Short
■ 共有

『美味しい?』
「あぁ。美味い。」
楽しげに重箱に詰められた料理に手を伸ばす二人を、京楽はぼんやりと見つめる。
二人の世界が出来上がっていて、自分が入る隙などないように思えて、京楽は内心で溜め息を吐く。


・・・ずっと三人でいるとばかり思っていたのに、僕だけ一人になってしまったみたいだ。
目の前に居るのは、同期の浮竹十四郎と漣咲夜。
先日婚約をした彼らは、今現在幸せの真っ只中である。
大切な友人たちが幸せなのは嬉しいことだが、自分一人だけ疎外されているようで、少し寂しい。


これから二人は、結婚して、夫婦になって、子を為して、親になって。
幸せな家庭を築くことだろう。
彼ら自身も、彼らの子どもたちも、皆が笑っている光景を想像するのは容易い。
それなのに、自分がそうなる未来を想像できないというのが、何だか悲しかった。


『・・・どうしたの、春水?美味しくなかった?』
こちらに気付いたらしい彼女は、不安げにこちらを見つめる。
続いて浮竹の視線もこちらに向けられた。


「いや、すごく美味しいよ。咲夜ちゃんの手料理を毎日食べられるなんて、浮竹が羨ましいねぇ。」
この言葉は嘘ではないけれど、嘘をついているような気持ち悪さがあるのは、何故だろうか。
へらり、といつものように笑ったつもりだが、目の前の二人は怪訝な顔をした。


『茶化さないの。何か思うことがあるんでしょ?そうでなければ、あんな捨てられた犬みたいな顔はしないもの。』
「何かあったのか、京楽。」
二人にじっと見つめられて、京楽は観念する。
彼らに嘘を吐きとおすことなんて、昔から一度も成功したことがないのだ。


「・・・これから、君たちは二人で共有していくものが増えていって、でも、僕はそこには入れないんだなぁ、と、しみじみ思っただけさ。君たちが幸せなのは喜ばしいことなのに、何だか変だよね。」
苦笑を漏らしながら言えば、呆れたような顔をされて、さらに盛大な溜め息を吐かれる。


『馬鹿ね。・・・ねぇ、春水。口を開けなさい。』
「え?」
『いいから。ほら、あーん。』
言いながら彼女が僕の口元に差し出すのは、だし巻卵だ。
内心で首を傾げながらも口を開けば、だし巻卵が口の中に放り込まれた。


ふわふわの卵と、ふわりと香る出汁。
ほっこりするような味のそれは、彼女の得意料理で。
これまでに何度も味わったものである。
もぐもぐと咀嚼していれば、彼女はくすくすと笑った。


『美味しい?』
「うん。いつも通り美味しいよ。」
『よかった。ね、春水。十四郎もこのだし巻卵が美味しいって、言ってくれるの。それで、私もこれが好き。つまり、私たちは三人ともこれが好き。』
「うん・・・?」


『私たちは、美味しいものを共有できる。・・・安心しなさい。私も十四郎も、貴方を一人にはしないわ。』
「馬鹿だなぁ、お前。なんだか静かだと思ったら、寂しかったのか。俺たちがお前を邪険にするはずがないだろう。」
二人に言われて、不覚にも泣きそうになった。


「この先も、僕は、君たちの隣に居ていいのかい・・・?」
掠れた声が情けない。
きっと今の僕は、凄く情けない顔をしている。
目の前の二人は、そんな僕を見て、穏やかに笑っているけれど。


『当たり前じゃない。確かに、私たちの二人の時間は増えるでしょう。でもね、春水。私たちは、春水との時間も大切に思っているわ。春水が私たちとの時間を大切に思ってくれているようにね。それに・・・。』
「それに?」


『自分の知らない二人の時間が羨ましいと思っているのは、私も一緒。少しぐらい、私の気持ちを解ってもらわなくちゃ、気が済まないわ。十四郎と春水の二人の時間に入れないことが何回あったか解らないんだから!』
軽く頬を膨らませた彼女に、浮竹は笑う。


「咲夜は昔から、俺と京楽が打ち合っていると恨めし気に見つめていたよなぁ。」
『だって、二人で会話をしているように打ち合っているんだもの。周りで皆が見ていても、二人きりでいるみたいに、相手しか見えていなかった。あれこそ二人の世界だわ。今だってそうよ。隊長同士の話では、私は間に入れないもの。』


「俺だって、咲夜と京楽が二人で居るのは複雑だ。俺が寝込んでいる間、お前たちが二人で前に進んでいるのだと思うと、置いて行かれそうで・・・。」
『ふふ。十四郎までそんなことを思うことがあるのね。』
二人の言葉に、京楽はぽかんとする。
それから一瞬の後に思わず笑った。


「なぁんだ。僕ら、皆一緒ってこと?」
悪戯に問えば、二人はくすくすと笑いながら頷く。
『類は友を呼ぶ、というのは、間違っていないのだわ。』
「はは。そうだな。」


『私と十四郎だけが共有できることがあるように、十四郎と春水だけが共有できることがあって、私と春水だけが共有できることがある。それから、このだし巻卵みたいに、三人で共有できることがある。でもそれって凄いことよね。人生が交わらない人の方が多いのに、人生が交わって、その上、共有できるものがあるのよ?それも、私たちの場合は三人が交わって、共有している。確率にすれば、天文学的な数字が出てくることでしょうね。』


敵わないねぇ、全く。
朗らかに笑う彼女に、京楽は苦笑する。
僕も浮竹も、彼女のこの軽やかな言葉に、何度も助けられた。
彼女の言葉は、絡まって塊になった糸を解いていくような、そんな力を持っているのだ。
ちらりと浮竹を見れば目が合って、苦笑を返される。


「咲夜はこういう奴なんだよなぁ。」
「咲夜ちゃんは、そういう奴なんだよねぇ。でも、浮竹が惚れるのは、解る気がするよ。」
「はは。お前が咲夜に惚れない理由も、何となく解る気がするよ。」


『あら、また私の知らない二人の話?』
「まぁね。」
『ね、少しだけ教えてくれない?』
「咲夜ちゃんが、浮竹のプロポーズの言葉を教えてくれたら、教えてあげるさ。」


『それは秘密よ。私たち二人の、大切な秘密。』
「それじゃあ、僕も秘密。」
『じゃあ十四郎に教えてもらうわ。』
「おいおい。俺だって教えないぞ。京楽。余計なことは言うなよ。」
「あはは。浮竹が余計なことを言わなければ、言わないさ。」


遊ぶように言葉を交わして、三人で笑う。
いつの間にか疎外感はなくなっていて、こういう関係も悪くないと、素直に思う。
この先もきっと、疎外感を味わうことがあるだろうけれど。
でも、皆がその疎外感を知っているのだと思えば、それでいいのだと思えるだろう。


三人一緒、だなんて、子どものようだけれど。
彼らと出会わない人生も、この先彼らが居ない人生も想像できない。
そんな友があることの、何と幸福なことか。


・・・なんて、僕らしくないかな。
京楽は内心苦笑して、だし巻卵に手を伸ばす。
先ほど食べさせられたそれよりも、ずっと美味しく感じて、やっぱり羨ましいなぁ、と内心で呟く。
いつの間にか、先ほどの寂しさや妙な気持ち悪さは消え去っているのだった。



2017.03.07
幸せな二人を見て、ちょっと寂しくなる京楽さん。
誰夢かが曖昧ではありますが、咲夜さんは浮竹さんの婚約者ということなので、浮竹さんの短編に入れておきます。


[ prev / next ]
top
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -