蒼の瞳、紅の瞳
■ 2.絶望


咲夜が生まれてひと月が経った。
「解らない・・・。」
剣の巫女の全てを調べても、答えは出ない。
その間にも俺の剣の巫女としての力は衰えているようだった。
森羅が、遠くなっていく。
すでに森羅以外の斬魄刀との対話は出来なくなっていた。


漣家が総力を挙げて原因の究明にあたっているが、如何せん前例がない。
家臣たちは戸惑うばかりで、咲夜の母は産後の肥立ちが悪く、未だ臥せっている。
「・・・鏡夜。」
静かに名を呼ばれて振り向くと、そこには先代である母上がいた。


「何か分かったか。」
俺の様子から何もわかっていないと解っているのだろう。
問う瞳は、恐れを含み、暗い。
「・・・何も。」
「そうか。では、地下神殿に向かうがよい。」
「しかし、それは・・・。」


「構わぬ。儂も行こう。此度の件は恐らくあの方に関わること。何か、変化が来ているのやもしれぬ。それを教えていただけるとは思わぬが、何かしらの助言をいただくことは出来よう。」
そういうや否や、母上は踵を返して歩を進める。
「・・・そうですね。」
母の言葉に頷いて、その背を追った。


「・・・鏡夜か。そなたがここへ来るとは、珍しいこともあるものだの。」
地下神殿に足を踏み入れると、どこからか声が聞こえてきた。
「ご無沙汰いたしまして、申し訳ありません。ここは、男の俺には居心地が悪いものでして。」
「そうであろうな。」


すう、と、闇の中から少女が姿を見せる。
闇の中でも輝く銀色の髪。
苛烈さを含む紅の瞳。
我が漣家の、最大の秘密。


「そのお姿を拝見できるとは、恐悦至極。」
母上はそういって頭を下げる。
鏡夜もそれに従った。
「気まぐれじゃ。・・・用件は、咲夜のことであろ?」
紅色の瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。


「はい。咲夜が生まれてから、剣の巫女の力が不安定になっております。漣家のあらゆる文献を調べても、この状況を示唆するものはございませんでした。」
「・・・森羅は?」
「何も語りません。しかし、どこか、寂しげで・・・。」
まるで、大切な誰かと別れることを予期しているような・・・。


「・・・別れの時が来る。」
「え・・・?」
心の中を読まれたように、そんな言葉が少女の口から聞こえてきた。
「別れとは?」
「鏡夜。何も恨むな。恨めば、そなたも、咲夜も苦しむ。」
「恨む・・・?」


「同じ力がぶつかり合えば、資質の高い者が勝つのが道理。・・・妾が言えるのはここまでだ。あとは己で考えるが良い。そなたならば、答えを導くことが出来よう。」
それだけ言って、姿が消えた。
同じ力・・・。
「まさか、咲夜が剣の巫女だというのか?そして、咲夜の方が強いのか?だから俺の力を吸われている・・・?」
返ってくるのは沈黙。


「では、俺は、剣の巫女の力を失うのか・・・?」
闇の中から応えはない。
「森羅が寂しげなのは、そのせいか・・・?森羅は、俺から離れていくのか?すでに森羅は、咲夜を選んでいるというのか!剣の巫女は数世代に一人しか生まれぬのではなかったのか!!答えてくれ!!」


「・・・やめろ、鏡夜。あの方はこれ以上は答えてくださらない。」
「しかし・・・!!」
「堪えろ。あの方の怒りを買えば、漣の当主とて無事ではあるまい。儂はそなたを失いたくはないぞ。」
母の瞳は酷く静かで、どこか諦めが映り込んでいた。


「・・・母上は、このことに思い至っておられた?」
そう問えば、母は息を詰まらせたようだった。
「そう、なのですね・・・。俺は、剣の巫女ではなくなる・・・。」
「・・・もし、そうだとしても、そなたは剣の巫女の父親だ。漣家の者の中に、そなたを邪険にするものなど居らぬ。」


そうだとしても、俺は、力を失う。
力を失った俺に、何が出来る?
力のない当主に、誰が従う?
生まれたばかりの赤子に力を吸い取られている俺に従うものなど・・・。
絶望が俺の体を支配する。


ぴし、り。
数ある未来のうちのひとつに罅が入り始める。
・・・やはり、こうなるか。
それ以外の道は誰にとっても険しいものだというのに。
銀色の少女はそれを見ながら内心で呟く。
「巫女よ、健やかにあれ・・・。」
祈るような声が、闇に響いた。


しかし、祈りの声は届かず、この一年ほど後、鏡夜は咲夜に刃を振り下ろすことになる。
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