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■ 家出少女

桜が満開に咲き誇り、花びらが舞う春。
多くの新入生が死神になるべく死神統学院の門を潜っている。
皆、期待と不安が入り混じったような顔が初々しい。
その一人である浮竹もまた、感慨深げに門を見上げて、統学院へと足を踏み入れた。


「やぁ、浮竹。」
クラス分けを見ようと校舎の方へ向かっていると、見慣れた男が声を掛けてくる。
同じ師の元で切磋琢磨してきたその男は京楽春水。
彼もまた今日からこの学院の生徒だ。


「京楽。クラス分け見たか?」
「もちろん。僕も浮竹も特進クラスだよ。」
「それは良かった。一先ず、元柳斎先生に叱られずに済むな、お互い。」
「あはは。そうだねぇ。大変なのはこれからだけれど。」
「はは。違いない。」


「あ、見てみて、浮竹。あの子、後姿がすっごく美人!」
肩を並べて歩いていた京楽は、そういって瞳を輝かせる。
呆れながらも彼の指さす方を見れば、凛とした背中が確かにあった。
何かを探しているらしい彼女が動くと、高い位置で結われた真っ直ぐな黒髪がさらりと揺れる。


「いいよねぇ、黒髪美人。」
「お前って奴は本当に呆れた奴だよな・・・。」
「あはは。良いじゃないの。これから僕らには、むさ苦しい寮生活が待っているからね。癒しは必要だよ。」


「あんまり羽目を外すなよ。お前の尻拭いは御免だからな・・・ん?」
ちらりと京楽を睨んで視線を前に戻すと件の彼女がこちらを真っ直ぐに見つめている。
それから真っ直ぐにこちらへ歩を進めてきて、はっきりと見えてきた顔に唖然とした。
思わず止まった足に、京楽が不思議そうにこちらを見る。


『やはり十四郎だったか。クラス分けに名前があったものだからまさかとは思ったが。』
苦笑を浮かべた彼女は、漣咲夜。
ひょんなことから関わることになった、幼馴染ともいうべき相手だ。
「え、何々?浮竹、知り合い?」
京楽は興味津々といった様子で俺と彼女を見比べている。


「お前・・・。」
『ふふん。驚いたか?私も驚いた。まさか君も今年入学するとはな。』
「君「も」?」
『見ての通り、私も今日からこの学校の生徒なのさ。どうだ?似合うだろう?』
悪戯な笑みを浮かべる彼女は、得意げにくるりと回って制服を揺らす。


「・・・俺の記憶が正しければ、お前は巷で深窓の姫君と話題の咲夜姫だったはずだが。」
「え?てことは、この子があの漣家の姫なの?」
俺の言葉を聞いた京楽は、隣で目を丸くしている。
『如何にも、私は上流貴族漣家の姫だが?』


「どうしてこんな所に居るんだ・・・。」
『見合いが嫌だと言ったら、自分で自分の身を養えない奴が何を言っているんだ、と父上に言われてな。だったら自分で食べていければいいのだな、と、まぁ、売り言葉に買い言葉というやつだ。それで、死神になろうとここにやって来た訳だ。』


「・・・家出、ではないよな?」
恐る恐る聞けば、彼女は声をあげて笑う。
『あはは!まさしく、家出だ!』
堂々と言い切った彼女に、頭を抱えたくなった。


「・・・ねぇ、浮竹。まさか、この子が、例の家出少女?」
「あぁ・・・。幼いころ、一人で彷徨っているのを見つけて浮竹家が保護した家出少女だ。どうやら、家出癖は治っていないらしいな。」
「その家出少女って、漣家の姫君だったの!?」


「ははは・・・。」
苦笑を漏らしながら、浮竹はその時のことを思い出す。
小さな体が持てるだけの荷物を背負って、一人で佇んでいた幼い少女。
その泣き出しそうな横顔が気になって声を掛けた幼い自分。
どこから来たのかと問えば、解らない、と答えられた夕暮れ時。


夜がすぐそこにやって来ていたから、うちに来るかと聞けば、彼女は瞳を輝かせて、嬉々として頷いた。
家に連れて帰ると、両親が彼女の持ち物に刻まれている家紋が漣家のものだと気づいて、大騒ぎになったのだが。
そんな出会いがあって、彼女は邸を抜け出しては我が家にやってくるようになったのだった。


『君は京楽春水だろう?京楽家の次男坊の。』
「おや、僕のこと知ってるの?君みたいな美人さんに知ってもらえるなんて、僕、嬉しいなぁ。」
『なるほど。十四郎から聞いた通りの男らしい。・・・私は漣咲夜だ。以後お見知りおきを。春水殿。』


「あはは。堅苦しいのは苦手だから、浮竹と同じように接してよ。」
『それは助かるな。私も堅苦しいのは嫌いだ。・・・ということで、十四郎。』
「なんだ・・・?」
楽しげな彼女に嫌な予感がしながらも、言葉の先を促す。


『私は家出をしている身故、私が漣家の姫であることは隠している。実は試験も苗字を変えて受けた。君と同期になるのは誤算だったが、まぁいいだろう。協力してくれるな?もちろん、漣家に連絡などするなよ?』
何故こうも嫌な予感というものはよく当たるのだろうか。
浮竹は盛大な溜め息を吐く。


「帰れと言っても、帰らないつもりなんだろ?」
『うん。私はな、十四郎。姫だからと言って、何も知らずにいることは、貴族の傲慢だと思うのだ。多くの者を統べる地位にあるのならば、より多くのことを知り、より多くのことを考えたい。そして、自分の足で立って、自分の足で歩んでいきたいのだ。』


「・・・解ったよ。お前は昔からやると言い出したら聞かないからな。」
『流石十四郎だ。私のことをよく分かっている。』
弾けるような笑みを見せた彼女に、あちらこちらから視線が集まった。
それに気付いて、この先苦労することが多いのだろうな、と内心苦笑する。


「あはは。大変だねぇ、浮竹。」
「馬鹿。お前も他人事じゃないぞ。こいつの正体を知った以上、お前にも協力してもらうからな?」
じろりと睨めば、京楽は楽しげに笑った。
「もちろんそのつもりさ。」


『良かったな、十四郎。良い友人じゃないか。あ、私との関係はただの幼馴染ということにしておいてくれ。』
「お前な・・・。誰のせいでこんなことになっていると思っているんだ・・・。」
『私のせいだな。まぁでも良いじゃないか。君たちと一緒ならば、楽しそうだ。私も特進クラスのようだから、クラスメイトとして改めてよろしく、十四郎。春水。』


「こちらこそよろしくねぇ、咲夜ちゃん。」
「頼むから、無茶はしてくれるなよ。」
釘を刺すように言えば、彼女は無邪気に笑う。
その朗らかさに不安など吹き飛んでしまいそうになるから不思議だ。


・・・俺もつくづく甘いな。
浮竹は内心苦笑する。
昔から、彼女の笑顔には弱いのだ。
どんなに振り回されても、彼女が笑えばすべてを許してしまう。
そんな魅力が彼女には備わっている。


『ふふふ。では、行くか!新しき道の始まりだ!だがしかし、初日から遅刻というのは目立ちすぎるからな。急ぐぞ!』
意気揚々と歩き出す彼女の背中を追いかけながら、口元が緩むのが解る。
前を歩く彼女の髪がさらさらと揺れるたびに、何故かくすぐったい気持ちになって、笑いが込み上げてくるのだった。



2017.03.16
家出少女な咲夜さん。
奔放な彼女に浮竹さんは振り回されるのでしょうね。
中途半端な感じで終わっているので、気が向いたら続編を書くかもしれません。


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