Short
■ 萌芽A

「・・・あー!!もう駄目!忙しすぎて気が狂いそうだわ!」
そう言って筆を放りだした乱菊に、皆が苦笑を漏らす。
十番隊第三席となって一か月。
未だ隊長の行方が解らない十番隊は、毎日仕事が山積みだ。


「うるせぇな。副隊長には大して仕事回してないだろ。」
「何よ、冬獅郎の癖に!」
「俺はお前の倍は仕事を熟してる。」
「あたしだって毎日任務に出かけてるわよ。その上隊主会にも出席して・・・。気を使うったらないわ!」


この副隊長ともう一人の三席の姉弟喧嘩のような言い合いにもいい加減慣れてきた。
始めは上官に敬語を碌に使わない日番谷三席に肝を冷やしていたけれども。
どうやら昔からの知り合いらしく、気心の知れた二人らしい。
六番隊とは違う隊風に戸惑うこともあるが、これはこれで心地よい雰囲気。


「もう、休憩よ、休憩!皆で休憩!ほら、皆筆を置きなさい!お茶でも飲んで気分転換しないとやってられないわ!」
「お前が休みたいだけだろ・・・。」
文句を言いつつも筆を置くあたり、日番谷三席にも疲れがあるらしい。
彼に続いて皆が筆を置く。


「あんたもよ、咲夜。」
『もう少しでこの書類が終わるので、あと少しだけ・・・。』
「だぁめ!今すぐ置きなさい!あんたそうやっていっつも休憩取らないじゃない。この筆は没収よ!」
筆を取り上げられてしまえば、従うしかない。
苦笑を漏らして、お言葉に甘えることにする。


「・・・お、皆で休憩か?それなら丁度良かった。」
「お邪魔するよ、乱菊ちゃん。」
皆でお茶を飲んでいると、そんな声と共に入ってくる男が二人。
浮竹隊長と、京楽隊長だ。


さらにその後ろから姿を見せたのは・・・朽木隊長。
その三人の姿に慌てて立ち上がった隊士たちは揃って一礼した。
ちらり、と松本副隊長から視線を向けられた気がしたが、気付かぬ振りで私も頭を下げる。


「まぁまぁ、皆、休憩中なんだからゆっくりしなよ。」
「松本副隊長。これ、皆で分けてくれ。この間寝込んだ時、皆が見舞いの品を持って来てくれたんだが、うちだけでは消費しきれないんだ。」
苦笑しながら差し出された箱には蕎麦饅頭、と書かれている。
それを見た副隊長は瞳を輝かせた。


「蕎麦饅頭じゃない!遠慮なく頂きます。あ、その辺に座ってください。今お茶をお出しします。」
「あはは。じゃ、こっちも遠慮なく座っちゃおうっと。」
京楽隊長と浮竹隊長は遠慮なく長椅子へと座る。
朽木隊長は居心地が悪そうに立ち尽くしていて、内心苦笑した。


『あ、お茶は、私が。』
「あら、そう?それじゃ、よろしくね、咲夜。」
『はい。・・・朽木隊長もお掛けになってください。すぐにお茶をお持ちいたしますので。』
「・・・あぁ。」


『どうぞ、粗茶ですが。』
「あぁ。」
給湯室から戻って、朽木隊長の姿がまだあることに安堵する。
婚約を解消しても私を避けたりする気はないらしい。
居心地が悪いのは、周りの視線があるからだろう。


「・・・うん。やっぱり、咲夜ちゃんの淹れたお茶は美味しいねぇ。」
『そう言って頂けると、時間をかけて選んだ甲斐があります。』
「まだ、相手によって茶葉を選んでいるのか?」
『それはもちろん。相手が隊長なのですから、お好みのお茶を選ぶのは当然でしょう。』


「・・・そうだったのか。」
意外そうに呟かれた言葉は、朽木隊長のもので。
「我が隊にやたらと茶葉が揃っていたのは、そなたのせいか。」
『はい。朽木隊長から頂くお茶菓子代を遠慮なく使わせて頂いておりましたので。そういえば、許可を取っておりませんでしたね。申し訳ございません。』


「いや、構わぬ。隊士たちも好きなものを選んでいるようだからな。」
『そうですか。それならば良いのですが。』
「だが・・・いつもの茶葉が、見当たらないのだ。一通り飲んでみたが、全て違った。」
少し拗ねたような口調にくすりと笑えば、拗ねたような瞳がこちらに向けられる。
それはきっと、一部の人にしかわからない些細な表情の変化だったけれど。


『朽木隊長の茶葉は、いくつかの茶葉を混ぜてありますので。あれがお気に召されているのならば、六番隊の誰かに配合を教えておきましょう。』
笑みを向ければ何かを考え込むような気配。
「・・・やはり、惜しいな。」
『え?』


「六番隊に、留まらせておくべきだったか。」
『それでは隊士たちに気を遣わせてしまいますよ。それでなくとも気を遣われていたのですから。』
「戻る気は、ないのだな。」
『今、私を一番必要としているのは、この十番隊ですからね。』


「そうか。・・・浮竹、京楽。本題に入れ。この者の答えは目に見えているだろうが。」
「あはは。そうだね。」
「まぁ、漣だけが関係することではないから、出来れば十番隊の皆に揃って聞いて欲しくてな。」
『一体、何のお話でしょう?』


「うん。・・・十番隊にとって、良い話と、悪い話がある。」
「まずは、悪い話から。」
隊長の顔になった三人に、皆が背筋を伸ばす。
ただ、日番谷三席だけは、訳知り顔でお茶を啜っていた。


「・・・十番隊隊長、志波一心の席次剥奪が決定した。無断で現世に赴き消息不明となっていること、帰還の見込みがないこと。よって、十番隊隊長の座を空位とする。それが、四十六室の決定だ。」
朽木隊長の言葉に、皆が顔を俯かせる。


「すまんな。俺たちもどうにか手を尽くしたんだが、どんな理由があれ職務放棄に変わりがないという判断が下された。総隊長もそれを了承し、確認のために技術開発局が霊圧を追っているが、全く探知出来なくなっているそうだ。」
「・・・そう、ですか。」
力ない松本副隊長の呟きに、胸が痛くなる。


「まぁ、隊長が居なくなるということは、新しい隊長が生まれるということだ。そして、次の十番隊隊長になる可能性が最も高いのは、そこに居る日番谷君だ。彼の卍解が安定した暁には、彼が隊長に指名されるだろう、というのが良い話。そういう意図があったから、咲夜ちゃんを三席に据えたんだ。もちろん、君の希望があったからこそ、だけれどね。」


『なるほど。隊長が居ないというのに、隊長の書類が回ってくるのは、そう言うことでしたか。日番谷三席に隊長の仕事を覚えさせるために。』
「そういうことだね。」
「こんな話を聞いても、十番隊に残るか?日番谷君が隊長になるまで苦労は多い。松本副隊長だけでなく、お前の負担も大きくなるだろう。」


『構いません。私が自分で十番隊に行くと申し上げましたから。浮竹隊長や京楽隊長のお誘いを蹴った手前、負担が大きいからと言って逃げ出すわけには参りません。』
私の言葉に二人は苦笑する。


「僕ら三人、綺麗に振られたわけだ。咲夜ちゃんなら八番隊はいつでも大歓迎なんだけどなぁ。」
「はは。まぁ、仕方がないだろう。こういう奴だから、十番隊に行かせたんだろ、白哉?」
「そうだな。そういう期待もあった。」


『それならそうと、先におっしゃって下されば良かったのに。もし私が他の隊に行きたいと言っていたらどうするおつもりだったのですか?私の次に名前が挙がるのは、ルキアだったかもしれないのですよ?』
呆れたように問えば、朽木隊長は沈黙する。


「あはは。朽木隊長が叱られてるなんて、珍しいねぇ。」
「そうだな。何故これで婚約を解消したのか謎だ。」
「実際のところ、どうなの、お二人さん?」
興味津々に問われて、朽木隊長と顔を見合わせる。
気まずそうに顔を逸らしたのは朽木隊長で、目を瞬かせる。



2017.02.22
Bに続きます。


[ prev / next ]
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -