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■ 綻ぶ花

「春の匂いがする・・・。」
雨乾堂の布団の上でぐったりとしながら、私の膝を枕にして、十四郎は言う。
三寒四温の日々が続いて、彼の体は調子が悪い。
健康な私ですら気温の変化についていけないのだから、彼にとっては辛い季節だろう。


「どこかで、梅が咲いたのか・・・?」
言われてみれば、梅の香りが鼻孔をくすぐった気がした。
『そうかもしれないわね。今日は温かいから。』
昨日の寒い雨から一転、今日は快晴で、春の日差しが降り注いでいる。


「見に行きたいが、どうも、この季節は毎年辛いな・・・。」
声に力がないのは先ほどの発作のせいだろう。
酷い発作ではなかったけれど、治まるまで少し時間がかかった。
珍しく、膝を貸してくれ、と甘えてきたのは、不謹慎ながら嬉しいけれど。


『見たいなら、後で一枝貰ってくるわ。』
言いながら髪を梳けば、ゆっくりと手が伸ばされる。
その手を掴んで指を絡めれば、安心したような顔。
どこかあどけないその表情は昔から変わらない。


霊術院に入学して、同じクラスになって。
十四郎と実習の班が一緒になって、何となく気が合って。
春水を紹介されてからは三人一緒。
二人は実力があったから、分を弁えろ、といった心無い言葉を投げつけられたりもしたけれど、霊術院を卒業する頃には、そんな声を投げかけてくる同期は居なくなっていた。


二人の隣に立つに相応しい私になろう。
常に二人の足手纏いだったのに、彼らはいつも私が追いつくのを待っていてくれる。
私一人では到底乗り越えられない壁にぶつかったときは、手を差し伸べてくれて。
何も返せないのが悔しくて、彼らと共にあるために必死だった院生時代が懐かしい。


「咲夜。」
院生時代を思い出していれば呼ばれる己の名。
『うん?』
「いつも、悪い。」
弱々しいその声に、くすくすと笑う。


「笑うなよ・・・。」
『ふふ。なんだか可笑しくなっちゃって。院生時代の私に教えてやりたいわ。そんなに頑張らなくても、将来十四郎は貴女に甘えるのよ、って。たったそれだけなのに、十四郎は今まで私がどれだけ助けられたか知りもしないで、申し訳なさそうに謝るのよ、って。』


「俺の方が、助けられているだろう。何度お前に看病してもらったと思っているんだ。」
『十四郎だって、何度も私を助けてくれたわ。院生時代も、死神になってからも。たくさん、本当にたくさん、助けられたのよ?今だって、どれほど貴方に助けれらているか・・・。』


十四郎に思いを告げられた時も、私は助けられたんだっけ。
当時私は、十四郎率いる十三番隊の平隊士だった。
総隊長の弟子で、霊術院の卒業生初の隊長となっていた十四郎と春水は、それでも変わらずに私に接してくれていた。


それが気に入らなかったらしく、先輩に呼び出されたのだ。
呼び出しに応じて人気のない倉庫に向かえば、鍵を掛けられて、閉じ込められた。
どれだけ声を上げても誰も気づかず、丸一日が経過して。
声も枯れて、疲れ切って倉庫の隅に蹲っていたら、鍵の開けられる音。


「咲夜!」
扉を壊す勢いで入ってきたのは、十四郎だった。
私を見つけた十四郎は、苦しいほどに私を抱きしめて。
でも、その腕の温かさに安堵して涙が溢れた。


「お前を探す間、何度も何度も想いを伝えなかったことを後悔した・・・。好きなんだ、お前が。頼むから、突然居なくなるな、咲夜・・・。」
私を抱きしめる十四郎は、小さく震えていた。
そして私は、十四郎への自分の想いを自覚した。


『・・・ふふ。あの後、十四郎は、俺の想いに応えられないのならそれでもいいから傍に居ろ、って無茶な注文をしてきたのよねぇ。』
笑いながら言えば、何の話をしているのか解ったらしい。
拗ねたような視線が下から向けられて、それを宥めるように彼の頭を撫でる。


『誰かを愛しいと思ったのは、あの時が初めてだった。今もずっと好きよ、十四郎。』
「俺だって、お前が好きだ。だが、お前は、俺に付きっきりで・・・。それでいいのか?ずっと、誰かを助けられる死神になりたいと、言っていただろう・・・?」
瞼が重くなってきたらしい十四郎の目元に手を翳せば、大人しく瞼が閉じられる。


『もちろん。貴方が今、私に助けられていると思ってくれているのならば、私は、誰かを助けられる死神になっているわ。私が助ける誰かというのは、きっと十四郎だったのね。だから、私は幸せよ。』
「そう、か・・・。」
安心したような声に、重くなる頭。


『眠っていいわ。このまま傍に居るから。』
頭を撫でれば、十四郎はすぐに眠りに落ちた。
握られたままの手にくすくすと笑う。
それからずっと部屋の外に居た男に声を掛けた。


『春水。眠ったわよ、十四郎。話を聞いていたなら、梅の枝を貰ってきて。それから、十四郎が起きたらすぐに食べられるように、お粥の準備もお願いしてきてくれる?ついでに、私の机の上の書類を持って来て。盗み聞きをしていたということは、そのくらいやってくれるのよね?』


「はいはい。・・・僕をこんな風にこき使うのは、山じいと君くらいだよねぇ。」
苦笑した気配。
それでもその気配はすぐに遠退いて、安定した十四郎の霊圧に安堵したであろう彼にくすくすと笑う。


四半刻も経たないうちに戻ってきた春水の手には、梅の枝。
まだ三分咲き程度だが、それでもふわりと梅の香りが漂ってくる。
その手に書類がないことを指摘すれば、海燕君がやってくれるってさ、と軽く言われる。
十四郎が起きるまで手持無沙汰になってしまう、と文句を言えば、梅の花を題材にした本を渡された。


「梅の花を眺めながら、梅の花の本を読む。ちょっと風流でしょ?あ、何なら梅酒もあるよ?他にも梅のお菓子が沢山。」
春水の袖の中からは梅を使った色々なお菓子が出てきて。
良くもまぁこの短い時間で集めて来たものだ、と感心する。


『ふふ。もうすぐ、春なのね。』
「そうだね。あっという間に暖かくなって、あっという間に桜が咲いて、新人が入ってきて。春は大忙しだ。お酒が沢山呑めるのは嬉しいけれど。」
うきうきとした様子の春水も、昔から変わらない。


『三人でお花見をする時間があるといいわね。』
「毎年、そう言って結局出来ないんだよねぇ・・・。」
『それじゃあ、十四郎が起きたら、一足先にこの梅の花で花見でもしましょうか。』
「いいね。じゃあ僕は、仕事をしてこようかな。定刻になったら、また来るよ。」


『・・・珍しいこともあるものね。』
出て行った春水を見送って、呟きを零す。
梅の香りを堪能してから、本を開いた。
時折、春水が置いていった梅のお菓子を摘んだり、十四郎の髪を弄んでみたり。
そんな贅沢な時間を存分に楽しむ。


十四郎が目覚めると、粥を手にした春水がタイミングよく現れて。
良く眠って回復したらしい十四郎は、その粥に手を伸ばす。
他愛もない話をしながら三人で梅の花を眺めていれば、ふわり、と一輪の花が綻んで、それに釣られたように、皆が表情を綻ばせるのだった。



2017.03.02
唐突に膝枕をされている浮竹さんが思い浮かびました。
弱った浮竹さんと、それを看病する咲夜さん。
そしてそれを見守る京楽さん。
浮竹さんと咲夜さんの関係が恋人なのか婚約者なのか夫婦なのかはご想像にお任せします。
彼らのお花見が実現するのは、いつになるのでしょうね。


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