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■ 紅G

「お客人をお連れ致しました、白哉様。」
朽木家の使用人が連れてきたのは、楠と、彼が着飾らせたであろう美しい女。
何が始まるのだ、と興味津々な様子の貴族たちがざわめいた。
二人は咲夜と白哉の前までやってくると、深々と一礼する。


「顔を上げよ。」
白哉様の言葉に二人はゆっくりと顔を上げる。
その女は、先ほど楠が言ったように、確かに面差しが私に似ていた。
流石に朽木家当主が御前に呼び出すとは思っていなかったのだろう。
その顔には緊張が伺える。


「名を、漣咲夜と申すそうだな。」
「はい。お初にお目にかかります、朽木白哉様。」
・・・声まで似せているとは、本気で私と入れ替わるつもりらしい。
咲夜は目の前の女をまじまじと観察する。


「ほう?声まで似ている。」
何故白哉様はこんなにも楽しげで余裕なのだろうか。
相手からすれば白哉様は無表情にしか見えていないのだろうが、昔から上司に彼の話を吹き込まれてきたために、彼の感情の変化を読み取ることは容易い。


生真面目で生意気だと評判じゃが、気が向けば言葉遊びをするように戯れる。
熱くなりやすいが根は冷静で、儂の動きを読もうと噛みついてくる。
だから白哉坊は揶揄い甲斐があるのじゃ。
かつての上司のそんな言葉を思い出して、内心で苦笑した。


「笑うとは余裕だな、咲夜?」
・・・どうやら表情に出ていたらしい。
ちらりと視線を向ける白哉様は、尚も楽しげだ。
白哉様の隣はどうも感情が緩む。
気を引き締めなければ。


『本当に、私によく似た「女性」でしたので、つい頬が緩んでしまいました。』
「なるほどな。・・・して、如何にしてそなたが本物であることを証明する?」
『如何様にも証明できますが・・・そうですね、では、まずは、その方に名前と、性別、それから、両親と兄の名を答えていただきましょうか。』


「仰せの通りにお答えしなさい。」
楠に促されて、彼女は口を開く。
「私は、漣咲夜と申します。性別は女にございます。父の名は漣綜馬。母は漣志乃。兄は漣秋月。」
淀みなく答えた女に、咲夜は笑みを深める。


『貴方が女性だという証明は?』
「は・・・?」
ぽかんとした女と、何かに気づいたらしく表情が硬くなる楠。
彼女が女だと証明できなければ、そもそもこの話は成り立たないのだ。
これで、楠は、彼女が女であることを証明しなければならない。


『あら、証明できませんの?私と入れ替わったというのならば、貴方は確実に女性のはずでしょう?』
「・・・ごほん。失礼かと思いますが、それは、私が証明いたします。彼女を着替えさせる際に、我が楠家の女中がそれを確認してございます。」


『そうでしたか。楠様がそう仰るのならば、貴女が女性であることは、間違いなさそうですわね。では、次の質問を致します。貴女は私が偽者だと仰っているようですけれど、その根拠は?何故、自分が本物の咲夜姫で、私が偽者だと思うのかしら?誘拐されたときに私と入れ替わったとしても、それを証明できなければ、貴女の言葉に耳を貸す人などいないと思いますの。どうやって、それを楠様にお話しし、この場に連れて来て頂けるほどの信頼を得たのかしら?』


「・・・私の、体には、生まれつき痣がございます。右足の脹脛に花のような痣が。」
『見せて頂いても?』
頷いた女は、立ち上がってこちらに背を向けると、裾を持ち上げて脹脛を曝け出す。
確かにその右の脹脛には、花のような痣がくっきりとあった。


これで、楠と女が共犯であることの証明が出来る・・・。
内心で呟いて、咲夜は二人を見据える。
数年かけて張った網は、易々と楠を捕えてくれたらしい。
後で兄上にお礼を申し上げておかなければ。
それから、朽木家の優秀な家令にも。


『なるほど。白哉様は、そのような話をご存知ですか?』
「いや、初耳だな。貴族の姫ならば、痣の存在を隠してもおかしくはないが。」
『そうですか。では、楠様は?』
「私は・・・実は、その、ある方から、そのお話を聞かされておりまして・・・。」


『ある方?』
「その・・・咲夜姫の兄君にございます。二週間ほど前、でしょうか。宴の席で二人きりでお話をさせて頂いたのです。浮かない様子でしたので、気になって尋ねてみれば、妹には生まれつき痣があって、それを朽木のご当主様が気に入らないかもしれない、と大変心配されておりまして・・・それで・・・。」


『それで、私が痣を理由に邪険にされていないかどうかを確かめてきて欲しいと兄に頼まれたのですね?』
「仰る通りにございます。朽木家の・・・清家さんと仰いましたか。あの方にご確認を申し上げたところ、咲夜姫の右足には何の痣もない故そのような心配は無用だ、と。それで首を傾げていたところにこの女が現れまして、痣を見せられたということにございます。」


『そう。・・・でも、変ねぇ。』
「何がです?」
『そちらの女性が、足の痣の話を知っていることが、です。』
「こちらの女が本物の咲夜姫ならば、知っていてもおかしくはありますまい。だからこそ、私は、朽木のご当主様に判断を仰ごうと、今ここにこうして居るわけで・・・。」


『そうだとしても変なのよ。・・・だって、痣の話を知っているのは、私と兄上以外には、楠様だけのはずですもの。』
「は?・・・まさか。」
唖然とした男は一瞬で自らの状況を理解したらしい。
青褪めた顔が忌々し気に歪められる。


『理解がお早いようでなにより。流石、隠密機動の手を煩わせるだけのことはあります。』
「痣の話は、嘘か・・・。この私を騙すための・・・。では、この婚約も・・・。」
『婚約は事実ですわ。白哉様にご協力頂いているのは確かですが。』


「事実、だと・・・?朽木家は正気か!?この女は、隠密機動、それも、刑軍に属する女ですぞ!?」
「相手が刑軍だからと、上流貴族との婚約を跳ね除ける朽木家ではない。ましてや私は前妻がある身。刑軍であることが咲夜の傷だとでもいうのならば、私にも同じ程度の傷がある。咲夜が刑軍に属していようと、この婚約を断る理由はない。」


「この女が、血染めの姫だとしてもか!!私は、この女が人を殺す場面を、この目で何度も見た!血染めの姫と呼ばれるに相応しい殺戮だった!」
楠は私を指さして、白哉様を睨みつける。
「この私がそれを知らぬとでも?」
平然と返されて、楠は恐ろしい物でも見たように小さく震えた。


「・・・咲夜の兄君が、その女に漣家の不利な情報を漏らしたとして、何の利益も得られぬ。咲夜とてそれは同じ。つまり、痣について知る三人のうち、それを利用して利益を得ることが出来るのは、お前だけだ。その女が痣の話を知るのならば、それは、お前がその女に話したことに他ならない。」


「だが、そうだとしても、この女が本物の咲夜姫である証拠はない!」
『ふふ。私を道連れにする気ですか?では、一つだけ、良いことを教えて差し上げましょう。・・・幼いころに私が誘拐されたお話は、もちろんご存知でしょう?ですが、あの時誘拐されたのは、私ではないのです。』


「な、に・・・?」
『誘拐されたのは、女の子の格好をさせられていた兄でした。つまり、私が偽者にすり替えられるわけがありません。貴方が女性を連れてきた時点で、貴方はすでに詰んでいたのです。貴方には、朽木家を騙そうとした女の共犯として、事情を聴かせて頂きます。いずれ、貴方が貴族の当主や次期当主をすり替えた罪も追及することになるでしょう。』


「・・・くそっ。逃げるぞ!」
「はい。」
頷いた女は躊躇いなく自分の帯を解くと、着物を跳ね上げてこちらの視界を遮った。
一瞬の後に見えた二人は、それぞれ人質を連れて、その首筋に刃を当てている。


「動くな!!父親と兄の首を落とされたくはなかろう!」
その言葉を無視し、重い着物を脱ぎ捨てて刑軍装束姿になった。
父と兄の首筋に当てられた刃に力が入ったのか、二人の首筋に一筋の血が流れる。
気にせず動き出そうとすれば、風を切って暗器が飛んできた。
飛んできた暗器は、私の頬を掠って後ろの柱に突き刺さる。


つう、と暗器が掠った頬から血が流れ落ちるが、何かがそれを舐めとったような生暖かい感触があったかと思うと、痛みが消えた。
いつものように、傷そのものも消えていることだろう。
ざわり。
己の斬魄刀が、流れた血に歓喜していることが解る。


『・・・白哉様。』
「なんだ?」
『気を付けてください。』
「言われずとも。」
即答された言葉に苦笑を零しそうになった。
どうやら彼は、私の気配が変化したことに気付いているらしい。


『・・・切り裂け、血霧。』
解号を口にした途端、見えない何かが体の中から這い出て、一直線に楠に向かっていく。
ひゅん、という音がして、刃を手にしていた楠の右腕がいとも簡単に落とされた。
彼が人質にしていた父の体が真っ二つになったかと思えば、一瞬光を帯びて、丸い玉と人型の人形が床に転がった。


「な、に・・・?」
腕を切り落とされた痛みすら忘れて惚ける楠を横目に、流れた血を身に纏った血霧が隣に居た女に襲い掛かる。
女は兄「もどき」の体を盾にして一撃目を躱すが、血霧の第二撃によって両足の腱を斬られ、崩れ落ちた。


『血霧。鞘に戻りなさい。・・・それ以上やれば、私は二度とお前を使わない。』
脅すように言うと、霧状になった血液に見えるそれが、もぞりと動いて大きくしなった。
ざぁ、と音を立てて室内を一周し、白哉様の体を通り抜けて、私の体の中に戻ってくる。
まだ温かい血液が、全身に、それから、部屋全体に満ちて、血の香りが濃い。
いつの間にか、血に濡れた広間の中で呼吸をしているのは、四人だけになっているのだった。



2017.04.01
予想以上に血腥い話になってしまいました・・・。
Hに続きます。


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