蒼の瞳、紅の瞳
■ 懐古B

春雪の日記を読み終えた咲夜は、唇を噛みしめながら、隣に居た冬獅郎に抱き着いた。
読み始めてから流れ出した涙は、止まる気配がない。
その気配を察してか、冬獅郎は彼女を振り払うことはせずに、春雪の隊長日誌に目を通す。
暫くの間、十番隊の第二書庫には咲夜のすすり泣く声だけが響いた。


「・・・これが、隊長のあるべき姿なんだろうな。」
読み終えた隊長日誌を置いた冬獅郎は、独り言のように呟く。
一日の業務の全てが書かれた隊長日誌は、余白まで文字が埋められていて、それほど仕事量が多かったことを表している。


『う・・・だ、だから、わ、たしの、た、たいちょ、は、そうの、たいちょ、だけ、なのだ。たいちょう、いがいの、ふくたいちょうに、なるなど、かんがえられない・・・。でも、もう、たいちょうは、いないんだ・・・。』
「宗野春雪という隊長は、幸せ者だな。」


『ほんとうに、そうおもうか・・・?』
「あぁ。」
『でも、たいちょうは、わたしの、せいで、まきこまれて、ちちうえも、たいちょ、をまきこんで・・・。』


「きっかけはそうだっただろうな。だが、宗野春雪という男は、幸せな奴の幸せな顔を見るのが幸せだったんじゃねぇか?それでお前にも幸せになって欲しかった。だからこそ、全てを賭けて、お前を見守ったんだろう。結果、お前は今笑えるようになったし、仲間もいる。それで十分だろ。」


冬獅郎の口調はいつも以上に大人びている。
諭すような静かな声が優しく鼓膜を揺らした。
・・・あぁ、冬獅郎は、ちゃんと隊長なのだ。
唐突にそれを理解して思わず笑う。
なんだよ、と怪訝そうな声が聞こえてきて、腕を緩める。


『とうしろーが、たいちょうみたい。』
「隊長みたい、じゃなくて隊長なんだよ。つか、泣くか笑うかどっちかにしろよ・・・。」
泣きながら笑う私を見て、冬獅郎は呆れた顔をした。


『ふふ。そっか。・・・ねぇ、冬獅郎。』
「なんだ?」
『宗野隊長、は、世界を、愛していた。当時は、解らなかったけど、今なら、それが良く解る。隊長だけじゃない。父上も、蒼純様も、皆、世界を愛していた。私を、愛してくれていた。』
「・・・そうだな。」


『父上も、隊長も、蒼純様も、きっと、私と関わらなければ、もっと幸せな人生を送ったことだろう。でも、彼らは、自分のその幸せを犠牲にしてでも、私を見捨てなかったのだ。・・・私もそうなりたい。貰った愛を返すことは出来ないから、返す代わりに、誰かに愛を与えられるようになりたい。』


「いいんじゃねぇか、それで。他人の幸せを幸せに思う、ってのは、重要だぜ。羨んでも、憎んでも、身の上は変わらない。だったら、気が楽な方がいい。」
『そうか。そうだな・・・。冬獅郎の言う通りだ。冬獅郎のくせに良いことを言う。』
言いながら頭を撫でれば、冬獅郎は迷惑そうにその手を振り落とす。


「鬱陶しい。いい加減離れろ。」
『あはは。はーい。・・・ね、冬獅郎。宗野隊長の隊長羽織があるんだが、着てみないか?』
「・・・・・・一応聞くが、宗野春雪の身長はお前より高いか?」
『高いぞ?』


「・・・・・・じゃあ、遠慮する。」
『えぇ?それなら、私が着てみようかな。』
鼻歌を歌いだしそうなほどご機嫌な様子で咲夜は近くにあった羽織が入っているであろう箱を開ける。
出てきた百年以上も前のものだとは思えないほどに真新しい白い羽織。
袖のあるタイプのその背には、十の文字が刻まれていた。


ふわ、とその羽織に袖を通した咲夜を見て、冬獅郎はあることに気付く。
驚くほどに咲夜にぴったりなのだ。
もしかしなくても、こいつのために仕立てた羽織だろ・・・。
よく見りゃ同じ箱の中に副官章まであんじゃねぇか・・・。


宗野春雪。
あんたは、咲夜さんにそれを着て欲しかったのか。
それが着られるようになるまで、全てを賭けてこの人を守っていくつもりだったのか。
この人が、安心して背中を任せられる相手を見つけるまで、あんたがその背を守るつもりだったのか。


「・・・宗野春雪恐るべし、だな。」
『え?』
「その姿、皆に見せて来いよ。その姿を見たかったのは、宗野春雪だけじゃないはずだ。その羽織は、お前のために作られた羽織だぜ。」


『私のために・・・?』
「どう見てもお前サイズだろ。袖も、丈も。・・・お前がそれを着て、背中を預けられる副官を選んで、そいつがその副官章をつけて、お前の背中を守る。それが、宗野春雪の、いや、お前を慈しんだ人たちの、夢だったんだろうな。」
それを聞いた咲夜の瞳に涙が盛り上がって、ぽろりと零れ落ちる。


「お前の立場と性格上、それが叶わないことなんて、百も承知だっただろうが、それでも、夢を見ずにはいられなかったんだな。・・・その羽織、似合ってるぜ、咲夜さん。見せに行って来いよ。今日だけ、十番隊の隊長を譲ってやる。」


『・・・ふふ。そっか。それじゃあ、今日は冬獅郎が私の副官だ!』
涙をぬぐった咲夜は、笑顔でそう言い放つ。
「はぁ?何で俺だよ・・・。」
『副隊長の任命権は隊長にある。冬獅郎に拒否権はないのだ!』


「うわ、ちょ、待て!おい!咲夜さん!!!」
冬獅郎を捕まえて、彼の隊長羽織を脱がす。
副官章を手に取れば、懐かしさが込み上げてきた。
その温かな懐かしさに笑みを零しながら、可愛い教え子の腕に副官章を結ぶ。


『これで良し!行くぞ、冬獅郎!初仕事だ!宗野隊長の日記を朽木家に運ぶぞ!』
「朽木家に持ち帰る気かよ!?」
『当然!宗野隊長の他の私物も後で取りに来る。引き取り手が私ならば、誰も文句は言うまい。白哉なら物置の一つや二つ用意してくれるだろう。良いから行くぞ!隊長命令だ!』


あっという間に日記の山を持たされて、背中を押されながら第二書庫を出る。
自分たちの姿に唖然とした隊士たちを横目に見て、冬獅郎は小さく笑った。
この人が本当に隊長になったら、隊士は相当苦労するんだろうな・・・。
苦笑を漏らした冬獅郎は、先を行く咲夜の背中を追いかける。
彼女に当たり前のように副官に指名された自分が、少し誇らしかった。


朽木家に荷物を置いて、隊長たちに顔を出す。
皆が一様に驚き、誇らしげな咲夜に笑みを零した。
副官姿の冬獅郎は皆に揶揄われてげんなりするのだが、笑う咲夜を見て、仕方がないかと諦める。


『ねぇ、冬獅郎。』
「なんすか、咲夜隊長。」
『今日が終わったら、この羽織は冬獅郎が持っていてくれないか。この羽織を、君に着て欲しい。』
「だが、それは・・・。」


『宗野隊長からの大切な贈り物だ。だから、君に託す。宗野隊長が私に託したように、今度は私が君に託す。それで、その副官章は君から乱菊に。この先もずっと、そうやって、託し、託されて、未来が続いていくのだろう。・・・それでいいのでしょう、宗野隊長?』


びゅう、と咲夜の問いに答えるように風が吹く。
太陽の光を反射した白い羽織が、誇らしげにはためいた。
風の中に懐かしい笑い声が乗っていた気がして、笑みを零す。


世界は私の想像以上に愛しいものなのかもしれない。
そんなことを思った自分に驚いて、苦笑を漏らした。
ありがとうございます、宗野隊長。
どうやら私は、少しだけ、貴方に近づくことが出来たようです。




2017.03.23
復帰編の追いかけっこ大会の前あたりのお話でした。
副官の冬獅郎さんが後ろを着いてくる姿は可愛いのだろうなぁと思います。
春雪の日記は、朽木家で大切に保管されて、白哉さんも目を通すのでしょうね。


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