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■ 萌芽E

「・・・初めてって、どういうことかしら?」
「十年間婚約されていたのよね?」
「まさか、ただの見合い避け?」
「それでは、朽木、漣両家は、我々を騙していたということか。」


もうすぐで部屋の出口に到着しようか、という時になって、そんな言葉が耳に入ってくる。
彼らの言葉に己の失言を悟った。
血の気が引いて、思わず足が止まる。


「咲夜・・・?」
足を止めた私に気付いた朽木隊長は、不思議そうにこちらを振り返った。
『・・・やはり、この手は、お放し下さい。もう婚約者ではないのです。あらぬ誤解を招きましょう。それでは、朽木家にご迷惑がかかります。』


「断る。迷惑にもならぬ。」
離さない、とでも言うように、私の手を握る力が強くなる。
『お放し下さい。今更このように触れ合うわけには参りません。私と貴方はもう、ただの隊長と席官です。このように触れ合う理由もございません。謹慎は自室にてお受けいたします。』


「それも断る。」
『何故です?婚約の破棄が家臣に了承された日も、私が朽木家を出て行く日も、貴方は平然としておられたではありませんか。私は、その程度の相手です。だからこそ、私は朽木家に居りました。そして、婚約は破棄されたのです。貴方が私の手を掴む理由は、ありません。私が貴方に近づく理由も、ありません。』


これ以上近づくわけにはいかないのだ。
十年間、保ち続けた距離を壊してはいけない。
離れなければ、私は、駄目になってしまう。
彼の傍に居たいと、欲が出てきてしまう。


・・・あぁ、だから、私は、彼との距離感を保ってきたのだ。
近付けば惹かれることが解っていたから。
確かに、程よい距離感というのは生温くて心地よいものではあるけれど。
その先を望むことが出来なかったから、私は、その心地よさだけは守ろうと、距離を保ってきた。


今更ながらにそんな自分に気付いて自嘲する。
浮竹隊長や、京楽隊長、そして、松本副隊長の不思議そうな視線は、私の想いに気付いていたからだ。
無自覚にも私は、彼への想いを悟らせてしまったのだ。


「・・・それがそなたの本心か。」
そう私に問う静かな瞳は全てを見透かすようで、顔を背けたくなる。
それでも目を逸らすことはしまいとなんとかその瞳を見つめ返した。
『・・・はい。』
震えそうになる体を何とか押し留めて頷けば、私の手を握る力が弱められる。


これで終わりだ。
婚約を解消してからも同じ距離感を保ってくれている朽木隊長に甘えてはいけない。
私と朽木隊長は、ただの席官と隊長。
それ以上でも以下でもない。


「・・・そなたは、嘘を吐くのが下手だな。」
その言葉と共に再び握り締められた手。
目を丸くすれば、慈しむような視線を向けられた。


「そなたは男心というものを何も解っていない。そのような顔でそんなことを言うのは逆効果だ。それでは手放すものも手放せはしない。」
そう言った朽木隊長の視線は、柔らかい。


『え?あの、え・・・?』
「そもそも、平然としていたのはそちらも同じだろう。その上、私が与えた物は全て置いていく始末。ルキアとの品は持って行ったというのに、不公平だ。」
『え・・・?』


「十年もの時間を共に過ごしたというのに、何の情もないのかと思ったではないか。そのくせ私が十番隊を訪れれば、同じように笑みを向ける。男性隊士からの視線に気づく事も、今この場にいる男たちの視線にも気付かぬ。何故この私がそれ程までに気を揉まねばならぬのだ・・・。」


『そ、れは、一体どういう・・・?』
「どうもこうもない。私がそなたを好いているというだけだ。それでも婚約を破棄したのは、ああいう理由で婚約してそのまま手に入れるなど卑怯なことはしたくなかったからだ。だからこそ、一度破棄して、もう一度、今度は私自身の想いとともに婚約を申し込もうと・・・もう少し段階を踏む予定であったというのに・・・。」


不満げな口調。
拗ねたような瞳。
それでも温かい体温。
言われた言葉。


『そんなこと、私が知る訳ないじゃありませんか・・・。だからこそ、私は全てを置いていったのです。着物も簪も、貴方の隣に居るために必要だから与えられたもので、それなのに、貴方から頂いた物だと思うと、大切にしてしまいそうで、持ち出すことなど出来ませんでした・・・。』


「・・・馬鹿者。そういうことは早く言え。そもそも、必要だから与えた訳ではない。与えたかったから与えたのだ。贈り物によってそなたとの距離を縮めようとしても、そなたは距離感を間違えなかったがな。心地よい距離感ではあったものの、私は、その距離感がもどかしくもあったというのに。」


『び、白哉様だって、肝心なことは仰らないくせに、この十年のことなど忘れろ、だなんて。皮肉屋にも程があります。』
「そなたの鈍感さの方が問題だ。」
『白哉様の心の隠し方が上手すぎるのです!』


じ、と見つめ合って、何だかおかしくなる。
これでは子どもの喧嘩のようだ。
私たちは一体、何をやっているのだろう。
相手が自分をどう思っているか気付きもしないで、勝手に先回りをして、距離を保とうとしたり、距離を詰めようとしたり。


『・・・ふ、ふふ。馬鹿みたい。』
笑みを零せば、不満げな顔をされて、繋がれた手をぐいと引っ張られる。
「何を笑っているのだ、馬鹿者。」
こつん、とぶつけられた額がくすぐったい。


「大体、そなたは私の話を聞いていたのか?」
『もちろん、聞いておりましたよ?』
「私がそなたを好いているということを聞いても尚この距離を許すとは、そなたは本当に無防備だ。だから余計な虫に絡まれるのだ。」


『あら、それは、白哉様のことですか?』
揶揄うように問えば向けられる拗ねた視線。
『ふふ。冗談にございます。ただ、逃げる気が起きないだけです。』
「先程まで逃げようとしていた奴が何を言う。」
『それを解っていて逃がしてくれない方が何を言うのです?』


「・・・そなたの減らず口にも困ったものだな。」
『お嫌いですか?』
「そなたのそういう所も好ましい。そんなそなただからこそ惹かれたのだ。」
『私だって、白哉様のその思いを知ってしまえば、強く惹かれて離れがたいのですよ?』
「そうか。ならば離さぬ。」


「・・・ちょっと、お二人さん?僕らのこと忘れてない?」
くすくすと笑っていると、呆れたような京楽隊長の声が聞こえてきた。
そういえば、と二人で周りを見れば向けられている多くの視線。
慌てて離れようとするも、いつの間にか腰に回されていた手がそれを許してくれなくてふわりと体が持ち上げられる。


『ちょ、白哉様!?降ろして下さい!』
「断る。私とそなたはこれから休暇だ。」
『休暇ではなく、謹慎です!』
「同じことだろう。」
『違います!』


「大人しくしろ。落とすぞ。」
『え、ひゃあ!?』
白哉様が力を抜けば、体が不安定になって思わずしがみつく。
またすぐに力を入れられて、く、と目の前の喉が鳴らされた。


『か、揶揄いましたね!?』
「さぁな。」
『もう!』
「そのまま大人しく掴まっていろ。帰るぞ、咲夜。・・・京楽。後は任せた。」
『こ、このまま帰る気ですか!?・・・お、降ろして下さい!白哉様!!』


「・・・仲良しだねぇ。」
こちらの返事も待たずに帰っていく二人に京楽は苦笑する。
これじゃあ、僕らがただのお節介になってしまうじゃないの・・・。
痴話喧嘩も大概にして欲しいと、京楽は溜め息を吐く。


まぁでも、無事にくっ付きそうで良かったよ。
京楽は内心で呟いて、唖然としている周囲の者たちを見回す。
仕方がないから、この婚約解消騒ぎは二人の痴話喧嘩だった、ということで始末をつけてあげようか。
京楽は苦笑して、その場を収めることにしたのだった。



2017.02.22
白哉さんと対等に渡り合う咲夜さん。
そんな彼女にいつしか心奪われた白哉さん。
同じ場所に居るのに違う方向を向いていたために中々噛み合わない二人・・・というイメージでしたが、それを表現するのは難しいですね。
短い文章で簡潔に纏める才能が欲しい今日この頃です。


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