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■ 彼女との関係

『おや、朽木家の当主じゃないか。』
街中を歩いていると、そう声を掛ける者があった。
声の方に顔を向けると、店の窓から、ひらり、と、手を振る女がいる。
女の頭上には漣呉服店という看板が掲げられていた。


『久しぶりだね。・・・寄って行く?』
そう問われて、今日の予定を思い出す。
どこぞの貴族と会う予定があるが、多少遅れても構うまい。
どうせ、見合い話だ。
逡巡の後、白哉は彼女の方へと足を向けた。


『あはは。変わらないねぇ。この後は、何か面倒事かい?』
そういって笑った女は、漣咲夜。
この漣呉服店の若き女店主である。
今でこそ呉服屋の店主などやっているが、彼女は元死神で、私の同期。
共に命を預けあった仲である。
朽木家ということを気にせずに私に接してくる数少ない人物だ。


ついでに言えば、漣家は一応貴族である。
代々呉服屋を営み、その質の良さと確かな目利きから、最近貴族に格上げされたのだ。
故に、貴族の中では立場が低く、一般市民と変わらぬ生活だと聞くのだが。
それはそれとして、朽木家もまた、漣家の・・・というよりは、漣咲夜の腕を買って、時折仕立ての依頼をするのだった。


「そんなところだ。・・・邪魔をする。」
『はいはい。ようこそお越しくださいました。』
彼女は私を迎え入れると、本日貸切、という看板を表に出して、戸を閉める。
『これでよし。・・・お茶でも淹れてくるよ。好きに見ていてくれ。』
「あぁ。」
私が頷いたことを確認すると、彼女は奥へと入っていった。


それを見送って、ぐるりと店内を見回す。
相変わらずのようだな・・・。
清楚な淡い布があるかと思えば、誰が着るのかと呆れるほどの蛍光色の布がある。
絹も、麻も無造作に並べられていた。
帯留めなどの小物や帯もまた適当に並べられている。
しかし、全体で見ると絶妙な均衡が保たれていて、不快感を与えない。
それが不思議だった。


『・・・何か気になるものはあったかい?あ、お茶はここに置いておくよ。』
暫く店内を眺めていると、彼女が戻ってきた。
「あぁ。礼を言う。・・・この生地のもう少し深い色はあるか?」
『あるにはあるけど、君にはそのくらいの色が一番似合うと思うよ。深い色だと、こんな色なんだ。ちょっと暗すぎる。』
棚からひっぱり出された布を見て、確かにそうだ、と、内心で頷く。


『君もそう思うだろう?それにほら、こちらの色の方が、肌の色との相性がいい。』
勝手に私に布を当てて、鏡を見る。
その視線を辿って鏡を見ると、重すぎず、軽すぎない色合いが、私の肌に映えていた。
「そうだな。ではこれを貰おう。」


『毎度。相変わらず決めるのが早いねぇ。ま、私としては楽でいいけど。一応、採寸するよ。見たところ身長も体格も変わってはいないようだけれど。』
私の返事を待つことなく、勝手に採寸を始めるのはいつものこと。
拒否する理由もないのでされるが儘になる。


「漣の目を信用しているのだ。漣咲夜がそう言うのだから、間違いはあるまい。」
『それは嬉しいね。・・・しかしまぁ、びっくりするほど体格が変わらない。ミリ単位で変化がないとは、余程体調管理が行き届いているのだろうな。』
「家臣が五月蠅いのだ。」
『あはは。跡継ぎどころか妻や兄弟すら居ない当主とあっては、皆心配なんだろうさ。君に何かあったら一大事だからね。』
彼女は楽しげに笑う。


『・・・うん。この前と同じだ。もう動いていいよ。仕立てあがるのは、一か月後ってところかな。急ぎなら優先することも出来るけど・・・。』
「急ぐ必要はない。」
『そう。じゃあ、一か月後だね。邸に持って行った方がいいかい?』
「いや。出来上がったら文で知らせろ。取りに来る。」


『君がか?』
意外そうに見上げてきた彼女に頷きを返す。
「そうだ。」
『・・・忙しいだろう。』
「構わぬ。息抜きだ。」
『息抜きでうちの店を貸切にするのは君くらいだよ。』
呆れたように言いながらも、彼女の瞳は笑っている。
『ま、いいさ。朽木家様様だからね。取りに来られないようだったら持って行くよ。』
「それでいい。」


『・・・で?朽木家の白哉君は一体何時私に羽織袴と白無垢を作らせてくれるのだろうね?まさか忘れたとは言わないよな?』
言われてその予定が全くないことに沈黙する。
『約束は守ってもらうよ。』
「・・・解っている。」


彼女との約束。
それは、私が祝言を挙げるとき、私と私の妻となる者の着物を彼女に仕立てて貰うというものだ。
その約束をすることになった件を思い出して、彼女の左足を見る。
隠れて見えないが、そこには消えない傷跡があるのだ。


隊長になって間もない頃、虚の殲滅に向かった際に、私を庇って出来た傷。
脹脛から足首までを酷く損傷し、もう歩けぬと言われたほどだった。
今でこそ日常生活に支障はないが、支えなしで歩けるようになるまで時間がかかった。
そして、彼女の死神としての道は絶たれたのだ。
今でも激しい動きは止められているという。


「・・・まだ痛むか。」
『天気が悪かったり、寒かったりするとな。でも、これは私の勲章だから。死神として生きることが出来なくなっただけで、現状に不満はない。そんな顔をするな。』
「済まぬ。」
『謝罪は聞き飽きたよ。』
彼女は苦笑する。


『別にいいんだ。店が繁盛して、遅かれ早かれ、私は死神をやめていただろうからね。辞める前に大仕事をしただけだ。あの朽木白哉を守れるなんて、光栄だろう?』
悪戯に笑った彼女の瞳は輝いている。
その瞳が誇らしげで、嬉しげで、美しい。


「・・・美しいな。」
思わず言葉が零れ落ちる。
『へ?』
「・・・漣咲夜は美しいといったのだ。」
『あはは。照れるねぇ。でも、こんなんじゃ嫁の貰い手がないわけよ。婚期も逃したしなぁ。』
「そう私と変わらぬだろう・・・。」


『女の婚期は短いものさ。朽木家みたいに大層な家柄でもないしね。』
そう言った瞳が少し翳る。
「・・・想い人でもあるのか。」
『ふふ。まぁね。いい加減諦めようと思っているのだけれど。』
素直に白状した彼女に目を丸くする。


「意外だな。」
『何がだ?』
「素直すぎる。」
『あはは。失礼だな。・・・ま、不毛だからやめようと思っているものでね。相手には思い続ける人が居るからさ。だからいいんだ。』
そういって笑う彼女は寂しげだ。


「・・・売れ残ったら、私が貰ってやる。」
寂しげな彼女に、気が付けばそんな言葉を口にしていた。
自分で驚いて口を覆うも、時すでに遅し。
一度口から出た言葉は取り消すことが出来ない。
一体何を言っているのだ、私は・・・。
そう思いながら彼女を見ると、目を丸くして、顔を赤くさせていた。
その反応に、こちらも目を丸くする。


「・・・私、なのか?」
そんな言葉が口から零れた。
『いや、その、えーと・・・。』
いつも歯切れよく言葉を発する彼女とは思えない歯切れの悪さだ。
もごもごと口を動かして、小さく頷いた。
そんな彼女の様子に、言葉が出てこない。


『・・・ごめん。』
私の沈黙を拒絶ととったのか、彼女は私から視線をそらして呟く。
「いや・・・。だが、一体、いつから・・・。」
『いつからかな。でも、この傷を負った時には、君が好きだった。君を失うと思ったら、体が勝手に動いたんだ。』
「そうか・・・。」


あの時、確かに彼女は私を庇った。
その時の怪我が理由で彼女は死神を辞めたのだ。
私はそれに負い目を感じていた。
だからこそ、彼女の見舞いにも行ったし、彼女の歩行訓練も手伝った。
今でも時折彼女の様子を見に来る。
そして彼女と他愛もない話をして帰るのだ。


彼女の声が、歯切れのいい言葉が、好ましい。
彼女と話すと、何となく心が軽くなった。
では今、目の前に居る彼女は・・・?
そう思ってまじまじと彼女を見つめる。
相変わらず、赤い顔をしている。
その姿に、心にふわりと何かが舞い降りた。


「・・・帰る。」
舞い降りた何かの答えを知っている気がして、私は慌てて踵を返した。
『え・・・?ちょ、え・・・?』
戸惑ったような声が聞こえてきたが、気にする余裕はない。
『返事は、くれないの・・・?』
彼女の呟きに扉の前で足を止める。


「・・・少し整理する。暫し待て。」
『はぁ・・・?』
納得していない様子の彼女を置いて、扉を開けて店を出る。
次の予定を果たすべく待ち合わせの場所に足を向けるが、頭の中は彼女のことでいっぱいだった。
二人の関係が変わるまで、あと少し。



2016.03.12
突然異性として意識してしまったことに動揺する白哉さん。
その日のうちに整理を終えて咲夜さんに答えを伝える気がします。
当然ながら、見合い話は耳に入りません。


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