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■ 物申す

嫌な雰囲気。
朽木家当主である、朽木白哉の婚約者となって、三日。
使用人たちの雰囲気に、咲夜は眉を顰めた。


突然降って湧いた朽木白哉とのお見合い。
その相手に目を丸くしつつも、都合がいいと、その見合いに頷いたのは三日前のこと。
なにせ、相手は尸魂界きっての大貴族で、彼の妻となれば、衣食住に困ることもなく、働かなくとも一生遊んで暮らせる。
三食昼寝付きというのは魅力的すぎる。


顔だって見ていて不快になるような顔をしていない。
むしろ、整った顔で、冷たさを感じるくらいだ。
相手は前の妻を思い続けているようだし、関係を迫られる心配もない。
まぁ、世継ぎのことを考えるとそうも言ってはいられないが、夜に顔を合わせることもなく、暫くは安心していいだろう。


『・・・文句を言える立場ではないけれど、気に入らないのよねぇ。』
誰にも聞き咎められないように、小さく呟く。
あの子が何をしたっていうの。
養子で、彼の前妻にそっくりで、その前妻は流魂街の民。
前妻の緋真様が気に入らないと思うのも分からなくはないけれど、ルキア様が犬吊出身だとしても、あの子は何事も一生懸命やっているじゃない。
何なのよ、あの態度。


咲夜が腹を立てているのは、先ほどのルキアと使用人たちのやり取り。
忘れ物をしたらしく帰ってきたルキアに、使用人たちが言ったのだ。
それで朽木の名を名乗るなど、恥ずかしくはないのか、と。
小さく謝ったルキアに、使用人たちはため息を吐くだけ。
それだけでも許せないのに。
咲夜は奥歯を噛み締める。


流魂街の者は、取り入るのが上手い。
一体、どうやって取り入ったのやら。
緋真様にそっくりだからだろう。
羨ましいものだな。


そんな声が彼女に向けられたのだ。
当然、彼女に直接その言葉を向けたわけではない。
だが、邸から出ていく彼女には、その言葉が聞こえていただろう。
その肩が小さく震えていた。
それでも必死に耐える姿が、痛々しかった。


『・・・やっぱり、気に入らないわ。』
「如何いたしましたか、咲夜様。」
後ろから聞こえた声に、驚いたふりをして振り向く。
そこに居たのは朽木家家令の清家。
彼が近づいてきていることに気付いていたからこそ、彼に聞こえるように呟いたのだ。


『清家。何でもないわ。』
「しかし、先ほど、気に入らない、と・・・。私に出来ることならば、手配させていただきますが。それとも何かお悩みが?」
『いいの。気にしないで。』
困ったように微笑んで、清家がどうするか観察する。


「・・・左様でございますか。しかし、何かございましたら、何なりとお申し付けくださいませ。」
清家はそういって私に頭を下げた。
深入りはしないのね。
そして、絶妙な距離感だわ。
長年朽木家に勤めているだけあるわね。


『・・・そうかしら。では、質問をしてもよろしくて?』
「何なりと。」
顔を上げた清家は大きく頷く。
『そう。では、質問させていただきますわ。・・・ルキア様と私、一体何が違うのかしら?』


「は・・・?何が、と、申しますと・・・?」
清家は私の質問の意味を図りかねているようだった。
『何がって、私と、ルキア様。身分に違いはあるかしら?』
そう問えば、清家は二、三瞬きをしてから、頷いた。


「当然。咲夜様は上流貴族漣家の方。対してルキア様は、朽木家の養子であり、白哉様の妹ということにはなっておりますが、お育ちは流魂街。本来ならば、朽木家が迎えていいお方ではありませぬ。」
彼ははっきりとそういった。


なるほど。
頭が固いのは、どこも同じなのね。
流魂街の女性を妻にした、というくらいだから、白哉様の周りはもう少し頭が柔らかいと思っていたのだけれど。


『・・・そう。解ったわ。でも、流魂街出身だからと言って、ルキア様を軽んじていいはずはありませんわよね?』
「それは、そうですが・・・。」
『そうでしょうね。義理とはいえ、白哉様の妹ですもの。』
清家は私の言わんとしていることに何となく気が付いたようだった。


「何か、ございましたか・・・?」
その問いには答えず、疑問に不満を混ぜながら言葉を続ける。
『朽木家の方って、流魂の民を軽んじる方ばかりなのかしら?それとも、ルキア様は朽木家に望まれていないのかしら。あら、それも変ね。それなら、朽木家が受け入れるはずないもの。』
清家は無言で私を見つめる。


『ルキア様が自ら望んでこの状況ならいいのよ。でも、この三日間、ルキア様を見ていて、そうは思えないのよね。なんというか、突然朽木家に引き取られて、戸惑っているようにしか見えないのよ。』
彼女は、ここに居ることを望んでいるの?
視線で問うが、清家は無表情である。


『ルキア様は一体、何者なのかしら。』
そう問えば、清家は息を呑んだようだった。
「・・・。」
だんまりとはいい度胸じゃない。
これは絶対に何かあるわね。


『・・・緋真様のお顔を拝見させていただきましたけど、ルキア様と緋真様は瓜二つ。どういうことでしょうね。』
「それは・・・緋真様に似ておられるルキア様を、白哉様が気に入って養子にされたのでございます。」
その答えに小さく笑う。


『顔が似ているから、引き取った?まさか。朽木家はそんなに安い貴族じゃないわ。その朽木家がルキア様を養子にした。何か事情があると考えるのは、普通でしょう。そしてそれは、朽木家の望みではない。恐らく・・・白哉様が無理を押し切ったのね。』
清家は目を丸くする。
暫く沈黙して、諦めたように重い口を開いた。


「・・・咲夜様には、いつか、お話せねばと思っていたのですが。こんなに早く話すことになろうとは。」
彼はそういって話し出す。
静かな声が、私の鼓膜を揺らした。
ルキア様には伝えられていない、彼女と、緋真様の秘密を。


『・・・そう。妹・・・。それも、緋真様の・・・。』
話を聞いて納得した。
「はい。咲夜様には、さぞご不快なことでしょう。白哉様の前妻に似た、前妻の実の妹が、朽木家にはおられるのですから。」


『別にそれはいいのよ。白哉様が緋真様を想っておられるのは、周知の事実じゃない。私だって、家のためという理由もあるけれど、他にも打算があって朽木家に来たの。まだ白哉様とはゆっくりお話をすることすら出来ていないけれど、私も、白哉様も、利害が一致しただけだと思うわ。お互いにそれ以上の理由が必要だとも思っていない。』


「左様でございますか・・・。」
『あぁ、でも、心配しなくていいわ。私から白哉様の婚約者という立場を捨てることはしないし、朽木家の財産目当てでもないの。まぁ、これだけの衣食住が揃って、何不自由ない生活が出来るのは楽でいいけれど。・・・でも、でもね。』


「でも?」
『ちょっと、白哉様にお話があるわ。それから、朽木家の使用人たちにもね。白哉様は言葉が足らないのね。それなのに、朽木家の使用人は思いを口と態度に出しすぎよ。それもただの嫉妬じゃない。』
「それは、申し訳ございません。私の教育が行き届いておりませんで・・・。」


『貴方が謝ることじゃないわ。ルキア様をどう思うかは、人それぞれだもの。ほかの貴族だってルキア様を見下した者たちがたくさんいるわ。ルキア様は白哉様の妾だという話まであるくらいだもの。』
この三日間の白哉様たちの様子を見て、それが事実でないことはよく解ったけど。


『でも、あの子が何をしたというの?毎日死神として命を張って虚と戦っているのよね?朽木家の名に恥じぬように、礼儀作法もお稽古も一生懸命だわ。朽木家は、貴方は、一体、彼女の何を恥じるの?血筋?それとも育ち?それは、それほど重要かしら。』


「・・・朽木家の名を、落とさぬためにございます。」
清家も、そうは思っていないのだ。
血筋が良くても、育ちが良くても、性根の腐った者はいくらでもいるのだから。
絞り出すような声が、それを語っている。


『それも重要だわ。でも、真実を彼女に知らせなくてどうするの?真実を知らないことで、彼女は傷ついているわ。白哉様がルキア様を大切にされていることなんて、見ていてすぐに解るわよ。貴方が、白哉様を大切に思っていて、あの方のお心を守るために、ルキア様を大切にされていることだって、解るのよ。』


「・・・咲夜様は鋭い方でございますね。」
清家は苦笑した。
『別に、普通よ。家のためというのは、言い訳にならないだけ。少なくとも私の前ではね。』
悪戯に笑えば、清家の瞳が柔らかくなった気がした。


『・・・で、さっさと出てきてくださるかしら。そこに居るのは解っておりますわ、白哉様。出てこられないのなら、鬼道でも放って差し上げたらよろしいかしら。』
柱の陰に向かって声を掛けるが、帰ってくるのは沈黙である。
『本当に放つわよ。・・・破道の三十一・・・。』


「・・・やめろ。」
鬼道の構えを取ると、漸く白哉様が姿を見せた。
『あら、残念。私の鬼道の腕前を披露しようと思いましたのに。』
彼は私を一瞥して清家を見やる。
清家は何も言わずに頭を下げて、下がっていった。


『二人で話したいというわけですね。よろしくてよ。とことんお付き合いいたします。』
そういうと、白哉様は私の隣に腰かけた。
言葉を探しているのか、彼は無言である。
『・・・今日はお早いのですね。お帰りなさいませ。』
「あぁ。」


この人、本当に言葉が足らないのね。
それで周りが許すからすごいわ。
私は許してあげないけれど。
この顔で、無口で仏頂面で不器用というのだから、面白いわ。


『別に、言葉を選ぶ必要はありませんわ。緋真様を愛しておられるのなら、そうおっしゃっていただいて構いません。ルキア様をどう思っておられるのかも、ありのままをお話しくださいませ。・・・白哉様が私に求めるのは、それだけでしょう?』
静かに問うと、彼は目を伏せた。


「・・・ルキアを引き取ったのは、緋真との約束だった。あれは、あの年最初の梅の花が咲く頃のことだ。」
訥々と話し始めた彼は、寂しげな横顔をしていた。
横顔まで美しいなんて、狡いわ。
私だって、その美貌が欲しいわよ。


「・・・本当に、聞いておるのか。」
私の恨みがましい視線に気が付いたのか、彼は、眉を顰めて私を見る。
『聞いておりますわ。要約すると、緋真様との約束を守って彼女を引き取ったはいいけれど、どう関わればいいのか、分からないということですわね?』
彼は小さく頷く。


『失礼を承知で言わせていただきます。・・・白哉様は、阿呆でいらっしゃいますか?』
呆れ顔で言えば、彼は驚いたようだった。
『口が悪いのは性分ですので、お許しくださいね。でも、白哉様は阿呆です。』
改めて言えば、彼は不満げな顔をした。


『まぁ、そんなお顔をなさらずに、聞いてくださいな。・・・白哉様は、緋真様との約束を守って、ルキア様を妹にされたのでしょう?』
「あぁ。ルキアの兄になると、約束した。」
『ルキア様を守りたいのは、本心でしょう?』
「そうだ。」
『では、お守りすればよろしいのです。』
「だが・・・。」


『突然兄妹になれとは申しません。先ほどは清家にああいいましたが、白哉様の心の準備が出来るまでお待ちいたしましょう。ですが、白哉様にはルキア様をお守りできるだけのお力がある。ルキア様を朽木家に迎え入れたのは、ルキア様をお守りするため。ならば、とことんお守りください。さすれば、いつか、真実を伝え、兄妹になる日がやってきましょう。』


「・・・そんな日が、くるだろうか。」
自信なさげな声に、思わず笑う。
『そんな日が来るように、努力なされませ。まずは、ルキア様に肩身の狭い思いをさせないこと。使用人たちに、ルキア様を認めさせます。白哉様が使用人たちを一喝すればおさまりましょうが、それは表面上だけ。ですので、私に考えがございます。』
「考え?」


『僭越ながら、この私が、ルキア様の教育係となりましょう。礼儀作法はきっちりと仕込ませていただきます。多少厳しいこともあるかと思いますが、その辺は目を瞑ってください。』
「どういう、ことだ・・・?」
彼は首をかしげる。


『ふふ。私がルキア様の後ろ盾となりましょう。そうすれば、使用人たちも、そうそう態度には出しますまい。ゆっくりとルキア様を認めさせていきます。』
白哉様は目を丸くして、私をまじまじと見つめる。
あら、綺麗な瞳。
ちゃんと感情があるのだから、無理に押し殺すことなんてないのに。


『おや、疑っておいでですか?』
「いや・・・そうではないが・・・。」
『先に女同士で仲良くなっておきます。そして、私がお二人の橋渡しを致します。言葉足らずの白哉様のフォローもお任せください。』
「言葉足らず・・・。」


『嫌なら嫌とはっきりおっしゃってください。だから言葉足らずなのです。』
「・・・。」
気まずげに黙り込んだ白哉様が、なんだか可愛らしい。
『ちょうど暇をしていたので、私も話し相手が欲しいのです。きっと、ルキア様なら仲良くなることが出来ますわ。』


「・・・解った。ルキアのことは任せる。」
『では、そのように。早速、ルキア様のご予定を伺って参りますわ。』
そういって立ち上がると、白哉様は私を見上げてきた。
「・・・咲夜。」


『はい?』
「何か望みは、ないのか。」
『ありません。望みは、己で叶える方が面白うございます。』
即答すると、彼は小さく笑ったようだった。


「・・・そうか。そうだな。」
『えぇ。でも、そうですね。強いて言うのならば、今後も、三食昼寝付でお願いいたします。』
悪戯に言えば、彼の瞳も悪戯に輝く。
「良かろう。」
その言葉に笑みを返して、この不器用な方の手伝いをするべく、ルキア様のご予定を聞きに行くことにしたのだった。



2016.03.14
恋愛要素が見当たらない・・・。
たぶん、この後彼らは仲良くなって惹かれあっていくのでしょう。
はっきりと白哉さんに物申す姫のイメージが湧いてきて、書きたくなってしまいました。
長いですね・・・。


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