蒼の瞳、紅の瞳
■ 英才

「りゅき、あ?」
「ルキアだ、青藍。」
「りゅ、きあ?」
「リュキアではなく、ル、キ、ア。」
「りゅー?」


言葉を覚え始めたばかりの青藍と向き合っているのは、ルキアである。
父、母とその名を覚えた青藍は、次にルキアの名前を覚えることにしたらしい。
何やら発音に苦戦しているらしいが、年相応のものなので、問題ないだろう。


しかしまぁ、次から次へと飽きないものだ。
朽木邸のそこらじゅうに仕掛けた罠が発動していることを感じて、睦月は内心で呟く。
それらの罠は、妊娠中の咲夜の護衛を任せられた際に、邸の中くらいは彼女に自由にしていて貰おうと仕掛けたもの。


結局、あの人に俺の護衛なんか必要なかったわけだが。
護衛をしろと命じられて彼女の傍に居たが、彼女の傍には常にいくつかの斬魄刀の気配があった。
剣の巫女とはこれ程までに斬魄刀たちに愛されているのか、と感嘆したのは記憶に新しい。


それはそれとして。
青藍とルキアから視線を外して、睦月は広大な邸を囲んでいる塀に目をやる。
その先に仕掛けられた罠が発動して、鬼道で姿を隠しているらしい侵入者が捕らえられる様を眺めた。


青藍が生まれてからずっとこの調子だな・・・。
毎日のように現れる侵入者。
それらが何を狙っているかは明白だった。
青藍に視線を戻して、睦月は考える。


朽木家当主と、漣家の巫女の間に生まれた、待望の男子。
長男だからと朽木家当主を継がせることを強要するつもりはない、との両親の意向があるにしても、やはり周りはそうは見ない。
将来後継ぎになろうがならまいが、現時点では青藍だけがその権利を持っているのだ。


前妻を亡くしてから暫く、ご当主は妻を娶らなかった。
その上、ご当主は朽木家歴代最強と謳われる六番隊の隊長で。
多忙なうえに、本人にその気がない。
さらには、尸魂界のために自らの命を懸けることに何の躊躇いもないときた。


朽木家の直系は朽木白哉までとなるだろう、と周囲からは囁かれていた。
となれば、朽木家の直系ではないにしろ、少しでも朽木家の血を引く者が、妙な野望を抱くのは分かり切ったことで。
事実、朽木家の存続を危ぶむ家臣たちと不遜な輩の利害が一致して、養子を受け入れる準備がされていたと聞く。


そこへ、咲夜さんとの結婚と、彼女の妊娠が発覚。
無事に生まれた待望の子は、二人の瞳を受け継いだ男児で。
家臣たちはそれから不遜な輩との取引から一切手を引いたものだから、青藍が狙われるのは仕方がないことではあった。


・・・しかも、俺の見る限りでは、青藍の魂魄は強大な霊圧に耐えうる強固な器を備えている。
両親によく似たそれを見れば、死神の最終奥義である卍解に至るだろうことは容易に想像できた。


その生まれだけでも羨望と嫉妬の対象になるのに、その上才能まで備わっているのでは、彼の今後の人生が平穏でないことは想像するに易い。
そして、と睦月は青藍の顔の造形を観察する。
どう見ても咲夜さんに似た顔の作りだよな・・・。


これではより一層平穏な人生などあり得まい。
一生朽木邸から出ずに生きるのであれば話は別だが、おそらく、未だにルキアの名前の発音に苦戦しているこの子どもは、生きているだけで波乱に巻き込まれる。
そんなことを想像して、睦月は内心で彼に同情した。


「りゅ、る、るきあ!」
漸く上手く発音できた青藍は、ルキアに頭を撫でられて満面の笑みを見せる。
その笑みがこの先の何もかもを吹き飛ばしてしまったような気がして、この先何かがあったとしても大丈夫な気がしてきて、睦月はくつくつと笑う。


「睦月?どうしたのだ?」
不思議そうにこちらを見たルキアに釣られたように青藍もこちらへ顔を向ける。
「いや、良く懐いているな、と思ってな。」
「そうか?睦月にもよく懐いているだろう。」


「まぁそうかもしれないが。俺はまだ、名前を呼んでもらっていないからな。」
苦笑を漏らせば、ルキアは首を傾げる。
「何を言っているのだ?青藍はもう、睦月の名前を呼べるぞ?」
「・・・は?」


「青藍。あの人の名前は何というのだ?」
ルキアの問いに青藍は少しだけ考えた様子だったが、すぐにぱっとその瞳を輝かせて。
「むつき!」
自慢げに答えた青藍にルキアが笑って、再び彼の頭を撫でた。


「いつの間に・・・。」
唖然と呟けば、ルキアは苦笑して。
「流石に兄様と姉さまには敵わないが、青藍は睦月のことを三番目に覚えていた。これは私の予想だが、私たちが睦月を呼ぶ回数がそれほど多いのだろうな。」


そのくらい、睦月は朽木家の一員なのだ。
そう言われている気がして、睦月は思わず目を逸らす。
平静を装いながら、小さく息を吐いた。
・・・ルキアは、こういうところが狡い。


「・・・そりゃあ、朽木家の皆さんには、こき使われていますからね。」
全く、素直じゃないな、俺は。
急に敬語になって、不自然ではないだろうか。
そう思ってちらりとルキアを見れば、彼女は困ったように微笑む。


「そうだな。いつも悪い。つい、頼ってしまうのだ。」
ルキアは何故こうもストレートな言葉を恥ずかしげもなく言えるんだ・・・。
これが確信犯ならまだしも、天然だから性質が悪い。
本当に血の繋がりがないのかと疑うほどに、ご当主にそっくりだ。


「・・・ほどほどにしてくれ。でないと俺の身が持たない。」
「ははは。善処しよう。」
此奴はたぶん、今の俺の言葉が何に対する言葉なのか解っていない。
これだから天然というのは困るのだ。


「青藍、お前はこういう大人になっちゃ駄目だぞ。」
「う?」
首を傾げた青藍に笑って、懐から青藍用のおやつを取り出す。
瞳を輝かせた青藍に待てをかけて、ありがとう、いただきます、ごちそうさまを覚えさせることにしたのだった。



2019.05.12
睦月の考察。
彼はこの時点で青藍への英才教育を決心しました。
ルキアへの思いはまだ自覚していないと思われます。


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