Short
■ 連理の枝

心地よい闇の中。
明かりはないけれど、温かさを感じる闇。
ふわり、と安心する香りが漂ってきたかと思えば、その香りにあっという間に包まれて。
ふらふら、ふわふわと、雲の上に乗っているような気分。
そんな闇の中で微睡んでいたら、何か甘い感触が、唇を掠めた気がした。


『ん・・・。』
幸せな眠りの中から意識がゆっくりと浮き上がってくる。
私は夢を見ていたのか・・・。
ぼんやりとした思考が、そんなことを思う。
閉じられていた瞼を開ければ、今や見慣れた天井が目に入ってきた。


『・・・・・・あれ?外じゃない・・・?』
確か、私は昼食後、中庭のようになっている隊舎の一角で、日向ぼっこをしていたはず。
そのまま眠ったのだとしたら、私が目を開けた先に見えるのは、空のはず。
それなのに何故、私はこの部屋に居るのだろうか?


「目が覚めたか。」
聞こえてきた声に、もそもそと起き上れば、書類に目を通している愛しい人の姿。
はらり、と自分の膝の上に何かが落ちた気がしてそちらを見れば、白い羽織が体に掛けられていたらしい。
未だぼんやりとしながらもその羽織を手に取って広げてみれば、六の文字。


『白哉の羽織だ・・・。』
呟いて、何となく鼻先を近づけてみる。
あれ、この香りは・・・。
少し考えて、夢の中の香りと同じことに気付く。


『・・・もしかして、白哉が運んだの?』
再び白哉に視線を戻せば、彼はこちらを見ていて。
「・・・その辺で昼寝をするなと、何度言えばわかるのだ。」
呆れたような、諦めたような、そんな表情。
まぁつまり、いつものように昼寝をしていたところを、いつものように白哉に拾われたわけか。


『気持ちいいんだから仕方ない。』
「私とそなた以外の者があの場所を知っているとは考えぬのか。」
『四方を壁に囲まれた場所なんて、誰も来ないでしょ。建物の中からは見えないし、六番隊の隊士には君の教育が行き届いているから、屋根の上を通って近道をすることもない。』


「毎回拾いに行く私の身にもなれ。私とてそう暇ではない。」
それだけ言って白哉は視線を書類に戻す。
口で言うほど、それが嫌ではないのだ。
ただ、形式的に小言を言っているだけで。


『毎回人の寝込みを襲っておいて良く言う。』
「襲ってなどいない。」
『でも、毎回人の唇を奪っているだろう?今日だってそうだ。さっき、白哉は私にキスをした。』
自信ありげに言えば、気まずげな沈黙。


「・・・起きているなら早く言え。」
その言葉と共に拗ねた視線を向けられて、小さく笑う。
『夢現の気持ちいい闇の中に居ては、声を上げるのも億劫なもんでね。』
言いながら大きく伸びをして、立ち上がる。
彼の羽織を手に取って、彼に近づいた。


『いつもありがとう、白哉。』
白哉の横に立って、ふわ、と羽織を彼の肩に掛ければ、いつの間にか書類を置いていたらしい手が私の手首を掴んだ。
ぐい、と引っ張られると彼の膝の上に着地する。
特に驚くことなく顔を上げれば交わる視線。


「咲夜。」
『うん?』
「私以外の者の前で、その無防備さを見せるなよ。」
真剣に言われて思わず笑う。


『ふは。うん。解っている。』
「・・・本当に解っておるのか?」
笑った私が気に入らないらしい彼の眉が、小さく顰められた。
そんな彼に手を伸ばして、その両頬を包み込む。
顰められた眉を緩めた白哉は、緩やかに目を閉じた。


『ちゃんと解っているさ。だから白哉も、そんな無防備な姿を見せるのは、私だけにしてくれよ。』
するり、と彼の頬を滑った掌は、彼の後頭部に回されて。
軽く引き寄せれば、白哉はされるがままに顔を寄せてくる。
触れるか触れないかの軽い口付けをすれば、眠りの中で感じた甘さが唇から広がった。


『・・・愛しているよ、白哉。』
呟けば、彼の瞳が開かれて。
こちらを見る瞳は、甘い、甘い、砂糖菓子のよう。
微かな笑みを浮かべるその唇が私のそれに重ねられた。


「私もだ。私も、咲夜を愛している。」
『ふふ。そんなの、とっくの昔に知っている。』
「そうか。」
くすくすと笑い合ってから、白哉の膝から降りる。


『それじゃ、お仕事頑張りますか。ね、「朽木隊長」?』
「「漣三席」の言う通りだな。名残惜しいが、これでは部下に示しがつかぬ。」
二人とも悪戯に微笑んで、互いの手を握る。
きゅ、と指を絡ませてから、その手を離した。


『定刻を過ぎたら、また会おう。』
「あぁ。」
頷きを返してくる白哉を見てから、部屋を出た。
唇に残る甘い感触と、彼の羽織から移ったらしい彼の香りに口元が緩むのが解る。


彼は気付いているのだろうか。
この時間を作るために、私があの場所で昼寝をしているということに。
・・・いや、きっと、気付いている。
彼もまた同じ気持ちだからこそ、毎回私の思惑通りに動いてくれるのだ。


『・・・ふふ。愛しいな。』
白哉のお蔭で今日も仕事が捗りそうだ。
内心で呟いて、廊下を蹴る。


執務室に辿り着けば、己の執務机の上には書類の山。
どこから回されてきたのかと副隊長に問うと、朽木隊長からだ、とあっさりと答えられる。
彼の切り替えの早さに苦笑を漏らしながら、己も仕事に取り掛かることにしたのだった。



2017.03.09
思ったより甘いお話になりました。
咲夜さんの方が年上なイメージです。
仕事中に何をしているんだ、という突っ込みは無しの方向でお願いします。


[ prev / next ]
top
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -