Short
■ 萌芽D

「・・・縛道の六十一、六杖光牢。」
男の手が目の前にやって来た時になって、静かな声が飛んで来る。
それとほぼ同時に、目の前の男が中途半端な体制で動きを止めた。
その声にまさかと思って朽木隊長の方を見れば、彼の指先がこちらに向けられている。
鬼道を放ったのが彼であることは間違いなさそうだった。


『え・・・?』
えぇと、隊長が、死神でもない人に鬼道を使ったら、駄目だった気が・・・。
三席の私でさえ謹慎ものだ。
それが隊長であるのならば、より罰が重いはず・・・。
唖然としていると、朽木隊長はこちらに歩を進めてくる。


「帰るぞ、咲夜。」
言いながら朽木隊長は私の手を掬い取って、しっかりと握りしめた。
『え?いや、あの、え?帰る、とは・・・?』
「我が邸に帰るのだ。そなたも一緒にな。」


『わ、たしも・・・?』
「丸腰の相手に鬼道を使ったのだ。我が邸での謹慎を申し付ける。」
『え。そ、それは、朽木隊長も同じでは・・・?いや、その前に、何故、朽木家なのでしょう・・・?それに、私に謹慎を申し付けることが出来るのは、十番隊の隊長ですよね・・・?』


「その十番隊の隊長は不在であろう。それ故、元上官である私が謹慎を申し付けるのだ。だが、自室での謹慎では私の目が届かぬ。よって、朽木邸にてそなたを監視することにした。安心しろ。私も同罪故、三日ほど仲良く謹慎だ。」


・・・何だかおかしなことになっているのは、気のせいだろうか。
いくら元上官とはいえ、他隊の隊長が謹慎を申し付ける権限があっただろうか?
今は松本副隊長が十番隊長権限代行なのだから、それは彼女の権限のはず。
というより、何気に私は問題児扱いされているような・・・?


『仲良く、謹慎・・・だ、駄目です!朽木隊長は私を助けてくださっただけで、何の落ち度もございません!そ、総隊長にもそのようにお伝えいたしますから、どうか、そんなことはなさらないでください!』
「断る。」


『断るって・・・謹慎ですよ、謹慎!三日も謹慎されては、隊士たちが困りましょう!すぐに、総隊長にお目通りを・・・。』
駆け出そうとすれば、繋がれた手がぐいと引っ張られて、その場に留められる。
「無駄だ。すでに浮竹と京楽が手を回している。」
『え・・・?浮竹隊長と、京楽隊長・・・?』


「諸々の後始末はあれらに任せておけば良い。そもそもの元凶はあれらだ。多少面倒を押し付けたところで文句は言えまい。」
何やら朽木隊長は全てを解っているらしい。
私は解らないことだらけであるというのに。


「あはは。酷いなぁ、朽木隊長ったら。」
そんな緩い言葉と共に姿を見せたのは京楽隊長だ。
『京楽隊長!?今まで一体どこに・・・?』
「僕はこう見えて隊長だから、かくれんぼだって得意なんだよ、咲夜ちゃん。」
悪戯に返されて、言葉を失う。


「・・・浮竹は?」
「山じいのところさ。朽木隊長の「謹慎のお願い」をしに行ったよ。君の見積もり通り、謹慎は三日ほどだろうね。・・・それにしても、一体、いつから気付いていたんだい?」
「朽木家当主がそれほど愚鈍に見えているのならば、兄らが隊長を退く日も近いな。」


「あはは。最初からって訳ね。そういうことなら、ここは僕が引き受けるよ。咲夜ちゃんみたいな子は早く捕まえておくに限る。これまでは君が婚約者だったから手は出されなかったけれど、そこの男のように、彼女を放って置かない男はいくらでも居るからね。」
「・・・解っている。」


「そ。じゃ、咲夜ちゃん。そういうことだから、またね!乱菊ちゃんには僕から伝えておくよ。」
『え?そういうこととは、どういうことなのでしょう・・・?』
首を傾げれば、京楽隊長は楽しげに笑った。
「それは朽木隊長が教えてくれるさ。謹慎が解けたら、八番隊に遊びにおいで。」


『え?あの、え?』
ひらひらと手を振る京楽隊長を見た朽木隊長は、戸惑う私を余所にそのまま私の手を引いていこうとする。
『あ、あの、私、自分で歩けます。その、手、を・・・。』
離してください、という前に、断る、と短い声。
初めて触れた朽木隊長の体温が何だかくすぐったくて落ち着かなかった。


『だって、こんなこと、婚約していたときだって、一度も・・・。』
「嫌か?」
『そ、んなことは、ありませんが・・・。その、こういうことは、初めてでして・・・。』


「・・・初めて?」
驚いた様子の朽木隊長が恨めしい。
『どこかの隊長がどの隊士よりもお働きになる上に、幸か不幸か私はその隊長の補佐役を命じられておりましたので、死神業だけで日々精一杯だったのです。その上、婚約者まで出来てしまいましたから・・・。』


要するに、貴方のせいです。
言外にそう告げるように見上げれば、やはりというべきか、朽木隊長は目を丸くしていて。
・・・拗ねてもいいかしら、私。
どうしてこの方は、自分にそういう力があることにこうも無自覚なのか。


『朽木隊長には前妻が居られるくらいですから、色々と経験済みなのは承知の上ですが、私は、違いますから・・・。』
拗ねた口調で、唇が尖ってしまったのは、許して欲しい。
前妻が居たことは構わないが、ただ、これまで保たれていた距離を易々と越えられたことが何となく悔しいのだ。


「・・・そうか。それは・・・済まなかった。」
謝罪とは裏腹にするりと絡められた指に、鼓動が跳ね上がる。
『な、何を・・・。』
予想以上に大きな手と、予想以上に温かい体温。
そしてこの手の繋ぎ方は、俗にいう恋人繋ぎ。
騒ぎ出した心臓が送り出す血液によって、顔が熱くなるのが解った。


「そこまで言われて、手を離すなど無理な話だ。手離すのは惜しい。」
そんな言葉と共に、ふ、と笑って歩き出す朽木隊長の横顔を見てしまえば、許容量を超えた脳は思考を停止させる。
何故こんなことになっているのか自分でも解らないまま、朽木隊長に手を引かれるままに歩き出すしかなかった。



2017.02.22
漸く白哉さんが本気を出してきました。
Eに続きます。


[ prev / next ]
top
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -