蒼の瞳、紅の瞳
■ 平和な日

「・・・れんじさん、それ、なぁに?」
不思議そうな声が視界の外から聞こえてきたのでそちらを見ると、目下成長中の、それでも己から見ればまだまだ小さな少年がこちらを見上げていた。
その視線が向けられていたのは、乱菊さんに片づけておけと押し付けられた人形で。


「・・・ワカメ大使だ。」
「わかめたいし?」
そう言って首を傾げた青藍は、まじまじと緑色の人形を見つめる。
どうやら、初めて目にしたらしい。


「朽木隊長が作ったんだぜ。」
言いながら人形を見せれば、ちちうえ、と瞳を輝かせた。
手を伸ばしてきたのでそのまま渡すと、ぎゅう、とその感触を確かめるように抱きしめる。


「ちちうえの、わかめたいし・・・。」
見た目はともかく肌触りの良いふかふかのそれを暫く堪能した青藍は、良いことを思いついた、といった顔になって、その表情をぱっと明るくさせる。
そして人形を机の上にそっと置くと、ぱたぱたと隊主室の隣の物置に駆け込んでいった。


いつの間にかその物置が青藍のための場所になっていることには何も突っ込むまい。
朽木隊長と咲夜さんの溺愛ぶりは今に始まったことではないのだから。
ついでに言えば、睦月がその場所に青藍が好きなお菓子を補充していることも、恋次は知っている。


「・・・あった!」
嬉しげな声がしたかと思うと、青藍は再びぱたぱたと駆けてきて、これまたいつの間にか設置された青藍専用の机に向かった。
彼が手にしているのは、緑色の粘土である。


「・・・ちょ、待て、青藍!ちょっと止まれ!」
そのまま粘土を机の上に直に置こうとした青藍を止めた。
青藍用の机と言っても、それは高級品。
そんなものを粘土で汚すわけにいかないと、物置から粘土用の板を取り出して机の上においてやる。


「これでよし。粘土を使うなら、こうやって準備しろよ、青藍。」
窘めるように言えば、わかった、と頷きが返ってきたので頭を撫でてやる。
それに嬉しそうに笑ってから、青藍は粘土を捏ね始めた。
今日は特に急ぎの仕事もないからと、恋次は近くの椅子に座ってその様子を眺める。


なんつーか、平和だよなぁ・・・。
何やら作業に没頭し始めた青藍を見ながら、恋次は内心で呟く。
青藍を見ているとよくそう思うのは、彼が生まれるまでに色々なことがあったからだろうか。


いや、此奴が生まれてからも、色々とあったか・・・。
朽木家に長男が生まれたというだけで騒がしかったし、青藍を誘拐しようと目論む輩が居れば隊長格が総出で犯人を追い詰める。
ただ一つ、犯人の目星はついているものの、確証が得られない誘拐事件もあるが。


あの時は、大変だったぜ・・・。
青藍が行方不明になっていた三日間を思い出して、恋次はため息を吐く。
あの三日間は護廷十三隊全体がピリピリとしていたのだ。
当時、青藍誘拐は公にはされなかったものの、隊長格の緊張感が隊士たちにまで伝わって、何か重大なことがあったのだと、皆が張り詰めていた。


青藍が何者かに攫われたようです。
駆け込んできた草薙先生の表情には、普段の冷静さがなかった。
その言葉を聞いて、青褪めながらもすぐに的確な指示を出し始めた己の隊長に、恋次は改めて尊敬の念を抱いたのだが。


何より見ていられなかったのは、咲夜さんだ。
朽木隊長は、すぐにでも飛び出して行こうとしたあの人を捕まえて、言ったのだ。
そなたは動くな、と。
咲夜をおびき寄せるための罠だったらどうするのだ、と。


確かに、あらゆる可能性を考えれば、咲夜さんが動くのは得策ではなかった。
詳しく知っているわけではなかったが、四十六室と何らかの確執があることは、何となくではあるが恋次も感じ取っていた。
漣家の巫女が、朽木家当主の妻という立場が、どれほど重いのかということも。


どうして私は、大切なもののために何もできないのだろうか。
いつから私はこれほどに無力になったのだろう。
何故私は、守られてばかりなのだろう。
そう呟いた悔しげな声と痛ましいほどに青褪めた表情は、普段の彼女からは考えられないものだった。


その上、やっと見つかったと思ったら、女性恐怖症だもんな・・・。
乱菊さんや伊勢副隊長を見て震えだした青藍に、皆が戦慄した。
三日間、彼がどんな目に遭っていたのかを、皆が推し量ってしまった。
それに対する怒りに、握った拳が震えていたのは自分だけではないはずだ。


「・・・できた!」
後味の悪い記憶に嫌な気分になっていると、青藍の明るい声が響く。
それだけで救われた気になるのだから自分も大概だ、と恋次は内心苦笑する。
青藍を見れば、どこか誇らしげに出来上がったそれを見せてくる。


緑色の、妙なフォルムに、長い手足。
太い眉と、謎の鉢巻き。
再現度の高いそれに、このくらいの年の子どもってこんなに器用だったか、と無意識に現実逃避をする。


・・・いやいや、待て。
そうじゃない。
青藍の美的センスが朽木隊長に似ているなんて、大問題だろ。
褒めて、とばかりに見上げてくる青藍は可愛いが、これは褒めた方が良いのだろうかと、恋次は逡巡する。


「青藍。そろそろ帰るぞ・・・って、どうした、それ。」
その時、当然のように窓から侵入してきたのは、草薙先生で。
青藍を迎えに来たであろう恩師は、青藍が持っている粘土を見てから、ワカメ大使の人形に気付いてじろりと睨んできた。


「おい阿散井。この俺がせっかく苦労して此奴の視界に入らないようにしてたっつーのに、何してくれてんだよ。青藍のセンスがご当主に似たらどうしてくれる。」
「草薙先生、そんなことまでしてたんすか・・・。」
「当たり前だろ!この俺が教育係なんだぞ!」


理不尽だ。
乱菊さんに人形を押し付けられただけでも不運だというのに、それを青藍に見られたことで草薙先生に責められるなんて。
俺が何をしたっていうんだよ・・・。


「むつき?これ、だめだった・・・?」
草薙先生の不穏な気配を感じたらしい青藍は、不安げで泣きそうな顔になる。
その瞳から今にも涙が零れ落ちそうで、それに焦りを見せたのは、草薙先生で。
慌てて青藍の頭を撫でた草薙先生に、青藍はほっとしたように笑みを見せた。


この人も大概青藍に甘々だよな・・・。
上手に出来てるな、なんて青藍を褒める草薙先生は、青藍を溺愛している人物の一人だ。
この面倒見のいい恩師は、青藍の泣きそうな顔に弱い。
本人に直接そんなことを言えば、すぐに否定するだろうけれど。


何はともあれ、今日は平和だな・・・。
今度は睦月と一緒に粘土をやり始めた青藍をちらりと見て、恋次は仕事に戻る。
そろそろ戻るであろう己の隊長が青藍の作品を眺めて満足気な顔をすることを予想しながら、恋次は筆を手に取るのだった。



2018.02.05
ワカメ大使絡みのお話が読みたい、というコメントがあったので書いてみました。
緑色の人形を見て、同じ色のもので再現してみようと考えた青藍。
青藍が作ったワカメ大使はきっと何処かで白哉さんが永久保存していると思われます。
ワカメ大使の出番があまりありませんね・・・。
ご希望に添えていなかったら申し訳ありません。


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