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■ 仕立てる人

しとしとと雨が降っている。
天から落ちて来た雨粒が池に波紋を広げて、あちらこちらで、規則的に、あるいは不規則的に池の水面に模様を作っていく。
ぱしゃり、と大きな鯉が跳ねて、時折その模様を崩した。


『・・・引退する気持ちは、今も変わらないのですね。』
「あぁ。頼めるか?」
場所は雨乾堂。
向き合ってそんな会話をする二人の前には、白い羽織。


『十三番隊は彼女に任せるのですか?』
「いずれ、そうなって欲しいと思っている。・・・俺は、この地位に長く居すぎる。良い機会だと思うんだ。現世の少年が、尸魂界を、護廷十三隊を変えた。我が十三番隊も例外ではなく、新しい風を吹き込む時期になって来ているのだと思う。」


新しい隊長羽織を仕立ててくれないか。
そう言われたのは、何十年前だったか。
代々護廷十三隊の隊長羽織や死覇装を仕立てる呉服屋の娘として生まれ、隊長の証である隊長羽織づくりを任されるようになって、数百年。


その間に私が仕立てた羽織は、時には破れ、時には血に汚れ、時には弔いのために燃やされた。
これまでに何度も、数字を背負うその姿を見送ってきた。
そして今、私は、また、己が仕立てた羽織を身に纏っている隊長を、見送ろうとしている。


・・・前から解っていたことだ。
浮竹隊長の体は弱い。
霊圧の大きさでそれを補ってはいるけれど、いつ、発作が起こるかわからない。
発作の起こるタイミングによっては、多くの血が流れ、多くの命が奪われる。
そういう危うさを秘めながら、彼は隊長を続けてきたのだ。


「・・・この羽織を仕立ててもらった時も、お前はそんな顔をしていたな。」
苦笑交じりの声に、涙が込み上げそうになる。
『お得意様が居なくなるのは、寂しいものです。それが、引退であろうと、殉職であろうと。二度と、同じ羽織を仕立てることが出来なくなるのですから。』
言いながら目の前の羽織を手に取って、その背にある数字を撫でる。


『糸を紡いで、その糸に加護をつけ、ご活躍を祈って布を織り、一針一針に思いを込め、隊士たちがその背を見失わぬようにとこの数字を染め抜く。粗雑に扱われても、直しながら使えば三十年は持つ代物です。最初にお渡しするのは二着ですから、毎日交互に着てくだされば、二着で百年は持つでしょう。それなのに、三着目、四着目の作れない羽織の多いこと・・・。』


「そんなに寂しい顔をするなよ、咲夜・・・。」
『新しい隊長の誕生を嬉しく思いつつも、去っていった隊長がいらっしゃることを忘れることが出来ないのです。これまでに仕立てさせていただいた羽織は、寸法も、装飾も、全て覚えております。いつでも新しい羽織を仕立てることが出来るように。無駄なことだと解っていても、忘れられないのです。』


隊長が居なくなれば、新しい隊長が生まれる。
新しい隊長が生まれれば、隊士たちはその隊長に従う。
命を落とすことの多い死神は、あっという間に顔ぶれが変わり、旧い隊長は歴史に名を遺すけれど、その為人は忘れ去られていく。


『せっかく羽織を仕立てても、こうして、誰にも着られることなく綺麗な羽織もある。・・・寂しくなります。せっかく、浮竹隊長とは長い付き合いでしたのに。』
今の私の微笑みはきっと、悲しげなものなのだろう。
浮竹隊長は困ったような微笑みを見せた。


「引き受けてくれないか、咲夜。海燕のために仕立ててもらったこの羽織を、朽木のために仕立て直してもらいたい。海燕にこれを着せることは叶わなかったから、朽木にこれを着て欲しいんだ。」
その言葉に姿勢を正して浮竹隊長を見つめる。


『・・・承らせて頂きます。新しき隊長が生まれることを願い、また、その隊長が隊士たちを導くことを願って、思いを込めて手直しさせて頂きましょう。』
「そうか。ありがとう。」
安心したように微笑む浮竹隊長に、再び涙が出そうになった。
それを何とか堪えて、口を開く。


『その代わり、一つ、こちらからもお願いがございます。』
「はは。叶えられる範囲でなら叶えてやるぞ。お前には世話になっているからな。」
『では遠慮なく言わせて頂きます。・・・浮竹隊長の隊長羽織を、一着、頂きたいのです。もちろん、代わりに新しい羽織を仕立てさせて頂きます。』


「え・・・?」
『駄目、でしょうか・・・?』
「いや、その、駄目では、ないが・・・一体、どういうことだ?」
困惑した様子の浮竹隊長に顔を俯かせる。


『・・・私が仕立てた羽織が、無事に役目を終えたという、証が欲しいのです。納品してしまえば、手直しのために戻ってくることはあっても、私の元には残りません。願いを込めて仕立てた隊長羽織が、微力ながらも、隊長を守り、隊士たちを導くことに役立ったのだという、証拠が欲しいのです。』


「・・・そうか。そういうことなら、いくらでもくれてやるさ。」
『本当、ですか?』
顔を上げれば、朗らかに微笑む浮竹隊長が居た。
力強く頷きを返されて、頭を下げる。


『ありがとう、ございます。』
「頭を上げてくれ。礼を言うのは、俺の方だ。」
『ですが・・・。』
顔を上げた私に、浮竹隊長はまた微笑む。


「初めてこの羽織に袖を通した時、不思議な感じがした。隊長になって、重い責任を背負うことになったのに、この羽織を着ると力が湧いてくるようだったんだ。まるで、誰かが背中を押してくれているような感じでな。もちろん、今もそうだ。ずっと不思議だったんだが、お前の話を聞いて解った。お前が思いを込めたこの羽織が、俺たち隊長の背中を押してくれていたんだな。」


『浮竹、隊長・・・。』
「そんな羽織に何度助けられたか解らないんだ。だから、お前には、これから先も、そんな羽織を作り続けて欲しい。俺の羽織を渡すことで、お前が自分の仕事に誇りを持つことが出来るのならば、いくらでもあげるさ。それに、たまには、お前の元に帰って来る羽織があってもいいだろう。」


『あ、ありがとう、ございます。では、すぐに、新しい羽織を仕立てさせて頂きます!』
「あぁ。その羽織の方も、よろしくな。もちろん、朽木にはまだ内緒だぞ?」
『ふふ。もちろん。秘密の厳守は心得ておりますよ。』
悪戯に微笑み合って、くすくすと笑い声を漏らす。


『では、善は急げです。本日はこれにてお暇させて頂きます。』
「あぁ。急に呼び出して悪かったな。無理はするなよ。」
『はい!布の用意があるので、ひと月もかからずに仕上がるかと思います。仕上がり次第、ご連絡を差し上げますね。浮竹隊長の羽織は出来上がった羽織と交換で受け取らせて頂きます。』


新しい羽織と浮竹の羽織を交換した数か月後、尸魂界に滅却師が侵攻し、瀞霊廷は復興に十年を要するほどの大打撃を受ける。
咲夜の呉服屋も例外なくその戦禍に巻き込まれ、また、新しい隊長羽織を着て戦いに臨んだという浮竹十四郎の訃報を聞いて、彼女は呆然と立ち尽くす。


しかし、瓦礫の中から、奇跡的に難を逃れたらしい浮竹の羽織を見つけ、彼女は決意する。
復興に奔走する死神たちのために、隊長羽織を、死覇装を、帯を、足袋を、届けよう。
命を懸けて尸魂界を守った彼の思いを繋ぐのだ、と。


復興後も彼女は多くの羽織を作り続けたが、その羽織のうち、彼女の手元に戻ってきたのは、浮竹から貰ったその一着だけ。
そのことに、悲しみも、虚しさも、やるせなさも感じていたが、それでも彼女は、今でも隊長羽織を作り続けているという。



2017.03.29
瀞霊廷には、貴族と死神だけでなく、こういう職人も居るのではないかと思いついて、話が出来上がりました。
二人の間にあったものが愛や恋の感情だったかどうかは、私にも解りません。
ご自由にご想像ください。


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