あなたの顔



(シンドバッドと北風兄。ほもくさい)



ばちん、と両頬を手のひらで押さえられた。本来なら力ずくで振り払える手なのに、国王という地位が邪魔をする。精々できることと言ったら、その端正な顔が視界に入らないよう目一杯顔をそらすことくらいだろう。


「お前は本当に俺の顔を見ようとしないな」
「み、見たら一生立ち直れない気がするので…」
「鏡を見てから言え。お前も十分整った顔をしているじゃないか」
「ははは!ご冗談を…!!」


目の前から引きつった笑い声が上がり、シンドバッドは不愉快そうに顔をしかめた。こいつ、いくら言っても聞かない気だな。どこの誰だか知らないがずいぶん面倒なトラウマを植え付けてくれたものだ、と溜め息を吐く。

他の八人将たちにはだいぶ慣れたようなのに、自分にだけ懐かないというのはあまり面白いものではない。おまけに理由が理由だからなおさら気に入らない。向こうが力ずくで拒否できないのをいいことに、シンドバッドは無理矢理交流を図ろうと距離を詰めた。


「なら、シンドリア国王として命ずる」
「は、はい…」
「俺の顔を、その両目に映せ」


あからさまに、目の前の人物の動きが止まった。呼吸まで忘れてしまったのか、上下していた肩はぴたりと動かなくなり、瞬きすらせずに固まっている。…ここまで拒否されるとさすがに傷つく。

それからたっぷり間を置いて、彼は深呼吸を繰り返した。どうやらシンドバッドの命令を聞く気になってくれたらしい。本当に、この子は反応といい判断基準といい、ちょっかいを出すと高確率で面白い反応が返ってくる。

そうやって飽きないなあと微笑む余裕があったのも、そこまでだった。


「これで、よろしいでしょうかっ」


真っ直ぐにかちあった橙色の瞳。赤い髪の下、部下によく似た形の、そのくせどこか脆い両目に自分だけが映っている。

ぐらりと、何かが揺れた気がした。


「…すまない、もうこんな我侭は言わないようにする」
「あ、そうしていただけると本当に助かります」


心底ほっとしたように顔を緩めているのは小憎たらしいが、あれ以上見ているのも危険だった。何が危険だったとは考えたくないが、とにかく何かが危険だった。

これ幸いと逃げ出す少年とも青年とも呼べない背中を目だけで追って、シンドバッドは深く溜め息を吐いた。




あなたの顔

その目を独り占めにしたい


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