Short
■ 萌芽B

「・・・兄らに答える義理はない。」
朽木隊長はそう言って、私から目を逸らしたまま立ち上がる。
「あら?どこ行くの?」
「仕事に戻る。」


『では、お見送りを・・・。』
「必要ない。」
立ち上がって追いかけようとすれば、すっぱりと言い捨てられた。
『ですが・・・。』


「・・・・・・そなたはもう、私の婚約者ではないのだ。婚約していた十年の間のことも、忘れるが良い。」
こちらに背を向ける朽木隊長の表情は窺がえないが、その背中と声は、硬い。
これ以上踏み込むなという合図だった。


『・・・出過ぎた真似を致しました。どうかお許しください。ですが、この十年を忘れることは致しません。朽木家で過ごした日々は、決して不幸な日々などではなく、穏やかで、緩やかな日々にございましたから。』
言いながら浮かべた微笑を朽木隊長が見ることはなかったけれど、拒絶の気配が緩められたのが解って、内心ほっとする。


「ならば、尚のこと忘れろ。」
言葉とは裏腹な、楽しげな声音。
こちらからは見えないが、微かに笑ったのかもしれない。
『あら。私から、ルキアという友人を取り上げる気ですか?この十年を忘れるということは、そういうことでもありますよ?』


「・・・やはり、惜しいな。この私にそのような口をきくのはそなたくらいだ。」
そう言い残して朽木隊長は執務室を出て行く。
その背を見送ってから周りを見れば、こちらに向けられている視線。
疑問符を浮かべた皆の様子に苦笑を漏らした。


「ねぇ、本当に、どうして、婚約の破棄っていう流れになったの・・・?」
「あの様子で、何故白哉は婚約を破棄したんだ・・・?」
「今まで聞くのは遠慮してたけど、朽木隊長に振られたとか、別れたとか、そう言う話じゃないわけ・・・?」
首を傾げるのは、京楽隊長、浮竹隊長、松本副隊長。
二人の隊長はともかくとして、やはり松本副隊長には気を遣わせていたのかと内心苦笑する。


『家の事情故、私からお話しできることはありませんが、朽木隊長との関係は終始良好であったということだけはお伝えしておきます。』
ただそれが、婚約者というにしては健全すぎるくらいの関係で。
その関係が友人のような関係であった、とまでは説明することはしないけれど。
ルキアとの噂を消すため、という理由に感づかれることを避けるために。


「何よそれ・・・。突然十番隊に来たと思ったら、その後すぐに婚約の解消が発表されて。そんなの、何かあったと思うじゃない・・・。」
『申し訳ございません。心配をお掛けしていたようですね。』
「さっきだって、朽木隊長が入ってきたとき、冷や冷やしたんだから!あんたが淡々としているのは、感情を抑えているからだと思って・・・。」


『私、そんなに淡々としていたでしょうか・・・?』
「自覚ねぇのかよ。・・・無駄な心配だったな、副隊長。」
日番谷三席はそう言って蕎麦饅頭を口の中に放り込む。
どうやら彼にも気を遣わせていたらしいことに、今更ながらに気付いた。


『えーと・・・もしかして、日番谷三席にも、気を遣わせて・・・?』
「ここに居る全員が気を遣ってたっつーの。相手はあの朽木白哉だぜ?俺は別にどうでもいいが、お前に聞きたいことがある奴なんて腐るほど居るに決まってんだろ。隊長が抜けてバタバタしてたって、お前を見れば噂ぐらい気になる。」


『それもそうですね・・・。それを危惧して六番隊から十番隊にやって来たことを忘れていました・・・。朽木隊長が、貴族の多い六番隊では何かと不都合だろうと手配してくださったのに・・・。』
「お前なぁ・・・。」
日番谷三席の呆れた視線が居た堪れない。
新しい環境に早く慣れようと思っていたくせに周りを見ていなかった自分が恥ずかしい。


「あはは。咲夜ちゃんらしいね。」
「これじゃあ、白哉が気を回すのも頷ける。白哉がお前を選んだ理由もよく解った。」
『それはどういう・・・?』
「はは。お前らが婚約した理由は、何となく、な。ただ、この十年で変化があったことも確かだろう。」
朗らかに言う浮竹隊長は、何かに感づいているらしかった。


『変化、ですか・・・?』
「あぁ。だから俺は、お前たちが何故婚約を破棄したのだろうと不思議なんだが。」
「何々?浮竹ってば、情報通?」
「情報通というほどではないが、うちには朽木が居るだろう。」
『ルキア・・・。』


「まぁ、彼奴は殆ど事情を聞かされていないようだが。お前と白哉の婚約が解消されたことを自分のことのように悲しんでいた。朽木はお前を慕っているから、忙しくても顔を見せに来てくれると助かる。俺や白哉では気が回らないことも、お前なら気付くだろう。だから本当は、うちに来て欲しかったんだがなぁ。生憎、席次が下がる席しか用意できなくてな・・・。」


『ふふ。それは過保護というものですよ、浮竹隊長。朽木隊長も浮竹隊長も気を回しすぎです。あの子は・・・ルキアはもう、立派な死神です。貴方方がそれを信じなくてどうするのですか。真綿で包んで大切に、大切に仕舞っておきたい気持ちも解りますが、あの子は外を駆け回るのが好きですよ。好きなことをさせるのも、隊長の務めかと思いますが。』


「うちの三席たちと同じことを言うんだな、お前は。彼奴らもそう言って今日は三人で流魂街に出掛けたよ。」
浮竹隊長は苦笑を漏らす。
『なるほど。ではまた白哉様は、安心半分、心配半分の複雑そうなお顔をされるのでしょうねぇ。』


くすくすと笑う咲夜に、皆が首を傾げた。
その表情も瞳も全てが柔らかなのに、何故彼らの婚約は破棄されたのだろう、と。
本人は無自覚なのだろうが、違和感なく白哉様、と彼の名を呼ぶあたり、彼らの親しさが滲み出ている。
先ほどの白哉の姿を思い浮かべても、彼女を嫌っている様子はなく、むしろ・・・。


『あら?皆さん、どうかされましたか?』
皆の様子に気付いたらしい彼女は首を傾げる。
それを見た浮竹は、何となく彼らの関係を察した。
白哉が何故、彼女との婚約を破棄したのか。
その理由にも思い当たって、内心苦笑する。


「・・・これはまた、手強い相手だぞ、白哉。」
『浮竹隊長?何か仰いました?』
「いや、何でもない。・・・さてと、仕事に戻るぞ、京楽。」
「えぇ?もうちょっと休憩しようよ。」


「じゃあ言い方を変える。お前に少し相談がある。」
「え、何?楽しい話?」
「しらばっくれるなよ。お前のことだから、どうせ俺と同じことを考えているんだろ?」
「あはは。僕らってば、気が合うねぇ。」
悪戯に笑う京楽は、話の流れから全てを理解したらしい。


「そういうことだから、俺たちはこれで失礼する。・・・漣。」
『はい?』
「十三番隊に移隊しろとは言わないが、顔を見せに来るぐらいはしてくれよ。」
『はい。もう少し落ち着いたら、伺わせていただきます。』
「あぁ。じゃあな。皆、程々に休むことを忘れるなよ。」


隊舎に足を向けながら、浮竹と京楽はある相談をする。
戸惑う咲夜と、焦るであろう白哉の顔を思い浮かべながら。
それがお節介であることなど承知の上だが、二人の関係は傍から見ればもどかしいもので。
ここは大人が何とかしてやろうと、二人は大いに盛り上がるのだった。



2017.02.22
Cに続きます。


[ prev / next ]
top
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -