蒼の瞳、紅の瞳
■ 35.暗い過去

あれは、蒼純様が死神になると同時に漣家に戻ってからのこと。
毎日、毎日、漣家のことについて叩き込まれた。
儀式のための舞も、自らの力のことについても。
教えてくれたのは祖母だった。


私は祖母が嫌いだった。
というより、漣家が嫌いだった。
漣に連なる者たちは皆私に腫物を扱うように接してきたから。
朽木家に居たときのような温かさは微塵もなかった。


祖母は厳しかった。
容赦なく、私に手をあげる人だった。
私がどんなにひどい仕打ちを受けていても助けてくれるものは漣家の中には居なかったし、私は「巫女様」と呼ばれるだけで、名前を呼んでくれる者は居なかった。


・・・叔母上以外は。
だが、その叔母上はすでに結婚し、漣家を出ていたため、そう頻繁に会うこともなく、また、母は私を生んでから体調を崩して離宮に移っていたから、私は屋敷の中でいつも一人だった。
誰も信用できなかった。


銀嶺おじい様や蒼純様は死神の務めで忙しくしていて、朽木家に出向いても会うことが出来なかった。
それに、祖母に叩かれて顔が腫れていることもよくあったから、そんな顔では会いに行くこともできず、行動も制限されるようになっていったから、朽木家に出向くこともできなくなった。


私は日に日に心を閉じていった。
誰とも目を合わせず、誰とも喋らず、表情もなくなっていった。
ただ、祖母のいうとおりのことをやり、それが出来ないと打たれる。
私はそれを黙って受け入れる。


一度だけ、祖母に聞いたことがある。
『何故、私は生まれたのでしょうか。』
そう言った私に祖母は冷たい目を向けた。
「そんなもの私が聞きたいくらいだ。お前など生まれてこなければよかったのだ。本当なら、殺してやりたい。」


『・・・何故殺さないのですか。』
「お前が剣の巫女だからだ。それだけの理由で、お前は漣家に生かされているのだ。お前の名を呼ぶものがこの家に居るか?皆がお前を「巫女」としか呼ばないのは、お前が漣の道具だからだ。」


道具。
皆、私を道具としてしか見ていないのか?
私は、咲夜ではないのか?
そのときから、私は痛みを感じなくなった。
痛みだけでなく、感情も。


感覚が麻痺したのだ。
いや、生きることを放棄したのだろう。
それからの私は何を感じることもなく日々を過ごした。
私が父について聞くと、屋敷の者たちはそろって口を噤んだ。
祖母は私が父について質問すると、無言で私を殴った。
私をきつく睨みつけて、どこか悲しそうな瞳で。


ある時、私は書庫で父に関する書物を見つけた。
それは、父の死を装うための偽装された資料だった。
父は生きているのか?
そう思って詳しく調べようとした時、祖母がやってきて、その書物を取り上げられた。


その時、私は初めて祖母に対して怒りをあらわにした。
それまで我慢していたものが一気に流れ出て、私はその激しい感情を抑えることが出来なかったのだ。
全て、壊れてしまえばいい。
その時の記憶は殆どないが、そう思うことしか、出来なかったのだと思う。


祖母はそんな私を見て、怯えているようだった。
狂ったように暴れる私は、鎖に繋がれ、牢に閉じ込められていた。
暴れる気力も体力もなくなって、気が付いたら、私の体は傷だらけだった。
自我を取り戻した私は、すぐに霊術院へと入れられた。
漣家にこれ以上とどめておくのは危険だと判断したのだろう。


そして、浮竹や京楽と出会った。
二人の温かさに触れて、私は漸く感覚を取り戻した。
彼らは私を私として受け入れてくれて、私の名を呼んでくれた。
私は「巫女」としてではなく、漣咲夜として生きてもいいのだと、そう思うことができた。


それから、白哉に出会ったのだ。
産まれたばかりの小さな白哉に。
私に真っ直ぐに手を伸ばしたその存在が、どれほど救いだったことか。
あの時確かに、私は、白哉の中に光を見たのだ。
酷く眩しい光が、私には見えたのだ。
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