『・・・当初からの約束通り、本日をもって、刑軍の職を辞させて頂きます。大変お世話になりました。』
片膝をついて深々と一礼すれば、白哉様が首を傾げた気配がして、内心苦笑した。


「長きに渡り、ご苦労だった。朽木家当主の婚約者となり、表に顔を出すことが増えることが見込まれる以上、刑軍の務めは果たせぬ。お前と肩を並べて闇を駆け抜けることが出来なくなるのは残念だが、致し方ない。私では、お前の求める者になれなかったのだからな。移隊したくば申請しろ。・・・行くぞ。すぐに尋問を始める。」


足早に去っていく二の字を背負った小さな背中。
その背中と、かつての上司の背中を思い出して並べてみる。
思い出したその背中は、かつて感じていたほど眩しくはなく。
何故だろうか、と内心で首を傾げていると見えた、もう一つの背中。


血霧のせいで血を吸った紋付き袴を身に纏い、どこからともなく現れた使用人に指示を出すその姿。
血に濡れても、その身の内の輝きは衰えず、その瞳から、気配から、溢れる光を纏う人。
白の名を持ち、血にまみれた私を恐れない人。


『・・・貴女の手は、穢れてなどいない。手が穢れを受けたとしても、それだけで、心まで穢れはしない・・・。』
急に思い出した、あの日の言葉。
熱に魘されながら聞いた、涼やかな少年の声。
温かい掌。


「・・・思い出したのか。」
呟きが聞こえたらしい白哉様は、こちらを見つめていた。
どうやら使用人への指示は終えたらしい。
いつの間にか呼ばれたらしい六番隊の隊士たちが、座敷の掃除を始めている。


『思い、出しました・・・。あの日、私の手を握っていたのは、確かに、白くてきれいな、それでいて、刀を握った胼胝のある、力強い手でした・・・。夕四郎様の、褐色の手ではなかった・・・。』
呆然としながら答えれば、白哉様は小さく笑ったようだった。


「まだこの手が必要ならば、貸してやるが?」
楽しげに手を差し出してくる白哉様と、昔のやんちゃな白哉様が重なって、おかしくなる。
そっと手を伸ばせば、血に汚れるのも厭わずに、私の手を握り返してくれた。


『・・・白哉様は、いつも、私に躊躇いなく触れてくださいますね。』
「血など、洗い流せば落ちる。それに、そなたは赤が似合う。」
『それも血のような赤が?』
「あぁ。鮮烈な生の輝きを帯びた、美しい赤が。祝言の際、色打掛はそのような赤にしよう。」


『私はやっぱり、白哉様の妻に?』
「この婚約を破棄するには手遅れだからな。私も、そなたなら構わぬ。」
『ふふ。奇特な方。』
「嫌か?」
『いえ。お供させて頂きます。不束者ではありますが、どうぞ、末永く。』


「そうか。・・・身を清めなければならぬな、お互い。」
苦笑を漏らす白哉様に、こちらも苦笑する。
『宴の方は、どうしましょうか。』
「私とそなたの義骸が、何とかやっているだろう。」


『・・・それも、涅隊長に?』
「あぁ。これだけ大勢の義骸と義魂丸を作ったのだ。一つや二つ増えたところで変わるまい。」
『まるで、こうなることが解っていたようですね。』


「さぁな。・・・ここから客人に姿を見せずに行ける湯殿は一つしかない。先に行け。」
『いえ、白哉様がお先に。私は後で結構にございます。』
「せっかく隊士たちが掃除をしているのだ。そのような姿でうろつけば隊士たちが二度手間になるだろう。」
『それは、白哉様とて同じことです。』


『「・・・・・・。」』
無言で相手を見つめながら二人で譲り合っていると、何かを思いついたらしい白哉様は意地の悪い顔をする。
す、と顔を近づけて来た白哉様は、鼻先が触れ合いそうな距離で止まって、悪戯な瞳を輝かせた。


「先に入るのが嫌だというのならば、私が直々に風呂に入れてやるが?夫婦となる前に裸の付き合いをするというのも、悪くないかもしれぬな。」
『な!?』
言われた言葉に思わず身を引こうとするのだが、いつの間にやら腰に手を回されて、距離は近いまま。


「どうする、咲夜?」
喰われそうだ・・・。
白哉様の微かな微笑みは楽しげなのに、何故だか捕食者を目の前にしたような気分になって、小さく身を震わせる。


『・・・・・・お言葉に甘えて、先に、入らせて頂きます。』
「背中を流してやろうか?」
『結構です!!』
「それは残念だ。」
白哉様はそういって私を解放する。


「咲夜。」
『はい?』
「気が向いたら、他隊への異動を考えろ。」
『六番隊ですか?』
「いや、我が隊でもいいが・・・。」
珍しく口籠った白哉様を見て、あることに気が付いた。


『・・・十三番隊に推薦していただけるよう、砕蜂様に申し上げておきます。』
小さく微笑めば、白哉様は瞳を緩めた。
「では私は、浮竹に伝えておく。」
『よろしくお願いいたします。では私は、お湯を頂いて参ります。』


一礼して広間を出ていくと、待ち構えていたように清家さんが湯殿へ案内を申し出てくれる。
協力の礼を述べれば、礼なら白哉様に、とそっけなく返されてしまった。
湯殿の前まで来ると、清家さんがもの言いたげにこちらを見ていることに気付いて首を傾げる。


「・・・・・・よろしいのですか。」
呟くように言った清家さんの瞳は苦悩を孕んでいる。
刑軍を辞めることだろうか。
それとも、白哉様の婚約者、ひいては妻になることだろうか。
いや、どちらも、か・・・。


『白哉様に私が血染めの姫であることを見破られてしまってから、こうなることは解っていました。それに、血染めの姫という名前が広まっている以上、刑軍を続ければ、いずれよからぬ輩に目をつけられる。そのことで、白哉様のお手を煩わせるわけには参りません。白哉様は構わぬと仰いますが、やはり、朽木家当主の妻に、刑軍の女は相応しくはありますまい。今後も、私が刑軍に属していたことは、秘密になさってください。』


「・・・左様でございますか。咲夜様があのような提案をしたのは、そのようなお考えがあった故でしたか。朽木、漣両家のことを思えば、確かにあの方法が一番でしたでしょう。お陰で、貴女様の正体を知る貴族は、両家の他にはおりません。刑軍に属する者はご存知やもしれませぬが、あの刑軍が簡単に口を滑らせるとは思えませぬ。」


『つまり、私は、ただの隊士にございます。その上、誘拐されたことがトラウマになっている、というおまけ付き。朽木家が私をお隠しになることだって可能です。もちろん、必要ならば、表立って朽木家のために動きましょう。十三番隊に移隊することになるかと思いますので、微力ではございますがルキア様のこともお支え致します。』


「・・・主に代わって、深く、感謝申し上げます。」
深々と頭を下げた清家さんに苦笑を零して、脱衣所へと続く戸を開けた。
『礼なら、白哉様に仰ってください。私にそうさせたのは、白哉様なのですから。』
先ほどの清家さんへのお返しとばかりにそう言って脱衣所に足を踏み入れる。
戸を閉める瞬間、清家さんの苦笑が見えた気がした。



2017.04.01
長い!
そして甘さがほぼない!
でも、白哉さんは、刑軍を蔑むことはしないのでは、と・・・。
時間軸的には、ルキアが海燕さんを亡くして落ち込んでいる時期かと思います。
この後一護達が尸魂界にやって来て、咲夜さんはその時に夜一さんと再会して・・・と、色々思いついたのですが、長編になりそうなのでやめました。
残念ながら長編を書く余裕はないのです・・・。


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