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■ 萌芽@

『今日で十年、か・・・。』
白哉様と婚約して十年。
十年という年月は、私たち死神にとって決して長い時間ではないけれど。
そして、その時間は決して不幸な時間ではなかったけれど。
約束の十年がやって来た今日で、その日々は終焉を迎える。


・・・十年でいい。
私の婚約者となってはくれまいか。
それが、十年前の白哉様のお言葉。
何故か、と問えば、ルキアとのあらぬ噂が流れているからだ、と簡潔に返されたことを昨日のことのように思い出した。


つまり、私は、上部だけの婚約者だった。
位が高すぎない貴族の生まれで、護廷十三隊の席官。
それも六番隊で彼の直属の部下で気心が知れている。
婚約が破棄されても、私は自分の力で自分を養える。
だから、白哉様にとって丁度いい相手だったのだ。


時折二人で出掛けることがあったくらいで、婚約者らしい触れ合いはなかった。
期限があることが解っているから、決して深く踏み込まず、決して深く踏み込ませず。
それはそれで、心地よい距離感だった。
きっと、お互いに。


『でも、それも今日でお終い。・・・荷物を纏めておかなきゃ。』
婚約が破棄されれば、私は、この朽木邸を出て行かなければならないのだから。
『・・・よし。やるか。』
腕まくりをして、片付けに取り掛かる。


私物は、意外に少ない。
元々荷物が少ないうえに、余計なものは増やさないようにしていた。
それでも、朽木邸に住んで、十年。
十年住めばそれなりに愛着が湧いてくる。


着物、簪、耳飾り。
筆、硯、文鎮に文箱。
数冊の本。
死覇装に斬魄刀。
そして、ルキアとお揃いで買った栞。
持って行くのはそのくらいで、片付けはすぐに終わってしまう。


・・・白哉様に頂いた物は、全て、置いていこう。
なんだか、大切にしてしまいそうだから。
そう考えて、彼から貰った髪紐や着物は全て箪笥にしまいこむ。
この桐の箪笥も、愛着のあるものの一つ。
取っ手も、引き出しの滑らかさも、全てが体に馴染んでいた。


「・・・持って行かぬ気か。」
聞こえてきた声に振り向けば、柱に凭れ掛かるようにして白哉様がこちらを見ている。
貴族の正装を身に纏っているあたり、当主会議にでも出席していたのだろう。
彼が突然現れるのにもいい加減慣れてしまっている自分に、内心で苦笑した。


『はい。私には、身に余る物にございますので。』
「そうか。」
それだけ言って、白哉様はぼんやりとこちらを見つめる。
暫くそうしてから、柱から身を離した白哉様は居住まいを正す。
釣られて背筋を伸ばせば、白哉様の口が開かれた。


「・・・婚約の解消が、家臣に了承された。十日後にその発表がなされる。・・・この十年、こちらの都合でそなたを拘束したことを詫びておく。済まなかった。」
『お詫びなど、必要ありません。この十年、私は、何不自由なく過ごさせていただきました。お礼を申し上げます。』


「・・・仕事は、どうする?」
『どうする、とは?』
「移隊を望むのならば、そうするが。」
『そ、れは・・・考えたことがありませんでした。このまま六番隊に居るものと思っておりましたので。白哉様がお嫌でしたら、移隊しても構いませんが・・・。』


「いや、私は構わぬ。しかし、周りがそうとは限らぬだろう。特に我が隊は貴族出身が多い。」
『あぁ、そう、ですね・・・。隊士に気を遣わせてしまうのは、可哀そうですね。では、移隊をお願い申し上げます。』


「希望はあるか?実は、三、八、十番隊から昇進の打診が来ている。席次が下がってもいいのならば、十一、十三番隊からも声が掛かっているが。」
『そんなに・・・。』
「正直に言えば、私も手放すのは惜しい。」


『ふふ。そう言って頂けるだけで十分にございます。ですが、ご迷惑はおかけできませんから。・・・そうですねぇ、では、十番隊に。隊長の消息が途絶えて、混乱していると伺っておりますので。』
「そうか。では、そのように手配しておこう。」
『よろしくお願いいたします。』


私この言葉に頷いた白哉様は、そのまま部屋を出て行こうとして、足を止める。
見慣れた、朽木隊長の背中。
そして、この十年で見慣れてしまった、朽木家当主の、白哉様の、背中。
前者はともかく、後者を見ることは、もう二度とないだろう。


「・・・移隊の準備をしておけ。三日後には任官状が届くように手配しておく。二度手間になる故、邸を出るのはそれ以降で良い。」
『お気遣いありがとうございます。遠慮なくお言葉に甘えさせていただきます。』


「構わぬ。・・・それから、ルキアが落ち込んでいるようだ。顔を見せてやれ。」
白哉様はそう言い残して去っていく。
その背中をしっかりと目に焼き付けてから、彼に一礼する。
この十年の感謝を込めて。


三日後、彼が言った通りに任官状が届き、第三席というその席次に驚いたものの、私はそれを応諾する。
その翌日には朽木邸を出て、十番隊へと居を移した。
慌ただしい移隊ではあったが、十番隊の状況を鑑みて、それを疑問視する声は上がらない。


その後発表された婚約破棄は大きな波紋を呼び、様々な憶測がなされたが、隊長の欠けた十番隊はそれどころではなく。
日々忙しく過ごしている間に周りの興味も薄れ、私たちの婚約は皆に忘れられていくのだった。



2017.02.22
糖分が全くありませんね・・・。
夢主が淡々としすぎているからでしょうか。
Aに続きます。


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