Short
■ 紅E

『・・・・・・白哉様。』
「何だ。」
『朽木家の家臣は本気ですね・・・。』
「そのようだな・・・。爺様を味方につけてきたのは、私も予想外だった・・・。」


朽木家と漣家の婚約を祝う宴の席。
場所は朽木家の座敷の一室。
主役の白哉と咲夜は、寄り添いながらそんなことを呟き合う。
もちろん、周りにそれとは勘付かれることがないように気を付けながら。
姿を見せるであろう敵の気配を探ることは忘れずに。


砕蜂様と三人で話した日から一か月。
朽木家の家臣たちが手際よく手回しをしてくれたおかげで、私と白哉様はあっという間に婚約してしまった。
孫の幸せを願って止まない銀嶺殿に婚約を薦められてしまえば、この婚約を断る術などない。
抗うことを諦めて、二人とも早々にその流れに身を任せたのは一週間前のこと。


『流石朽木家です。父が私のことを知って呆然としている間に、話を進めてしまうのですから。』
「私も特に反対はしなかったからな。」
『そうだとしても、手際が良すぎるでしょう・・・。隠密機動としても、見習うべき点が多々ございました・・・。』


婚約に頷いた翌日には私の私物がすべて朽木邸に移され、形式的な見合いをさせられた後に、そのまま朽木邸に住むことになった。
刑軍という私の立場上、朽木家の離れと母屋の両方に部屋が用意されている。
血を浴びることの多いこの身をすぐに清められる湯殿がある離れは、とても快適だ。
その手際の良さと心配りに、流石に朽木家だと感嘆したのは記憶に新しい。


そして、今日は盛大な宴。
多くの客人との挨拶が一段落して、二人で一息吐いているのだった。
いつの間に招待状を出したのか分からないが、四大貴族から下流貴族まで幅広い層の客人があちらこちらで話に花を咲かせている。
婚約祝いでこれだけ集まるのだから、祝言は一体どうなることやら・・・。
心配になるのは私だけだろうか。


「抜け出すか?あの日のように。」
どこか楽しげな白哉様がちらりとこちらを見る。
『・・・そのような冗談を仰るなんて、意外と余裕にございますね、白哉様は。』
「慣れているからな。辟易しているのは確かだが。」


『私はこれだけの貴族を見ただけで気分が悪くなりそうです。』
「そのうち慣れる。」
『慣れる必要のない道が欲しいものです・・・。』
「同感だ。」
二人で苦笑を漏らしていると、男が一人こちらに歩を進めているのが見える。


『・・・白哉様。』
「あぁ。掛かったらしいな。」
『念のために、印をつけさせていただきます。』
「印?」
『はい。少々ご不快かもしれませんが。』


隠し持っている小刀で指先に傷を付けて、盛り上がってきた血で白哉様の手のひらに模様を描く。
自分の手のひらにも同じものを描くと、血で描かれた模様がすう、と消えていった。
白哉様はそれを不思議そうに眺める。


「そなたの能力か。」
『はい。この印があれば、万が一にも白哉様がお怪我をされた場合でも、私の斬魄刀は白哉様に刃を向けません。』
「どういうことだ?」


『私の斬魄刀は少々特殊でして、私の体が鞘そのものなのです。血を好む性質であるせいか、血の匂いに敏感で、血に酔った状態の斬魄刀を操り損ねると、誰彼構わず傷つける結果に・・・。完璧に制御できていない私が未熟なのですが・・・。』


「なるほど。そなたの異名も斬魄刀のせいというわけだな?」
『えぇ。この件に関わってからは、斬魄刀を使うことが増えましたから。・・・血腥い話になってしまいましたね。祝いの席なのに。』
「構わぬ。綺麗ごとばかりでは隊長も当主も務まりはしない。」


『白哉様は、そうやって、私の仕事をお認めになってくださるのですね。』
「変か?」
『いえ。嬉しゅうございますよ。恐れられ、避けられることは多いですが、受け入れられることは稀ですので。』
「そうか。」


「・・・お話し中のところ、失礼いたします。」
くすくすと笑っていると、穏やかな雰囲気を察したらしい件の男が近づいて来て一礼する。
「お初にお目にかかります、朽木家当主様。漣家の咲夜姫。私は、楠家次期当主の楠多田羅と申します。お二人のご婚約を心からお祝い申し上げます。」


「お初にお目にかかる。お忙しい所ご足労頂き感謝する。」
『お初にお目にかかります、楠様。私からもお礼を申し上げますわ。』
相変わらず表情の少ない白哉様に代わって、にっこりと微笑む。
楠多田羅の瞳が、小さく揺れた気がした。


血の匂いがする・・・。
常人には解らないであろう微かな匂い。
しかし、血の匂いを嗅ぎ慣れた者ならば見逃さない、同族の匂い。
彼がここにやってくる前に、何らかの仕事をしてきたことは明白だ。
そして、今目の前にいる男こそが、数年をかけて追い続けてきた、件の人物。


「咲夜姫は流石にお美しい方ですね。朽木のご当主様がお選びになるのも良く解ります。・・・おや、指先にお怪我を?」
『先ほど、お懐紙で切ってしまいましたの。大したことはございませんわ。』
やはり、相手もまた血の匂いに敏感なのだろう。
きっとこの男は、私が隠密機動の一員だということに気付いている。
それも、刑軍に属していると検討を付けている。


「そういうことは早く言え。祝いの席で血を流してどうするのだ・・・。」
呆れた顔をした白哉様は、私の手を取って鬼道で治療を始める。
『このくらいの怪我ならば、自分で治せますわ。白哉様のお手が汚れてしまいます。』
「構わぬ。そなたの手のほうが大切だろう。」


・・・白哉様は本当に心強い協力者だわ。
傍から見れば、仲睦まじい光景になっているのでしょうね。
内心で苦笑している間に、浅い切り傷の治療が終わる。
傷の消えた指先を眺める白哉様の瞳はどこか満足気だ。
その様子は、以前、私に体温があるかを確かめた時と同じだった。


「・・・これで良い。」
『ありがとうございます、白哉様。』
やっぱり白哉様は変な人だ。
あの程度の切り傷は、私にとっては怪我というほどのものではないのに。


「仲睦まじいところ大変恐縮なのですが、今日、お声を掛けさせていただいたのには、理由がありまして。朽木のご当主様のお耳に入れたいお話があるのです。祝いの席に相応しいお話ではないかもしれませんが・・・お聞きいただけますでしょうか?」
お伺いを立てた楠に白哉様は頷きを返す。


「では、遠慮なく。・・・先日、私の元に咲夜姫の名を名乗る女が現れまして、気になる話をして行きました。」
「咲夜本人ではないのか?」
『いえ。私は楠様と初対面にございます。ねぇ、楠様?』


「えぇ。そのはずにございます。咲夜姫と面差しが似ている女でしたが、今ここにおられる咲夜姫とは別人だと思われますので。」
『それで、その方は何と?』
「それが・・・ですね・・・お二人には、特に、咲夜姫には大変ご不快なお話かと思うのですが・・・。」


『構いませんわ。遠慮なくお話しくださいませ。私の名を騙る方のお話には興味がございますもの。』
微笑みを見せると、男は少し沈黙する。
その沈黙を取り繕うように、戸惑ったふりをしながら口を開いた。



2017.04.01
Fに続きます。


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