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■ 萌芽C

「・・・噂通り、素敵な方ですね。」
『え・・・?』
「よろしければ、私とお付き合いしてみませんか?」
『・・・え?』


・・・一体、何故こんなことになっているのか。
咲夜は戸惑いながら内心で呟く。
目の前には、どこかの貴族の男。
それも、先ほど出会ったばかりの。


「僕らの付添人として、ちょっと顔を出してくれれば良いから。」
「俺たちには、付添人をやってくれるような女性が居ないから、隣に居てくれると助かるんだが。」


数日前、京楽隊長と浮竹隊長はそう言った。
困ったような顔をして。
婚約が解消され、特に相手も居ない故、困り顔の二人を見兼ねてそれを了承したのだけれど。
いざ顔を出してみれば、当の二人は軽い挨拶だけするとあっという間に姿を消して。


何より、問題だったのは。
この場に朽木隊長が居るということだ。
立場上、彼に挨拶をするべきなのだろうが、宴の雰囲気を微妙なものにすることは避けたかった。
・・・今日の私は壁の花だ。
そう自分に言い聞かせて、彼の視界に入らないように一人で大人しくしていたところに声を掛けて来たのが、今、目の前に居る男で。


『・・・今、何と?』
問い返せば、目の前の男は距離を詰めてくる。
壁の花をやっていただけに、後ろは壁。
その上、壁に片手を置かれてしまえば、逃げるに逃げられない。


「私とお付き合いしていただけませんか、と申し上げました。」
にこり。
その微笑は人好きのするものではあったけれど、如何せん距離が近い。
京楽隊長ならば、戸惑う私に楽しげに笑って、冗談だよ、とここで私を解放してくれるのだろうけれど。
残念ながら、目の前の男は京楽隊長などではない。


いや、それよりも。
周りからの視線・・・特に、朽木隊長からの視線が痛い。
その瞳に動揺が見える気がしたが、私自身動揺しているために、それが彼の動揺なのかは解らない。
ただ、私たちのこの状況に気付いた者たちが次々とその様子を囁いて、いつの間にかその場にいる全員の視線が集められているのだった。


・・・やっぱり、来なければよかった。
朽木隊長に見つかってしまっては、挨拶をせずに帰るのは無礼だろう。
いや、その前に、どうにかしてこの男から逃げ出さなければ。
どうにか穏便にお断りを入れなければ。
そう思って口を開く。


『お戯れは、程々になさってください。』
「冗談などでは、ありませんよ。」
顔を背ければ、その顔を覗きこまれる。
さらに距離が近くなって、互いの着物が触れ合って衣擦れの音がした。


「・・・それとも、朽木家のご当主が気になりますか?十年も婚約しておきながら、貴女を捨てた男でしょう?その上、貴女を自分の隊から追い出した。貴女に三席という地位を与えて。貴女のその地位は、本当に、貴女の実力に見合ったものでしょうか?」


耳元で囁かれた言葉は、明確な敵意を持った、私と、朽木隊長への侮辱。
一瞬で湧き上がる怒り。
彼の言葉は、私と朽木隊長だけでなく、死神全てを侮辱するものだ。
何の事情も知らない目の前の男にそんなことを言われる筋合いはない。


『・・・縛道の四、這縄。』
思わず放った鬼道は、確実に男の両手を捕える。
「何をする!?」
男が狼狽えた隙をついてするりと己の身を抜け出させた。


『・・・お望みならば、十番隊第三席の実力を、貴方のその身に刻んで差し上げますが。』
自分のものではないような、冷たい声。
これほど怒りを覚えたのは、初めてだった。


「は。それ程怒りを顕わにするとは。事実だと認めているようなものですよ?」
嘲るように言われて、相手を睨みつける。
『私個人への侮辱ならば、いくらでもおっしゃって下さって結構。ですが、先ほどの言葉は、死神への侮辱です。そして何より、あの方への侮辱にございます。死神として、元部下として、その侮辱の言葉を聞いて黙っているわけには参りません。』


「その身を売って地位を得た女が偉そうに・・・。」
『私のことはどうぞお好きに。ですが、口にはお気を付け下さいね?私を侮辱すればするほど、惨めな思いをするのは貴方の方です。貴方はそんな女に振られるのですから。』
「この女・・・!!」
怒りに顔を染めた男は、拘束された両手を振り上げる。


・・・ここで殴られて、お相子にしよう。
大人げなくも私は、死神でもない相手に鬼道を使ってしまったのだから。
それも、格下とはいえ貴族に。
冷静さを取り戻してきていた咲夜は内心で呟く。
そして、殴りかかってくる男をひたと見つめたまま、微動だにしなかった。



2017.02.22
普段穏やかな人が怒ると怖いですよね。
Dに続きます。


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