蒼の瞳、紅の瞳
■ 黒猫

「にゃー、にゃー?」
午後から貴族の会議に出席するため朽木邸に戻ってきた白哉は、庭から聞こえてきた青藍らしき声に足を止める。
その近くにある微かな気配に眉を顰めて、そちらへと歩を進めた。


庭へ回ると見えたのは、黒い毛玉を抱えている青藍で。
その腕の中で、にゃあ、と鳴いたその毛玉の瞳が愉快そうに細められたことを見て取って、黒い毛玉・・・もとい猫の姿をした夜一をちらりと睨みつけた。
そんな様子に気付いた青藍付きの女中、佐奈が苦笑したのが視界の端に見える。


「青藍。」
己の息子の名を呼べば、顔を上げてその瞳を輝かせる。
すぐに此方へと駆けてくる青藍は可愛いが、その腕の中に居る黒猫は凡そ普通の猫が持っている愛らしさなど持ち合わせていないように白哉には思える。


「おかえりなさい、ちちうえ!」
「あぁ。良い子にしていたか?」
「はい!きょうのおけいこは、もうおわりました!」
「そうか。」


得意満面な様子の青藍の頭を撫でてやれば、嬉しそうに擦り寄ってきた。
その様子はやはり可愛い。
普段ならば頬を緩めてしまうところだが、青藍の腕の中に居る黒猫の存在がそうさせなかった。


「それで・・・それはなんだ?」
黒猫に視線を向けながら問えば、青藍は自慢するように黒猫を差し出してきた。
「ねこさんです!」
にゃあ、と猫なで声が聞こえたが、その中身を思えばやはり可愛さなど微塵も感じられない。


「ちちうえは、ねこさんはすきですか?」
「そうだな。普通の猫ならば。」
もちろん青藍が抱いている黒猫は普通の猫などではなく、化け猫の類である。
そもそも、何故この化け猫は堂々と我が朽木邸に入り込んでいるのか。


「ふつうのねこさん?」
「そうだ。だが、その化け猫は普通の猫などではない。同じ猫でも黒猫は不吉なのだ。それ故、その猫はすぐに邸から出さねばならぬ。」
言えば、青藍は不思議そうに首を傾げた。


「・・・ほう?この儂が不吉じゃと?」
腕の中から聞こえてきた声に、青藍は目を丸くする。
まじまじと黒猫を見つめてから、困惑した様子で此方を見上げてきた。
そんな青藍の腕からするりと抜け出した夜一は、遠慮なく縁側に上がって座り込む。


「ねこさんが、しゃべった・・・?」
言いながら青藍は白哉の袖を掴む。
白哉はそんな青藍を抱き上げて、佐奈に視線を向ける。
視線を受けた佐奈は白哉の言わんとしていることを理解してか、寛ぎ始めた夜一を抱き上げた。


「なんじゃ?もう追い出すのか?」
「朽木家の門を潜らずにやって来た者は誰であろうと追い出せ、というご当主様のご命令がございます故。どうか次回からはそのお姿で忍び込むのではなく、門からお尋ねくださいますようお願いいたします。」


「ふむ。まったく、相変わらず堅苦しいのう。この姿であれば、青藍が自ら儂に触れることが出来るというのに。」
青藍を独り占め出来ぬのは残念じゃ、などといったふざけた呟きを残して連れていかれる夜一を一瞥して、白哉は青藍を見る。


「ちちうえ?」
「あの化け猫には、青藍から触れたのか?」
「はい。」
こくりと頷いた青藍を撫でながら、白哉は思案する。


・・・青藍の女性不信は、女の形をしていなければ平気なのだろうか。
確か、あの化け猫が人型で青藍の前に現れた時は、青藍は手を伸ばせなかったはずだ。
あれの気まぐれで青藍に白打を教えようとしたときも、青藍があれに向かって拳を繰り出すことは出来なかった。


「ちちうえ。」
「なんだ?」
「あのねこさんは、どうしておはなしができるのですか?」
「化け猫だからだ。」


「ばけねこ?」
「そうだ。あれは猫であって猫ではない。あれの名は四楓院夜一という。」
「しほういんよるいち・・・?まえに、ぼくにおしえてくれたおんなのひと?」
「あぁ。あの黒猫はあれが化けたものだ。」


「よるいちさんと、ねこさんが、おんなじ・・・。」
そう呟いた青藍は何やら考えている様子で。
「どうやってねこさんになるんだろう?またこんどよるいちさんがきたらきいてみよう・・・。」


・・・また今度?
まるで以前にも夜一と遊んでいたような口振りである。
そう思って口を開こうとすれば、視界の端に黒いものが映りこんできて。
未だに猫の姿をしているそれが口に咥えているのは朽木家への出入りを許可する札である。


「この私の許可なく青藍に関わるな、化け猫。」
睨みつければにやり、とその猫目が細められた。
「出来るものならこの儂を追い出してみろ。もっとも、白哉坊程度にこの儂が追い出されるなどあり得ないがの。」


「貴様・・・。」
鬼道を放ってやろうと動いたところで、それを察したらしい黒猫は札を加えたまま塀の上に駆け上がる。
それを追いかけようとすれば、隊長羽織が引っ張られた。


「青藍?」
「よるいちさん、いじめちゃだめ!」
「いや、だが、あれは・・・。」
「だめなの!ちちうえでも、だめ!」


「ほう。儂も懐かれたもんじゃのう。そういうことならば、遠慮なく昼寝でもして帰るかの。」
塀の上で寛ぎ始めた黒猫は、やはりどこからどう見ても愛らしさなど感じられない。
しかし、愛情を注いでいる可愛い我が子に免じて、今回は見逃してやることにしたのだった。



2019.12.12
青藍に言われては夜一さんのことすらも許してしまう白哉さん。
その溺愛ぶりに夜一さんは内心ほくそ笑んでいることでしょう。


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