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■ 独占欲と無防備

『・・・見つけた。こんな所に居たのか。』
風が吹き渡る屋上に白衣姿の男を見つけて、溜め息を吐く。
その背中が楽しげなのは、まぁ、これのせいだろうな・・・。
手元のタブレットの画面に映るのは、茶渡泰虎。
私と、目の前に居る白衣の男、石田雨竜の高校の同級生である。
今日は彼の大事な試合の日なのだ。


『雨竜。院長の息子がこんなに堂々とサボってていいのか?』
「別にサボってる訳じゃない。休憩中だよ。」
声を掛ければさほど驚くことなく返ってくる素っ気ない言葉。
その視線は彼の手の中の画面に釘付けだ。
これが婚約者への態度だというのは、喜ぶべきか、悲しむべきか。
ベタベタする歳でも性分でもないけれど、一応好き合って婚約した身としては、何となく複雑だ。


『そんなに一緒に見たいなら、今からでも行けばいいのに。君の患者は私が引き受けるよ?』
「いいさ。君だって、見たいだろう?」
『まぁね。高校時代はともかく、大学で君と一緒になったお蔭で、茶渡君は今や私の友人でもあるから。こっちのタブレットで一緒に見ないか。画面は大きい方がいいだろう。』


「じゃあ、遠慮なく。」
二人でベンチに座り込んで、画面を覗き込む。
白熱した試合はまだ続くらしい。
いまいちルールは解っていないが、それでも見ごたえのある試合であることは解る。


『茶渡君は、勝ってくれるだろうか。』
「もちろん。茶渡君がこの程度の相手に負ける訳がない。」
自信ありげに答える雨竜が右、左、と相手の動きを先読みする。
茶渡君もまた、相手の動きが良く見えているらしい。


『・・・意外だ。君は結構こういうのが好きなのか?』
「あんまり。茶渡君の試合しか見ないよ。」
『何故、彼の試合は見るんだ?』
「友達だからね。」


『茶渡君だけじゃなくて、黒崎君に織姫、浅野君に小島君たちも?』
「少なくとも僕はそう思っているよ。」
小さく微笑んだ横顔は、高校時代には見られなかったものだ。
クラスは違ったけれど、学年一位で生徒会長ともなれば、注目される。
かくいう私も、彼が黒崎君たちと仲良くしているのが不思議で注目していた一人だけれど。


『・・・なんか、羨ましいなぁ。』
「そう?それは意外かな。君は、ああいう五月蠅いのは嫌いだと思っていた。」
『黒崎君も茶渡君も入学式から目立ってたけど、派手なのがいるなぁ、くらいの認識で、嫌いだと思ったことはない。浅野君みたいに騒がしいのも別に嫌いじゃないよ。』


「・・・僕は、君が嫌いだったけどね。」
『え?』
目を丸くすれば、ちらりと視線が向けられる。
「町立図書館で見かける君は、いつもドイツ語の医学書を読んでいた。ちらりと見えたノートもドイツ語。なのに、テストの成績は十番前後。その優秀さを隠すために、手を抜いていただろう。」


『まぁね。高校に入る前の三年間は、ドイツに居たから。そこで、日本の高校レベルの学習は済んでいた。だから、私が授業をさぼろうが何をしようが、先生たちは何も言わなかったんだ。』
「なるほどね。」


『父の転勤先がドイツで。でも、祖父が病に倒れたという話を聞いて。せめて私だけでも傍に居たいと、日本に帰ってきた。院長には、本当にお世話になったよ。祖父のことだけじゃなく、高校の転入の手配も手伝って貰った。君の話も聞いていた。』
「それじゃ、僕に関して碌な話を聞いていないだろうね。」


『そんなことはないさ。院長は、ちゃんと、人の親だよ。』
「今更それを否定はしない。だから僕は医者になった。」
『雨竜のそういう素直なところは、可愛いね。』
「僕は君のそういうストレートなところが少し苦手だよ。」
苦笑を零す雨竜に思わず笑う。


「それで、君は何故医者を目指したんだい?」
『きっかけは院長だったよ。でも・・・。』
「でも?」
『・・・雨竜は、幽霊を信じる?』
伺うように問えば、目を丸くした雨竜がこちらを向いた。


「何か見えることがあるのかい?」
『高校のときは、たまに。今はそんなことはないけれど。』
「それで?」
意外にも否定されなくて、話を続けることにする。


『一度だけ、生きている人と見分けがつかないくらいはっきりとした幽霊を見てさ。中学生くらいの男の子だった。怪我をしている様子だったから、応急処置だけでもと思って、声を掛けた。そうしたら、お姉さんは僕のことが見えるの、って。見えると答えたら、泣きそうに笑った。お姉さんは霊感がある人なんだね、と言われて彼がこの世のものではないことに気付いた。でも、不思議と恐怖は感じなくて。』


「・・・やはり、それなりに黒崎たちの霊圧の影響を受けていたわけか。」
雨竜が何事かを呟いたのが聞こえて、首を傾げる。
『何か言ったか?』
「いや、何でも。話を続けて。」


『手当てをする間、その男の子は自分の話をしてくれた。ずっと病気で入院していて、自由に動けるようになったと思ったら誰にも自分が見えていなくて。それで、自分が死んだことに気付いた、って。』
あの切ない瞳は今でも忘れることが出来ない。


『病気を治して医者になるのが夢だったのになぁ、という呟きを聞いて、医者になろうと決めた。あの子の代わりになることが出来るわけではないけれど、私の自己満足かもしれないけれど、それでも、救いたいと思ったんだ。・・・なんて、医者の私がこんな非科学的なことを言うのは、おかしいな。』


「・・・そうでもないさ。僕は、君の話を信じるよ。」
画面に視線を戻した雨竜の横顔は、最近、院長にそっくりだ。
何かを秘めている神経質そうな瞳。
その瞳がふ、と緩む瞬間、二人の顔が重なるのは内緒だ。
それを言えば、院長はともかく雨竜は嫌がるだろうから。


「僕らは、死んだ人を救うことは出来ない。だから僕は、生きている人を救うと決めた。その後のことは、彼らに任せておけばいい。たまに手を貸すぐらいで十分だ。」
『どういうことだ?彼らとは誰のことを言っている?』
小さく微笑むだけで、雨竜は答えない。


「・・・咲夜。」
『うん?』
「その男の子は、君に救われたのかもしれないね。」
たまにしか見ることの出来ない綺麗な笑みを浮かべた雨竜の後ろで、あの時の男の子が笑った気がした。


雨竜の笑みに見惚れていると、ポケットの中の携帯が震える。
彼に出ていいと目で促されて電話に出れば、午後の診療が始まってますよ、という看護師からの苦情の電話で。
すぐに行くと謝って、電話を切る。


「もうそんな時間か。」
立ち上がろうとする雨竜の白衣を引っ張って、ベンチに戻らせた。
「どうしたの?」
『雨竜は呼び出されるまでここに居なよ。タブレットは後で返してくれればいい。』


「でも・・・。」
『いいさ。今日は院長も居るから大丈夫だ。たまにはこんな日があってもいいだろう。』
「君だって結果が気になるだろう。君が一緒に見られるように、僕は今ここに居るのに・・・。」


『いいよ。だって・・・茶渡君は勝つのだろう?』
「え?」
『君がさっき言ったじゃないか。茶渡君がこの程度の相手に負ける訳がない、って。私は雨竜の言葉を信じる。雨竜が信じる茶渡君を信じる。もちろん、私自身が信じる茶渡君もね。だから、彼は負けない。・・・じゃあね、雨竜。また後で。』


仕事に戻って診察をしていれば、待合室から上がる大きな歓声。
頑張れ茶渡、という言葉が聞こえてきて小さく笑う。
今頃、黒崎家はもっと騒がしいんだろうなぁ。
笑みを浮かべる私に気付いた看護師と患者が首を傾げて、また笑った。


「先生、俺のカルテ見ながらにやにやするのは止めてくれ。」
『それは失礼。・・・まぁでも、術後の経過に問題はありません。』
「ほんとか!?じゃあ、もう酒を呑んでもいいか!?」
『それは駄目です。もちろん煙草も控えてくださいね。』


「そんなぁ・・・。今日の酒は絶対に美味いんだぜ・・・?」
『何かいいことがあるのですか?』
「知らねぇのかい、先生。今日は新しいチャンピオンが誕生する日だぜ。・・・おっと、こうしちゃいられねぇ。先生、もう帰ってもいいか?」


『どうぞお大事に。お酒と煙草は控えて、次の定期検診も忘れずに。』
「おうよ!」
いそいそと診察室を出て行く患者の足取りは軽い。
術後の経過が良好なのは良いことだった。


「・・・咲夜。少しいいかい?」
診察が一段落したところで、診察室に雨竜が姿を見せた。
『うん?どうした?』
「今夜は空いているかな?黒崎から仕事が終わったら来いとメールが来た。皆揃っているらしい。」


『私もいいのか?』
「今更一人増えたところで文句を言う奴は居ないさ。それに、そろそろ、君が僕の婚約者であることを黒崎たちに伝えないと。」
さらりととんでもないことを言われて、持っていたカップを落としそうになる。
後ろに居る看護師が、スクープだわ、と呟いたのが聞こえて、居た堪れない。


『・・・何故そういうことを今ここで言うんだ。看護師の噂話はあっという間に広がるのに。』
「いずれ皆知るのだから、構わないだろう。」
『院長には・・・?』
「父はもう知っている。君が相手なら何一つ文句はないらしい。好きにしろ、と言われただけだった。」


『でも、私は、まだ、両親には、何も・・・。あの人たちはまたドイツに行ったから。』
「僕ら二人には、今年中にドイツの病院で一か月ほど研修を受けさせるって、院長が。その間に君の両親と顔を合わせる時間くらいあるだろう。・・・すまない、もう時間だ。黒崎たちは無駄に五月蠅いから、覚悟しておくように。タブレットは医局に置いてある。じゃあ、また後で。」


『え、ちょ、ま、待て!雨竜!雨竜!?』
追いかけようとすれば、次の患者が居るからと看護師に腕を掴まれて。
『・・・今のは、何だ?何かすごい話が二つぐらいあった気がしないか?』
混乱しながら看護師に問えば、外堀を埋められましたね、と楽しげに返される。


仕事を終えて、ワインボトルを片手に黒崎家を訪れれば、そこはどんちゃん騒ぎで。
雨竜はあっさりと婚約していることを伝えて、皆が驚く中飄々とワインを開ける。
君も呑むだろう、なんて、私の分のワインまで注いでくれるあたり、余程機嫌がいいらしい。


『・・・雨竜。』
「ん?」
『君ってやつは、実はとんでもなく悪い男なのかい?何だか騙されている気がしてきた。看護師の中で可愛いと評される石田先生とは別人だ。昼間の君に対する、可愛い、は撤回したい。』


「どうぞご勝手に。君に可愛いと言われても嬉しくない。」
『そうなのか?』
「当たり前だろう。病院内で難攻不落と言われる君の色々な表情の方がよほど可愛い。」
『私が可愛いわけないだろう。騙されないぞ。』


「君はそのまま気付かずにいればいい。そのまま僕を警戒して、僕だけを見ていればいいさ。」
勝ち誇ったような顔を見て、今更ながらに気付く。
雨竜は、意外と、私のことが好きなのか・・・?
非常に解り辛いが、遠回しな告白ということでいいのだろうか。


『・・・もしかして、独占欲?』
「君のそういうストレートなところは苦手だと言ったはずだよ。」
『ふむ。否定はしないのか。ならば、石田雨竜という男のデータに独占欲、と付け加えておこう。』


「そうだね。僕も漣咲夜という人物のデータの中に、無防備、という言葉を書き加えておくよ。」
『無防備?何がだ?』


首を傾げた私に溜め息を吐いた雨竜は、教えない、と素っ気なく言ってワインを呑みはじめる。
何故か笑いを堪えている周りの面々に聞いても、彼らは笑い出すだけで、さらに首を傾げるのだった。



2017.02.26
初の現世組。
最終巻を読んで書きたくなってしまいました。
大人になった雨竜さんは、上手い具合に肩の力を抜いて、良いお医者さんになっているのでしょうね。
お互いに研究熱心なので、少しずつ相手のことを知りながらゆっくりと進んでいく二人かと思われます。


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