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■ 鼓動

藍染ら隊長三名の造反から一週間。
事件の全容把握のため、鬼道衆は瀞霊廷全土に散って、彼らの痕跡を探っている。
その途中経過が、隊長格が揃う中、副鬼道長によって報告されていた。
微かな痕跡が残っているものの、彼らの全ての動きを探るのは容易ではなく、次の彼らの動きを読むことが出来るような、芳しい報告はない。


「・・・よって、これ以上調査を続けても、何らかの成果があげられる可能性は低く、成果が上がらないことが予想される以上、他の観点から調査をするべきであろう、というのが、鬼道衆総帥、大鬼道長、漣咲夜よりの報告にございます。」
淡々と報告を続けていた副鬼道長は、そう締めくくって一礼する。


「そうか。じゃが、何故その報告をお主がする?大鬼道長は一体何をしておるのじゃ?」
元柳斎に問われて、これまで淡々と答えていた副鬼道長が困ったように眉尻を下げる。
「それが・・・瀞霊廷に黒崎一護ら旅禍が侵入した際、情報の共有がなされなかったことに腹を立てておりまして・・・。その他にも思う所があるようで、この場で暴れる可能性があると判断し、結界の中に入って頂いております・・・。」


副鬼道長の言葉を聞いて、遠い目をしたのは四人。
彼の目の前に居る元柳斎と四番隊隊長卯ノ花烈。
そして、十三番隊隊長浮竹十四郎と、八番隊隊長京楽春水だ。
先ほどから名前が出ている大鬼道長漣咲夜は、浮竹と京楽の同期。


ついでに言えば、浮竹とは生まれたころから付き合いのある幼馴染だ。
もっと言えば、彼の大切な幼馴染だ。
それはもう、大切な。
何者にも代え難い、唯一無二の。


バン、と音を立てて、隊主会議場の扉が開け放たれる。
皆がそちらを見れば、そこには一人の女。
純白の死覇装に、漆黒の羽織。
その両胸には、鬼道衆の紋が金糸で刺繍されている。


真っ直ぐな長い黒髪に、人形のように精巧な顔。
年を取らないと噂されているその顔は、院生時代から変化がないようにすら思える。
そんなことを彼女に言えば、そんな訳ないだろうと素っ気なく返されるだろうが。
何はともあれ、彼女こそが、大鬼道長、漣咲夜であった。


『この私を結界に閉じ込めて隊主会に出席するとはな、副鬼道長殿?君はいつ、そんなに偉くなったんだ?』
距離を縮められながらぎろりと睨まれて、副鬼道長の男は顔を青褪めさせる。
「一体、どうやって・・・。」


『君が私を閉じ込めるために張った結界をどうやって解いたか、か?』
「いえ、その・・・。」
『君の張った、君が幾年も練り上げて完成させた結界は、この私が四半刻でその解き方を開発した。解ってしまえば造作もない脆い結界だ。失敗作だな、あれは。実戦では全く使えないだろう。まぁでも、お蔭でいいことを思いついた。』


に、と口角を上げた彼女に、副鬼道長の男は反射的に反鬼相殺の準備をする。
それを見てさらに笑みを深めた彼女は、手早く指組みをして、ぼそぼそと何かを唱えた。
瞬間、四方八方から何かが副鬼道長の男の方へ飛んで行き、あっという間に彼を囲い込む。
ぶうん、と低い音を立てて、男を結界に閉じ込めた。


「き、鬼道長!?何を・・・!?」
閉じ込められた男は焦ったように内側から結界を叩くが、その結界が壊れる様子はない。
『この私を閉じ込めようなど、百万年早い。この私を相手に反鬼相殺など、一千万年早い。その結界は、君の結界の改良版だ。君はそこで静かに見ていろ。』


男に言い捨てた咲夜は、その場にいる面々をぐるりと見回す。
その視線の強さに、皆が気圧されそうになる。
圧縮された彼女の怒りが、今にも爆発を起こして、何もかもを吹き飛ばしてしまいそうな、そんな気配が漂っているのだ。


『・・・護廷十三隊の総隊長に申し上げる。』
最後に元柳斎を見た咲夜は、静かに口を開いた。
「なんじゃ?」


『我ら鬼道衆は、護廷十三隊の下にある組織ではない。護廷十三隊と対等な組織であり、鬼道衆における鬼道衆総帥は、護廷十三隊の総隊長のそれと遜色ない立場であることを、お忘れなきよう。』
切れ味の鋭い刃のような視線。
その視線に、元柳斎は内心苦笑する。


「お主を軽んじたつもりはない。報告が遅れたことは、こちらの不手際であった。」
あっさりと不手際を認めた元柳斎に、咲夜は溜め息を吐く。
『・・・今後は報告をスムーズに行うように、と隠密機動への通達もお願い致します。』
「うむ。」


『私の名を出しても、総司令官からの命により他言することは出来ません、という答えしか返ってきませんでした。総司令官とやらを探そうにも、あちらこちらを飛び回っていて捕まらなかった・・・。その上双極の解放の準備で、私自身、長く席を開けていることも出来ず・・・。』
悔しげに俯いた彼女の肩に、ぽん、と手を乗せる男が二人。
それを見た副鬼道長が内心で悲鳴を上げたことを知る者はいない。


「いやぁ、ごめんね、咲夜ちゃん。僕も浮竹も、自分のことで手一杯でさ。」
「済まなかったな、咲夜。余計な心配を掛けた。」
苦笑しながらいう京楽と浮竹。
しかし、どうやらそれが彼女の地雷を踏んだらしく、不穏な気配が漂い始める。
あぁもう駄目だ、と副鬼道長の男は、頭を抱えた。


『・・・私が・・・この私が一番腹を立てているのは、お前ら二人だ!この馬鹿!!』
ごん、と鈍い音が二つ。
彼女の拳が、浮竹と京楽の頭を容赦なく襲った音だった。
その痛みに、二人は音もなく悶絶する。


『朽木ルキアを助けるなら、まず私に手助けを求めろ!!私なら、双極の解放を遅めることだって出来た!それなのに、何故・・・何故、私に助けを求めなかった!!黒崎一護が間に合わなければ、朽木ルキアの命が失われるところだったのだぞ!!罪に見合わぬ罰を、受けさせられるところだったのだ!』
雷が落ちたような怒りの声が響いて、皆が静まり返る。


『そんなに・・・そんなに私は頼りないか。鬼道長と、隊長の間には、そんなに深い溝があるか。私と君たちの間にある信頼では埋められないほどの、深い溝が。私が、双極解放の指示を出したのは、お前たちが、必ず、私の元に、処刑を止めるために助力を頼んでくるだろうという思惑があったからだ。なのに、お前らときたら・・・。』
二人の襟を握りしめる手が、震えていた。


『何の音沙汰もなく、何も伝わってこないのでは、お前たちに何かあったのかもしれないと、思うだろう・・・。あちらこちらで霊圧がぶつかっていて、雑音の多い霊圧が乱反射していて、私には、誰がどこに居るのか、解らなくなっていたのだ・・・。』
呟かれた言葉に、二人は息を呑む。


大鬼道長ともなれば、隊長と同等、いや、もしくはそれ以上に、霊圧知覚が高い。
特に彼女はそれが顕著で、数週間前、下手すれば数か月前の霊圧の痕跡すら探り出すのだ。
それすら感じ取るほどに、彼女の霊圧知覚は鋭敏で、繊細なのである。
あれほど大きな霊圧の衝突があれば、彼女の感覚が狂うのはおかしいことではなかった。


自分たちですら、誰がどこに居るのか完全に把握できていたわけではない。
ましてや自分たちは、碌に霊圧を上げてもいない。
動けぬ彼女が自分たちの安否を確認できないのは、当然だ。
失念していた、と浮竹と京楽はちらりと視線を交わす。


『頼むから、私を、置いて行くな・・・。突然失うのは、もう沢山だ・・・。』
弱々しく懇願する咲夜に苦々しい思いが込み上げて、浮竹は彼女を抱き寄せる。
百余年前、彼女の上司だった当時の大鬼道長と副鬼道長が突然消えた。
そして、彼女は、幼い頃、不慮の事故で突然両親を失っている。
死の淵を彷徨う浮竹の姿を見ている。


「・・・悪かった。お前への配慮が足りなかったな、咲夜。」
『十四郎なんか、嫌いだ・・・。大嫌いだ・・・。』
そう言いながらも、彼女は何かを確かめるように、浮竹の胸に耳を当てる。
彼女がこうして心臓の音を聞くのは、いつものこと。
安堵したらしい彼女の体から力が抜けて、そのまま崩れ落ちるのもいつものこと。


「お・・・っと。寝ていなかったのか。」
気絶するように眠った咲夜を抱き上げながら、浮竹は呟く。
「旅禍が侵入して以来、まともに眠られているお姿を拝見したことがありません。」
術者が眠って弱まった結界から脱出してきた副鬼道長が、そう言ってため息を吐いた。



「全身がセンサーのような方です。常に誰かの霊圧を感じ取って、気を緩める暇もありません。貴方の側は例外ですが。あれほど大きな霊圧の衝突は、鬼道長にしてみれば、耳元で何種類もの音楽が大音量で流れているのと同じです。普段ならば霊圧知覚を閉じるのですが、やはり、お二人のことが気になっていたようでして・・・。」


「そうか。心配させてしまったなぁ。」
「何を暢気に言っているのですか。その嬉しそうな顔、鬼道長には見せないでくださいね。八つ当たりを受けるのは私なので。」
副鬼道長に言われて、浮竹は笑う。


「解っているさ。此奴は、怒ると猛獣のようだからな。普段は猫のようなのに、突然猛虎になるから困る。」
「その猛虎を使いこなす貴方が何をおっしゃっているのやら・・・。」
「あはは。君たち、二人とも、後で咲夜ちゃんに噛みつかれるよ。」
「それは怖いな。」


「・・・十四郎。」
元柳斎に名を呼ばれて、浮竹は首を傾げる。
「はい?」
「今日の隊主会はこれにて閉会とする。鬼道長を休ませてやるが良い。」
「はい。お言葉に甘えます。」


元柳斎に一礼して隊主会議場を出た浮竹は、盛大に溜め息を吐いた。
・・・こんな事をされては、揺らぐじゃないか。
彼女がそこまで心配してくれたなんて。
それでも無条件に俺の胸で安堵するなんて。
あまり可愛いことをしてくれるな、と思うのは、一体何度目のことなのか。


「・・・俺のこの体は、既に俺のものではない。時が来たら、俺は、お前の前から消えるだろう。お前は、そんな俺を許さないのだろうなぁ。」
その呟きが誰かに聞かれることはない。
この想いも、霊王の右腕のことも、話せないことばかりが増えていく・・・。


彼女が全てを知れば、げんこつでは済まされないだろう。
深く深く、傷付けるだろう。
それでも、それが最善だというのだから、人生というものは、難儀なことばかり。
なのに、この腕の中の体温だけは変わらないのだから、皮肉なものだな・・・。
浮竹は内心で苦笑して、隊舎に足を向けるのだった。



2017.03.05
終わりが迷子になりました。
何故切なくなって終わったのか・・・。
自分でも解りません。
浮竹さんは、自分の運命を受け入れていて、大切な人をわざと作らない、という選択肢を取る可能性もあるかもしれないと思ってそれを表現したかったのですが・・・難しいですね。
精進します。


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