あか色もも色



あたしは生まれて初めて、紅い目をした人を見た。


「おい!あんまりジロジロ見たりするんじゃないよ!」
「…うん」


隣でマスターが小声で何かを言っていた。とりあえず返事だけはしといたけど正直なんて言っていたのか分からなかった。あたしはただ、ぼーっと取り憑かれたようにその紅い瞳を見続けた。


「…キッド」
「構うな、ほっとけ。ただのガキだ」


カウンターに座り、グラスを傾けながら隣の人と何か話している。ああ、あの人の名前はキッドっていうんだ。あんなに真っ赤で怖いのに名前は“こども”なの?なんて不釣り合いな名前。


「おいガキ」
「……(しかし髪まで紅いとは)」
「ガキ!!てめえだ!!」
「っ、え!?あたし!?」


不意に、カウンターの端に座っていたキッドさんがあたしのことをきつく睨みながら声を上げた。横ではマスターが言わんこっちゃない、とでも言いたげな顔をしている。え?何?もしかしてあたし、何かした?

キッドと呼ばれた男の隣では、妙なマスクの男が肩を竦めて溜め息を吐いている。当のキッドさんはカウンター内から出てこいと目配せをする。そしてあたしは怪訝な顔をしながらカウンターを出た。

うわ、近くで見たらもっと怖いよこの人。目え真っ赤。髪真っ赤っか。…あ、爪は真っ黒ですか。

明らかに苛立っている人物にご指名を受けたにも関わらず、あたしはキッドさんを髪の先っちょから爪先まで品定めでもするようにジロジロと見ていた。でもやっぱり、最終的に視線が釘付けになったのは彼の目だった。


「ガキ。名前は?」
「………」

「自分の名前も言えねえのか?」
「………」

「…人の話を聞け!!」
「いっだぁ!!」


頭がぱっかーんと割れるんじゃないかって勢いで殴られた。とっさに抑えたら血も出てないし中身も出てないので割れはしなかったみたい(なんてグロい話だ)。ただ、代わりにでーっかいたんこぶがそこにあった。あたしはチクショーと恨みを込めて紅い男を睨み上げてみる。


「…なんでいきなり殴るんですか」
「お前が人の話を聞かねえからだろ」
「はあ…」
「チッ。分かってねえだろてめえ」


ええもちろん、と言いそうになった口を慌てて押さえる。これ以上余計なことを口走ったりしたら本気で頭の中身が出かねない。ここは大人しく、女の子らしくかわいーく小首を傾げることにしよう。


「…で、何の話でしたっけ?(こてん)」
「キラー、コイツもう一発殴っても良いか?」
「やめておけ。次、殴ったら本当に人の話も聞けない体になる」
(こっわああああ!!)


冗談じゃない!殴っただけでそんな体になるなんて一体どんな怪力だ!しかも冗談に聞こえないから尚質が悪い!もうここはよく分かんないけどとりあえず謝ってさっさと店の奥に引っこ…。


「逃げる気か?」


捕 ま っ た !

たんこぶのせいで一回り大きくなった頭をがっしりと掴まれ、顔を逸らすことも叶わず冷や汗をだらだらと流す。ヤダ、この人怖いくせに無駄にイケメン…!でも怖い!


「俺はこんな髪色に、眼の色だ。ジロジロと見られることには慣れてる」
「…っ」
「でもお前、さっき俺の名前聞いて笑っただろ」
「わ、笑ってません!」
「嘘吐け。この口が吊り上がるのを俺は見た」
「いひゃいへひゅ…」


片方の手はあたしの頭を押さえ込んだまま、もう一方の手で頬を引っ張られる。空気が抜けて変な声しか出ないけど、やっぱり痛いのはやめて欲しいので必死に主張した。

いひゃいいひゃいはなひぇほんにゃろー、らってこんなに怖い顔してるのにキッドなんてカワイイ名前してるのがいけないんですよ。そっちが悪いんですよ。あたしは悪くありません。


「…ほう?」
「!!」


しまった!いつの間にか頬を引っ張る手が離されてたせいで肝心な部分をまるっと全部本人に言っちゃった…!どうせ何を言ってるか分かんないだろうと調子に乗った結果がこれだよ!

今度こそ、あたしは死を覚悟した。ああ、きっと今度こそ、今度こそ頭をぱっかーんと割られて死んじゃうんだ。…泣きたい。

だけど、いつまで経ってもキッドさんがあたしを殴るような素振りは見せない。片方の手はあたしの頭の上に乗せられたまま。じゃあ、さっきまであたしの頬を引っ張ってたもう片方の手は?


「ク…、ククッ」
「ん?」


くつくつと喉の鳴る音に顔をしかめる。キッドさんのもう一方の手は、なぜかキッドさん自身の口元を押さえていた。まるで笑いを堪えるように。

事態が全く飲み込めず、助け船を求めようとキラーと呼ばれていた人の方を見たのだが…。ダメだ。表情が全く分からないので助け船になりそうにない。

仕方なく、自分でキッドさんに声を掛けることにした。


「あのー…。何がそんなにおかしいんですか?」
「クク、お前がだよ。ここまで毒気を抜かれたのは初めてだ」


お前の言葉は不思議と腹が立たねえ。

そう言って目の前でニヤリと笑った紅い人。間近で見たその顔は思っていたよりもずっと綺麗で、不覚にも、あたしの顔は彼の瞳と同じ色に染まったのでした。




あか色もも色


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