「・・・咲夜。」
久しぶりに呼ばれた自分の名前。
向けられる視線。
そこに、最後に会った日のような、苦しげな様子はない。
そのことに安堵して、涙がぼろぼろと零れ落ちる。


涙が止まらない・・・。
何度涙を拭っても、次から次へと流れて頬を伝っていく。
泣きたくは、ないのに。
彼の前で涙を見せるなんて、そんな格好悪くて狡いことはしたくないのに。
何とか止めようと涙を拭っていると、手首を掴まれる。


「擦りすぎだ、馬鹿者。」
すぐ上から聞こえる白哉の声。
目の前にある白哉の気配。
穏やかで、静かで、それでいて力強い霊圧。
この前の白哉とは別人なのではないかと思うほどに温かい眼差し。


強くなった・・・。
私の知らないうちに。
もう、私の助けなど要らないほどに。
彼は既に、守る側で、守られる側ではないのだ。


『・・・びゃ、くや。』
「何だ。」
名前を呼べば、返事が返ってくる。


『白哉・・・。』
その肩に額を寄せれば、彼の体が思った以上に大きいことが解る。
「何だ、咲夜。」


『・・・ごめん。ごめん、ね、白哉。ごめんなさい。』
「何の謝罪だ。」
『私は、全てを知っていながら、君に何も伝えず、何も知らせず、姿を消した。君の味方だと、言っておきながら。でも、私は・・・。』


「解っている。・・・もう良い。謝るな、咲夜。」
私の謝罪を遮った白哉の声は、静かだった。
「もう良いのだ。そなたが黒崎一護を連れてきたお蔭で、ルキアは無事だ。私も、救われた。だから、もう良い。そなたが私に負い目を感じることなど、何一つない。」


『何故、そんなことが、言える・・・。私は、たくさん、君を傷つけて、苦しめたのに。』
「だがそれは、お互い様であろう。」
『違う。白哉は、私を傷つけてなど、いない。』
「泣いているくせに何を言う。」


『違う！これは白哉のせいじゃない！』
顔を上げれば、白哉と視線が交わって。
その瞳が、ふ、と緩んで、目を丸くする。
少年時代の白哉の笑みが思い出された。


「では、四の五の言わずに私の部下になれ。」
『何だそれは！横暴だ！』
「席官の任命権が隊長にあることを忘れたわけではあるまい？」
『そ、れは、そうだけど！こ、この私を、部下にするなど、千年早い！』


「泣きながら言われても説得力がない。」
『ぐぬぬ・・・。』
唸りながら見上げれば、未だぽろぽろと零れ落ちる涙を白哉に拭われる。
その指先が、優しかった。


「帰って来い、咲夜。あの日の言葉が真実であるのならば、それを私に証明して見せろ。」
『・・・本当に、良いの？私はまた、逃げるかもしれないぞ？』
「その時はその時だ。そなたを信じた私が未熟だったということだろう。」


『・・・馬鹿だな、白哉は。そんなに馬鹿じゃ、誰かが傍に居ないと駄目じゃないか。』
「それはこちらの台詞だ、馬鹿者。」
『相変わらず、生意気だなぁ。・・・でも、うん。仕方がないから、君の部下になって、君を見張っていてあげよう。君の生意気さに対抗できるのは、私くらいだろうからな。』


「なるほど。自分が生意気だという自覚があると見える。」
からかう様に言われて、思わず頬を膨らませる。
『誰が生意気さで張り合うと言った！そういうことではない！』
「ほう？では、この私の手綱を握るとでも言うのか？それこそ千年早い。」


『もう！何でそんなに生意気なんだ！誰だ、君が冷静沈着で私情を挟まないとか言ったのは！』
「そなたにだけは言われたくない。」
『何だと！？』


そんな言い合いをしていると、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
はっとして周りを見れば、笑いを噛み殺しながらこちらを見守る隊長副隊長たちの姿。
ちらりと見たルキアは、口元を抑えて何とか笑いを堪えているらしい。
何だか恥ずかしくなって、その腹いせに白哉の頬を抓る。


「何をする。」
不満げな顔は、昔の白哉と変わらなくて。
『白哉のせいだ！』
理不尽な主張をすれば、呆れた視線を向けられる。
その表情もまた、変わらない。


『・・・ふ、はは、あはは！』
なんだか楽しくなってきて、笑い声をあげる。
声を上げて笑ったのは、久しぶりだった。
白哉もそれは予想外だったのか、目を丸くしている。
それを見てさらに笑ってから、彼の頬から指を外して喜助に向き直った。


『喜助。』
「何でしょ？」
『私はここに残る。荷物は朽木家にでも送っておいてくれ。私は今日から朽木家の居候だ。世話になったな、喜助。』


「全く、咲夜サンたら薄情ですねぇ。そりゃあ、朽木家の方が待遇が良いんでしょうけど。」
『帰って来いと言ったのは白哉だからな。待遇がいいのは当然だ。』
「スミマセンねぇ、アタシのところでは待遇が悪くて。」


『何をいじけているんだ、喜助？』
「ちょっと悔しいだけッスよ。」
『悔しい？何故？』
首を傾げた咲夜に喜助は苦笑を漏らす。


「何でもないッス。・・・さて、総隊長の許可も下りたことですし、早速動きましょう。アタシも暫くはこっちに居ることになりそうッスから、貴女の荷物は鉄斎サンにでも送ってもらいましょ。咲夜サンのこと、頼みましたよ、朽木サン。」
「・・・あぁ。」


「では、本日の隊主会はこれにて閉会。各自霊圧を込めてから解散するように。」
総隊長の言葉で皆が霊圧を込めはじめる。
その光景は、百年前なら絶対に見られなかったもので。
また、涙が滲んでくる。
それを隠すように笑って、霊圧を込め終えた白哉の手を握る。


「・・・何だこの手は。」
『帰るぞ、白哉。』
「この手は何だと聞いている。」
『白哉が迷子になったら大変だろう？』
「誰が迷子になどなるのだ、馬鹿者。」


『あはは。昔を思い出すなぁ。』
白哉の言葉を聞き流して歩き出せば、彼は不満げについてくる。
それが可愛くて、また笑った。
結局その手は、六番隊舎に到着するまでふり払われることはなく。
隊舎に到着する頃には、この百年の溝など簡単に埋まっているのだった。



2017.02.08
喜助さんの当て馬感が満載ですね・・・。
年下の白哉さんと年上の咲夜さん。
似た者同士で弾き合うこともあるけれど、結局引き合ってしまう。
そんな二人を周りは微笑ましく見守っていくのでしょう。

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