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■ 紅F

「・・・その、お話というのは、朽木のご当主様と婚約された咲夜姫は偽者で、自分が本物の咲夜姫だ、というお話にございました。幼いころに誘拐されて、その時に本物の自分と偽者が入れ替わり、その偽者がそのまま姫を名乗っている、と。その偽者が朽木のご当主様の妻となるというのは許しがたい故、その告発をして頂けないか、と頼まれまして。」


・・・なるほど。
私が偽者ならば、隠密機動に所属する漣咲夜もまた偽者で、漣咲夜が隠密機動に属していた事実が消える。
つまり、漣咲夜という姫は、なんの後ろ暗いこともない上流貴族の姫となることが出来るのだ。


その上、その話を持ってきた女は、私を蹴落とし、漣咲夜は自分であるのだから、自分が朽木家当主の正当な婚約者である、と主張出来る。
その主張が通れば、彼女は朽木家当主の婚約者として、それなりの力を手に入れることになるだろう。


こういう方向に話を持っていかれると、私は分が悪いな・・・。
私はこれまで隠密機動ということを隠してきたのだから。
その職務の性質から、という理由もあるが、私は、父や漣家が他の貴族から信頼を失うことを恐れて隠していた。
相手の身内に隠密機動が居るとなれば、大半の貴族は関わることを避けるだろうから。


でも、この男と私の名を騙っている女は、二つの大きな勘違いをしている。
二人にとって、致命的な勘違いを。
一つ目は、白哉様が私の正体を知らないと思っていること。
二つ目は、幼いころに誘拐された漣咲夜は、私ではないということ。


幼いころに誘拐騒動に巻き込まれたことは事実ではある。
しかし、実際に誘拐されたのは、私ではなく、一つ上の兄だったのだ。
体の弱かった兄は、体が丈夫になるように、と女の子の格好をさせられていた。
背格好が同じくらいで、私と兄が並ぶと双子のようだった。
両親と家令以外の者には見分けがつかなかったらしく、間違えた使用人たちに何度も謝られた記憶がある。


誘拐されたのが兄であることを知るのは、本人である兄と両親、私と漣家の家令のみ。
他の者には私が誘拐されたということになっている。
両親はそうやって、私が貴族の集まりに顔を出さなくてもいい理由を作ったのだ。
漣家の未来のために。


我が漣家は男性が当主になることしか認めておらぬ。
故に、お前の兄は当主にならねばならぬのだ。
しかし、あれは体が弱く、貴族同士の付き合いだけで精一杯になることだろう。
だからお前には、あれの代わりに外の世界を知ってほしいのだ。
この世界に存在するのは貴族だけではないことを、兄に伝えるのがお前の役目だ・・・。


誘拐されたショックで熱を出した兄を見つめながら、父はそう言った。
私はまだ幼かったけれど、幼いなりにその言葉を受け止めて、表向きは深窓の姫君をやりながら、暇さえあれば外に出かけて、色々なものを見た。
それが結果として、私を隠密機動の道に歩ませたのかもしれなかったが。


そういう訳で、誘拐されたときに咲夜姫が入れ替わったという話はあり得ないのである。
誘拐されたときに入れ替わったのだとしても、それは兄で、私ではない。
予想外の展開ではあったが、思わぬ形でことが上手く運びそうだ。
咲夜はそう思って、目の前の男、楠多田羅をまっすぐに見つめる。


『大変面白いお話ですのね。是非、本物の咲夜姫だと名乗る方にお会いしたいわ。そんなお話を直接私たちにお伝えになるのですから、その方を連れてきておられるのでしょう?今すぐここにお呼びになってくださいな。』
「は・・・?」


『偽者の疑いのある女を婚約者にするなど、白哉様にご不快な思いをさせてしまいます。ですから、本物であるということを、今この場で確認しとうございます。よろしいでしょう、白哉様?』
同意を求めると、白哉様は逡巡した後に大きく頷いた。


「・・・よかろう。私もその女には興味がある。幸いにも、今この場には貴族が集まっている。そなたが漣咲夜であることを証明する良い機会だ。その女を此処へ連れてきてもらえるな、楠殿?」
「・・・・・・畏まりました。少々お待ちくださいませ。」


「・・・勝算はあるのか?些かそなたには不利な話であったが。」
部屋を出ていく男を見送って、白哉様が小さく問うてきた。
『もちろん。先にお伝えしておきますが、誘拐されたのは、私ではなく兄だったのです。ですので、男が現れるのならばともかく、女が出てくるのは可笑しな話なのですよ。』


「どういうことだ・・・。そなたは昔から、誘拐されたせいで未だ他人を信用出来ない、という理由で貴族の席に顔を出すことは稀だっただろう・・・。」
『ふふ。詳しくは追々お話しいたします。・・・白哉様の方の準備は整ってございますか?』


「あぁ。大胆なことを思いついたな、そなたは。」
呆れたように言いながらも、その瞳は悪戯に輝いている。
『私の矜持に反する作戦だ、と上司に文句を言われましたが。』
「私も涅隊長から文句を言われたぞ。」


『ではあとで、私からもお礼を申し上げておきましょう。さて、では、総入れ替えと行きましょうか。本物の偽者か、偽者の本物か。それとも本物の本物か、偽者の偽者か。』
「まるで言葉遊びでもしているようだな。」
苦笑したようにいう白哉様に思わず笑いが出てくる。


『事実は小説より奇なり、というのは強ち間違いではないのですよ、白哉様。』
「なるほどな。では、行くか。」
『はい。』
くすりと笑い合って、お召し替えと称して二人で席を立つのだった。



2017.04.01
長いですね・・・。
Gに続きます。


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