蒼の瞳、紅の瞳
■ 夜語り@

二人は、ほろほろと酒を呑んでいた。
妊娠中の咲夜が早々に眠ってしまったために、珍しく、二人で。
朽木邸の縁に座り、夜空に浮かぶ月を眺めながら。
「睦月。」
しばらく無言で酒を呑んでいた二人だが、白哉がその沈黙を破った。


「なんですか?」
睦月は視線を月から白哉に移した。
「咲夜は、どうだ?」
白哉は月を眺めたまま睦月に問う。


「最近は安定しているようです。出会った時からは想像できないほど、良く笑っていますし。感情も人並みに発達してきましたしね。」
睦月は視線を月に戻しつつ答える。
「そうか。」


「出会ったときは、人形のようだった。どんなに笑っていても、心が笑っていない。俺にはそう感じられました。」
そう言いながら、睦月は初めて咲夜を見たときのことを思い出す。
・・・死人のような瞳をしていた。
いや、実際死んでいたのかもしれない。
睦月は内心で呟く。


「・・・そうか。」
「常に張りつめているようだった。まぁそれは、追っ手から逃げていたので仕方がないのかもしれませんが。夜も眠れないのか、何度か睡眠薬を処方しましたよ。でも、眠ったら眠ったで魘されるんです。」
その時は解らなかったが、咲夜さんについて知った今なら、その理由が理解できる。


「それで、目が覚めると、「何故、私はここに居るのだろう。」って。俺にはその言葉が、自分自身を否定しているように聞こえた。そこからは心の闇の深さがうかがえました。」
話し始めた睦月に白哉は静かに耳を傾ける。


「理由を聞いて、納得しましたけどね。幼いころの記憶というのは、一生抱えなければなりませんから。そのうえ、自分を大切にしてくれていた人を失った。隊長の亡骸をみて、自分の無力に胸が千切れそうになったと、そう、言っていました。」
「・・・宗野隊長は、咲夜をずっと守っていた。」
白哉は思い出すように言う。


「えぇ。咲夜さんはきっと今でも、自分のせいで隊長が死んだと思っているのでしょう。自分の斬魄刀が彼を殺めたのだから仕方ないのかもしれませんが。もちろん、その事実を知らなかった当時も、自分を責めていたのでしょう。でも・・・咲夜さんは死のうとはしなかったんです。あれほどの闇を抱えている人なら必ずどこかで生きることを諦めてしまうものです。俺にはそれが不思議だった。」
白哉はそこで一口酒を含む。


「そんな時、蒼純様がなくなられたという情報が流れてきましてね。そうしたら咲夜さん、しばらくその場に立ち尽くして。泣くことも出来ない様子で。俺は、蒼純様という人が彼女を繋ぎとめていたのだと思ったんです。だから、その人がいなくなったのなら、彼女が自ら死を選んでしまうかもしれないと、そう思ってずっと監視していました。」


あの後姿には孤独しかなかった。
それが睦月には怖かったのだ。
長く医者をやっている睦月は、儚く散っていく命を何度も見てきた。


「でも、俺の予想は外れました。咲夜さんは、暫くして何かに気付いたように、小さく呟いたんです。そして、それまで見たことがないくらい、焦った様子で、駈け出して行きました。その時、俺は初めて彼女の生きている瞳を見ました。その瞳に映っていたのは悲しみではなくて、誰かを心配するような、そんな、感情だったと思います。」


睦月はその時初めて、咲夜の瞳を美しいと思った。
目の前の白哉にそんなことを教えはしないが。
「その時、何を呟いたのだ?」
白哉が睦月に視線を向ける。


「俺には聞こえないくらい小さくつぶやいたので、本当のところはわかりません。でも、今思うと・・・ご当主の名を呼んでいた気がします。」
「そうか・・・。」
睦月の言葉をきいて白哉は再び視線を月に戻す。


「そして、目を泣きはらして帰ってきました。でも、その瞳は真っ直ぐに何かを見つめていた。俺は、それを見て、もう大丈夫だろうと、直感的に思いました。泣けるのならば、大丈夫だと。・・・それからの咲夜さんは、どこか人間らしさを取り戻したようでした。何か足りないものが満たされたような。それはとても小さな変化でしたけど。でも、その時の咲夜さんにとって一番重要な変化だったのでしょう。」
睦月はそう言って酒を呑む。



2016.06.19
Aに続きます。

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