ハロウィン1
(ロビン視点)
「航海士さん。今日は何日だったかしら?」
「ん?えーっと、たしか10月31日よ」
「あら、もうそんな時期?」
読んでいた本をぱたりと閉じて空を見上げる。私と航海士さんの髪を掬うように、暖かな風がひとつ流れた。時期や月日が分からなくも無理はないわね。だってここは“偉大なる航路”ですもの。
「ふふ、船長さんや船医さんあたりは凄く喜びそうな日ね」
「ああそっか、10月31日はハロウィン…」
トリック・オア・トリート。
その言葉ひとつでお菓子がもらえる今日、この日。もちろん、お菓子をあげない場合はイタズラされてしまう。船長さんや狙撃手さん、それに船医さんなんかはどちらでも楽しいんでしょうね。お化けに扮した三人を思い浮かべて、つい笑みがこぼれる。
隣で何か考え込んでいる航海士さんは反対に、眉間に皺を寄せてうんざりしたような顔。何にうんざりしているのかは容易に察しがついて、やっぱり笑みがこぼれた。
「きっと三人は今日が何日、だなんて把握してないから大丈夫だと思うけど…」
「何が大丈夫なんだ?」
私の言葉を遮るように、金糸を揺らしながら名前が現れた。こてん、と(本人にこう言ったら怒られるでしょうけど)愛らしく首を傾げてこちらを見ている。隣で航海士さんが言ってはダメ、と目配せをしていたから、私はそれに小さく笑って言葉を返した。
「なんでもないわ」
「ふーん?ま、別にいいけどさ」
名前は特に深く追及するでもなく、ひとつ鼻を鳴らすとすぐにその話を終わりにした。私は名前のこういう所が好きだわ。決して深入りはせず、だけど離れるわけでもなく、一歩退いた所でそっと寄り添うこの距離感。それが不思議と温かい。そう感じているのは、きっと私だけじゃないはずよ。
「それよりさ、なんか余ってる布とかねえかな?できるだけでっかいの」
「布?あんたそんなもん何に使うつもりよ」
「そんなの決まってるだろ?」
だって今日はハロウィーン!
おばけがいなきゃ始まらないものね