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■ 紅D

・・・面倒なことになった。
砕蜂と咲夜と会話をしながら、白哉は内心で呟く。
それと同時に感じる、家臣たちへの怒り。
恐らく、彼らが中心となって、婚約の噂を流している。
噂が私の耳に入るころには、皆がその噂を耳にして、後に引けなくさせるつもりなのだ。


確かに、漣家の姫ならば、私の相手として申し分ない相手であろう。
だが、彼女は、刑軍。
しかも・・・これはただの推測にすぎないが・・・彼女は、彼女の父、つまり、現漣家当主に、己が刑軍に属していることなど、ましてや隠密機動総司令官の側近であることなど、伝えていないだろう。


己の娘が刑軍に属しているのならば、あのように、自慢の娘だと言い切ることは出来まい・・・。
誇らしげに娘の話をしていた彼女の父親の顔を思い浮かべて、苦々しい気分になる。
危険が付き纏う死神という職業を娘が選んだことを憂いて、良い嫁ぎ先が見つかるといいと案じていたその穏やかな表情が青褪めていく様子がありありと想像できた。


朽木家も漣家もこの婚約を望むだろう。
私自身は刑軍の重要性を実感している上、相手が刑軍だろうと構いはしない。
暗殺命令は、時に隊長に下されることもあるからだ。
死神という職に就いている以上、己の手が綺麗なだけではないことも解っている。
当然、朽木家の家臣たちはそれは理解している。


・・・だが、他の多くの者は、それを知らぬ。
彼女の素性が知られた場合、糾弾を受けるのは、漣家だ。
漣家は、彼女が刑軍に属していると知らなくても、周りはそうは見ないのだ。
それを隠して朽木家との婚約を進めようとした狡猾な存在だと、他の貴族連中はこぞって彼らを責めるだろう。
朽木家のため、という大義名分を振りかざして。


「しかし、最悪のタイミングだな。」
砕蜂隊長の言葉に、思考を中断する。
何かを考えているらしいその瞳は、厳しい。
少しの間があって、二人の顔がこちらに向けられる。


『白哉様・・・いえ、朽木隊長。』
彼女は真っ直ぐにこちらを見上げて言う。
『私の不手際で騒ぎに巻き込んでしまった上に、このようなお願いを申し上げるのは、大変心苦しいのですが・・・。』
「何だ?」


『暫く、この婚約騒ぎを利用させて頂くことは可能でしょうか?』
思いがけない言葉に目を瞬かせていれば、彼女は言葉を続ける。
『これは、内密の話なのですが。実は、我々は、この数年、ある人物を誘き出すための罠を仕掛けております。』


「ある人物?」
『はい。その人物は、尸魂界の秘密を知り、ある計画を企てておりまして。』
「その計画とは?」
『・・・新しき貴族社会の実現。既存の貴族社会が気に入らない者が居るのです。』


「それは今に始まったことではないだろう。貴族は、その責務を果たしても恨まれることの方が多い。残念なことではあるが、貴族の責務を果たさぬ者も多く、それで恨まれる者も多かろう。」


『その通りにございます。昔は、死神になるのは貴族のものが殆どでした。しかし、現在は流魂街にも死神の才を持つ者が多く存在します。実際、流魂街出身の者が隊長となることも増えて参りました。』
彼女の言葉に、貴族の今後を憂いてしまうのは私だけではないのだろう。


「力のない貴族は要らぬ。ましてや貴族の責務を果たさぬ者など尚要らぬ。・・・そういうことか。」
『はい。・・・正直、私は貴族社会がどうこうというのは、さほど興味がございません。ですが、それを実現するために用いられている方法が、許されるものではないのです。』


「その方法とは一体何なのだ?」
「・・・貴族の地位の簒奪だ。一族を殺害、または監禁し、その家の者に成り代わって貴族の権力を手にしている。流石に上流貴族ではそのようなことは起こっていないが、中流貴族でも、そのような事態の発生が確認された。」
静かな砕蜂の言葉に白哉は軽く目を見開く。


『先日、朽木隊長がご覧になったのは、本物の当主を殺し、当主に成り代わった者にございました。逃げ延びた使用人等から、そのような話が多数報告されています。当主の後継者となるべき者が次々と命を落とし、突然現れた親族が新たに当主となった、という例もございます。調べてみると、その親族とやらは何の繋がりもない者であることも珍しくありません。』


「家を乗っ取り、徐々に権力を蓄えているというのか・・・。」
言いながら白哉は恐ろしいことに気付く。
「貴族同士と言っても、当主の顔くらいしか見ることはない。その息子、孫の顔が変わったとて、気付くのは難しい。その上、顔などいくらでも変えられる。さらに言えば、同じ霊圧を纏うことも不可能ではない。」


背筋が寒くなる思いだった。
船の底に穴が開いて、徐々に水が入り込んでくるような、薄ら寒さ。
敵も味方もぼやけてしまったような、心許なさ。


「阻止せねばならぬな。掟が破られれば、世界の均衡が崩れかねない。」
『はい。その可能性がある以上、我々は、首謀者を捕え、誰がすり替わっているのかを、調べ上げねばならぬのです。・・・我々刑軍は、その首謀者を突き止めております。そして、その者を捕縛するために、数年をかけて罠を仕掛けて来ました。』


「後は囮を使って誘き出すだけなのだが・・・お前たちの婚約の噂が立ってしまったのだ。」
砕蜂は忌々しげに吐き捨てる。
『申し訳ございません、砕蜂様。』


「謝罪は後だ。・・・そういう訳で、二人に囮になってもらいたいのだ。朽木家当主と噂になっている二番隊士。相手は必ず接触を試みてくるだろう。」
砕蜂の瞳はまるでこれが決定事項であるというようにその先の思考を広げている。
自らがこの婚約話の発端となっている以上、断る術はない。
しかし、漣家のリスクを考えると、簡単に頷くことは出来ない。


『・・・父には、私のことを正直に伝えるつもりです。必要ならば、朽木家の皆様に私の正体をお話しても結構です。現在の状況を知れば、私の正体を知ってもこの件へのご協力は仰げるかと思います。』
彼女の言葉に迷いはなかった。


「・・・・・・話を聞いた以上、協力を断ることは出来まい。」
『ありがとうございます。』
「だが、一つだけ言っておく。」
『何でございましょう?』


「この婚約騒ぎ、今すぐ否定せねば確実に現実となることを、忘れるな。この噂の出処は、おそらく朽木家の家臣たちだ。」
目を丸くした彼女を見て、己の立場が憎くなる。
「そなたが刑軍だからという理由で、婚約を破棄する朽木家ではない。その上、私は一度無理を通している。そのことを家臣に指摘されてしまえば、分が悪いのだ。」


家臣たちが本気になれば、私では止められぬ。
緋真を失って以降、どの姫も相手にしてこなかった私が、自ら声を掛けて宴から連れ出した姫を、家臣が逃そうとするはずがない。
ましてや彼女は上流貴族。
刑軍だということを差し引いても、いや、だからこそ、私の後妻として適任だと判断されるだろう。


『私が刑軍だということを知っても、朽木家は私を白哉様の婚約者にと、望むわけですか・・・。』
「あぁ。その上、現在、上流貴族の姫の中に、私の妻となれるような年齢の姫は少なく、だが、彼女らでは、朽木家当主の妻の役割を果たすには、少々心許ない。」


『私ならば、そのお役目を果たすことが出来るとおっしゃっているのですか?』
「朽木家はこれまでに多くの死神を輩出している。それを重んじる家臣たちは、碌に邸の外のことを知らぬ中流の姫よりも、礼儀作法や教養を持ち、尚且つ死神に理解のある刑軍の上流貴族の姫を選ぶ。」


『白哉様は、それでも構わぬと?』
「・・・朽木家当主とは、そういうものだ。一度関わるだけで、他人の人生をも、捻じ曲げるのだ。」
呟くように言えば、何かを推し量ったのか、彼女の顔が小さく歪められる。
何も言うなと軽く首を振れば、深々と頭を下げられた。


『承りました。そのように、覚悟をしておきます。』
「・・・そうか。」
『どうか、私のことを気に病むことはなさりませんように。私とて貴族の姫にございます。貴族の不自由さは良く知っているつもりです。ですからどうか、私の人生を捻じ曲げたなどと思うことはなさらないでください。』


「あぁ。・・・砕蜂隊長。」
「なんだ?」
「協力の要請、承った。詳細は彼女を通して伝えろ。私がこれ以上ここに長居すれば、相手が何か悟るやもしれぬ。用心するにこしたことはあるまい。」


頷きを返した砕蜂を一瞥して、白哉は踵を返す。
今後の忙しさを思うと溜め息を吐きたくなる。
申し訳なさそうな視線が、背中に向けられていた。
その気持ちを感じているのは白哉も同じで。
やはり貴族というものは難儀だ、と内心で呟くのだった。



2017.04.01
Eに続きます。


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