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■ その視線に気付くのは

煌めく白刃が迫ってきて、熱を感じるほどの痛みが体に奔る。
斬られた・・・。
そう思うや否や反撃に移ろうとするのだが、痛みに震える体がいうことを利かない。
気が付けば、喉元に相手の切っ先が迫って来ていて、思わず目を瞑った。


キン、と金属音が響いて目を開けると、目の前には見覚えのある鍔をもった斬魄刀。
その斬魄刀が白刃を跳ね上げれば、いとも容易く白刃が折れた。
呆然と飛んでいく刃を見送ってから、視線を前に戻す。
いつの間にか、見慣れた背中が目の前にあった。


「・・・相変わらず君は余所見が多いね。決着がついていないのに敵から目を離すというのは、自殺行為だよ。」
鈍い色の金髪が風に靡く。
迫って来たらしい敵を一振りで切り捨ててそのまま血を払い、斬魄刀を鞘に納めた。


『吉良、副隊長・・・。』
「なんだい?」
副隊長は背を向けたまま返事をする。
『ど、して、ここに・・・?』
掠れた声で問えば、くるりとこちらを振り返った。


「賢明な他の隊士は、すぐに応援要請を出してきた。・・・虚が隊士の体の中に入り込んだ、と。君は真っ先に交戦したようだね。」
へたり込んでいる私の目の前に片膝をついた副隊長は、すぐに私の傷を診る。
結構深いな、と顔を顰めてから、治療を始めた。


『も、うしわけ、ございません・・・。』
「虚に乗っ取られたのは、君の同期だった。だから、迷わず応戦したことは褒めるべきだろうね。でも、斬ることに迷いがあるのならば、飛び出すべきではなかった。同期だからこそ自分が、と思ったのかもしれないけれど、それは同時に、同期だからこそ斬れない、という可能性を秘めているものだ。」


返す言葉もなかった。
虚に乗っ取られた同期に立ち向かったのは、これまで私がその同期に負けたことがなかったからだ。
自分なら相手を斬ることなく持ちこたえることが出来るだろう、という判断が甘かった。
虚によって、同期の身体能力、霊圧、体力が上がることを想定していなかったのだから。


「自分でそれを良く解っているようだし、傷にも障るから、小言はこのくらいにしておこう。・・・帰るよ、漣君。僕には応急処置くらいしか出来ないから、四番隊で診てもらった方がいい。」
言うや否や副隊長は私を軽々と抱え上げる。


『副、隊長。私、自分で・・・。』
自分自身が情けなくて、せめて副隊長の手を煩わせないように降りようとするが、副隊長は降ろす気がないらしい。
大人しくしないと落とすよ、なんて言いながらも、私の体を支える腕は力強い。


副隊長が歩き始めると、先ほど彼が斬り捨てた同期の体が、他の隊士たちによって回収されているのが見えた。
情けなくて、悲しくて、気持ちがぐちゃぐちゃになって、涙が溢れ出てくる。
泣いてもいい、とでもいうように頭を胸に引き寄せられて、涙が零れ落ちる。
頬を伝ったそれは、吸い込まれるように副隊長の死覇装に染み込んでいった。


『・・・う、く、吉良、副隊長。』
「うん?」
『強く、なりたいです。もっと、強くなりたい。』
「そうだね。」


『誰よりも、何よりも強くなれば、この痛み、を、感じる、ことは、なくなるのでしょうか・・・?』
「それは強くなってみないと解らない。もしかしたら、強くなった先に見えるのは、今以上の痛みかもしれない。」
『そう、ですか・・・。』


「期待に沿えない答えしか持ち合わせていなくて悪いね。・・・目を瞑って。少し眠るといい。魘されたら目覚めさせてあげるから、安心して。」
穏やかになった声に安心して、急激に眠気が襲ってくる。
副隊長の体温を感じながら、引きずり込まれるように眠りに落ちていった。


『ん・・・。』
「あ、漣さん、目が覚めましたか?」
浮上した意識が光を捉えて、その眩しさに眉を顰める。
聞こえた声に瞼を開ければ、私の顔を覗き込んでいる虎徹副隊長が居た。
酷く体が重くて、ぼんやりとしている。


「漣さん?聞こえますか?」
心配そうな顔をされて、何とか頷きを返す。
一瞬で安堵したその顔が見えなくなったかと思えば、ひょこりと吉良副隊長の顔が現れる。


『き、ら、ふく、たいちょう・・・。』
「ここが何処で、自分がなぜここに居るのか、解るね?」
『は、い。』
「そう。意識ははっきりしているようだ。」


『も、うしわけ、ありません、ふく、たいちょう。』
「謝罪はもう聞いたよ。」
『でも・・・。』
「どうせなら、謝罪よりも感謝の言葉のほうがいいね。」
『・・・あ、りがとう、ござい、ます。』


「君が無事で良かった。共に学んだ友人に刃を向けるのは、ひどく消耗するから。」
切なげな副隊長にこちらまで切なくなる。
私は、すでに痛みを抱えているこの人に、さらに痛みを抱えさせたのだ・・・。
そう思って、じわりと涙が込み上げた。


私の同期は、彼の部下で。
己の部下を斬り捨てることに、彼が痛みを感じないはずがないのだ。
刃を持つということは、何かを傷付け、何かに傷付けられる。
痛みを伴うそれを握り続けるのは、ひどく難しい。
それでも、この人は、刃を握り続けて来たのだ。


『・・・副、隊長。私、強く、なりたいです。』
「またその話かい?」
呆れたようにいう副隊長に首を横に振れば、首を傾げられる。
「違うのかい?」


『痛み、を、感じなく、なるために、強く、なるのではなく、痛みを、感じ、ながらも、折れずに、いられる、ように、強く、なりたい。副隊長、のように。』
目を丸くした副隊長は、一瞬の後に微かな微笑みを浮かべた。
困ったような、微笑みだった。


「君のその優しさは、短所でもあるけれど、長所でもあるね。・・・さて、そろそろ僕は帰るよ。」
ふわり、と頭を撫でたかと思えば、吉良副隊長の顔が見えなくなって、急に怖くなる。
無意識に動いた手が、副隊長の死覇装を掴む。


「・・・なんだい?」
再び顔を覗き込まれて、安堵する。
『・・・・・・魘されたら、目覚めさせて、くれると、いいました。』
「それは・・・確かにそう言ったけど・・・。」
困った様子の副隊長の死覇装を握る手に力を入れると、くすくすと笑い声が聞こえてくる。


「吉良副隊長。傍に居てあげたらどうですか?」
「虎徹副隊長・・・。でも・・・。」
「私はこれから診察があるので、彼女を見ていてくれると助かります。元四番隊の吉良副隊長ならば、お任せしてもいいでしょう。」


「・・・・・・そこまで言われてしまうと、断れません。」
「よかった。それじゃあ、私はこれで。何かあれば呼んでくださいね。」
どことなく楽し気な虎徹副隊長の気配が遠ざかって、病室に二人きりになったことが解る。
副隊長が寝台の傍の椅子に座り込んだ気配がして、そろそろと彼の死覇装を離した。


「離していいのかい?」
『掴んでいても、いいのですか?』
「質問しているのは僕の方だよ。・・・全く、君というやつは、人の気も知らないで。」
『人の気・・・?』


「・・・いいから眠りなよ。ほら、目を閉じて。」
ぶっきらぼうな口調になった副隊長に内心で首を傾げながらも、言われた通りに目を瞑る。
瞼の上に副隊長の手が乗せられて、光が遮られた。


「おやすみ、漣君。」
『おやすみ、なさい、ふくたい、ちょう・・・。』
まるで魔法の手だ・・・。
すぐにやって来た微睡みに引き込まれながら、そんなことを思う。
意識が完全に眠る直前、何か温かいものが額に触れた気がした。


「・・・君はいつだって無防備すぎるよ。余所見ばかりしているから、僕が君を見ていることに気付かないんだ。君じゃなければ、ここまで世話をしたりなんかしないのに。解っているのかな、全く。」
小さく呟きながら、イヅルは眠った咲夜の頬を突く。
愛しさの籠ったその視線に彼女が気付くのは、まだ先のことである。



2017.03.26
上司として厳しい言葉を掛けながらも、放っておくことが出来ないくらいには咲夜さんを想っている吉良君。
そんな二人を卯ノ花さんや勇音さんを始めとした四番隊の皆が微笑ましそうに見守っていたらいい。


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