蒼の瞳、紅の瞳
■ 月明り


冴え冴えとした満月が空に浮かぶ夜。
この頃冷え込むようになった冷たい空気が、頬を撫でる。
それがまるであの男の手のようで、ジワリと涙が滲みそうになった。
早く部屋に戻ろうと足を速めれば反対側からやって来たのは、緑の男。


「・・・あら、睦月じゃない。どうしたの?こんな夜更けに。」
声を掛ければ特に驚いた風もなく返事が返ってくる。
「お前こそ何やってんだよ、乱菊。明日も仕事だろ。また日番谷に怒られるぞ。」
愛想のない表情と呆れを含んだ声にすら安心してしまうのは、こんな夜だからかしら。


「散歩よ、散歩。どこかの誰かさんの主と同じように、散歩をしてみたくなったのよ。」
「へぇ?珍しいな、お前が一人なんて。もっとも、うちのご当主は散歩は一人で出かけることが多いが。・・・全く、あの人はどこまで散歩に行ったのやら。」
「朽木隊長を探しに来たってわけね。」


「まぁな。・・・で?」
短い問いに首を傾げると、怪訝な顔をされた。
「・・・何よ。」
「人の声を聴いてあからさまに安心しただろ、お前。」


見抜かれている。
見抜いてほしくなかったのに。
でもやっぱり、見抜いてほしかったのかもしれないわ。
あたしはあたしの感情が良く解っていないのに、睦月はいつもすぐに人の感情を読み取るのよね。


「・・・少し、思い出しただけ。」
呟いた言葉だけで、睦月は全てを理解したらしい。
「そうか。確か、今日だったな。市丸の命日は。」
そう言って月を見上げる睦月もまた、ギンを思い出しているのだろうか。


「何年経っても駄目ね。」
自嘲すれば、盛大な溜め息が聞こえてきて、首を傾げる。
「お前は馬鹿か?」
「何よ、失礼ね。」


「俺は、何回か市丸と顔を合わせたことがある。先代の霊術院の医師に連れられて。・・・気は合いそうになかったが、俺は、彼奴を見て、それからお前を見て、似た者同士だと思ったよ。」
「そうかしら?」


「あぁ。気ままで、不真面目で、勤勉さの欠片もなくて。」
「悪かったわね。」
「そう睨むなよ。・・・なぁ、乱菊。お前は、彼奴が孤独だったと思うか。」
「・・・きっとそうね。いつも一人でどこかへふらふらと消えてしまう奴だもの。」


「やっぱりお前、馬鹿だろ。」
憐れむような視線を向けられて、つい口調がきつくなる。
「何よ。睦月に何が解るってのよ。あたしの方が一緒に居た時間は長いんだから!あんたに、何が解るっていうのよ・・・。」


「・・・お前がそれだけ彼奴のことを思っているのに、彼奴が孤独なわけないだろ。お前が居たから、彼奴は孤独じゃなかったし、一人で死ぬこともなかったんだ。そんで、彼奴が居たから、お前は孤独じゃなかった。」
静かな声が胸にしみる。


なぜ。
どうして。
自問自答を繰り返して、心の中のギンに問う。
もっとも、いつも曖昧な微笑みではぐらかされてしまうのだけれど。


「・・・命日ぐらい、良いと思うぞ、俺は。寂しいなら寂しいと言えばいい。泣きたいなら泣けばいい。誰もお前を責めやしない。少なくとも俺たちはお前を責めたりしない。なんなら、吉良でも呼び出せばいい。現世に行って、黒崎一護から話を聞くのもいいだろう。たまになら羽目を外してもいいぜ。俺が許可する。」


不敵に笑うこの男は、一体どこまで解っているのだろうか。
これ程までに心を見透かされてしまう自分が恥ずかしいはずなのに、なんとなく清々しい気分なのは何故なのだろう。
頬を伝う涙の温かさに、体がひどく冷えていることを実感する。


「・・・あんた、何でそんなにいい男なのよ。」
「ただの年の功だろ。これでもお前よりはだいぶ年上だからな。」
「何でそれでそんなに綺麗な顔してんのよ!腹が立つわ!大体、許可って何よ!何であんたの許可を貰わなくちゃならないのよ!」
「言葉のあやだろ。」


「適当なこと言ってんじゃないわよ。・・・でも、気分が落ち着いたわ。ありがと。」
「そりゃどういたしまして。・・・じゃ、俺はご当主探しに戻るかな。お前は早く帰って風呂入って温まって寝ろ。」
ぽん、と肩を叩いて去っていく睦月に苦笑して、乱菊は自分の部屋に戻ろうと歩み始める。


「・・・ご要望にお応えしてみましたが、あれでいいんでしょう、ご当主?」
曲がり角まで来て問えば、気まずそうな顔をする探し人の姿。
いつもと雰囲気が違った乱菊を見つけて困ったらしいこのご当主は、わざと俺に自分を追いかけさせて乱菊の元へ導いたのだろう。


「沈黙は肯定と取りますよ。さ、帰りましょう。毎回使いに出される俺の身にもなってください。大体ね、この際だから言いますけど、ご当主は睡眠時間が短すぎです。」
「・・・睦月よりは寝ている。」
「俺はいいんですよ。朽木家の中ではまだまだ下っ端ですからね。」


「その割には口が悪いようだが。」
「性分です。諦めてください。」
「・・・。」
「良いから帰りますよ。医者として、ご当主の不摂生は見逃せません。」


「・・・私はまだ、お前という男が掴めぬ。」
「こう見えて、俺、ご当主よりもかなり年上ですから。色々と修羅場も潜り抜けて来てますしね。それに・・・貴方はもう掴んでいるはずです。俺のことを。」
「どういうことだ・・・?」


「ま、それは追々お話しますよ。公私共に長い付き合いになるでしょうから。」
「お前のそういう所が掴めぬのだ。」
納得がいかないといった様子の白哉に、睦月は苦笑する。
この当主はとっくに俺を受け入れているくせに、その自覚がないのだ、と。



2017.11.13
久しぶりの番外編。
睦月の雰囲気がちょっと違うかもしれませんね・・・。
時期的には、青藍が生まれて咲夜さんが仕事に復帰したくらいのイメージです。
日番谷さんの前で素になっていた睦月を乱菊さんが目撃して、それから仲良くなったのではないかと思われます。


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