「よし!決めた!」


ひとしきり兄妹を抱き締めた後、シャルルカンはそう言って深く頷いた。いったい何を決めたと言うのか。セドとラナンラは不思議そうに首を傾げるだけだったが、嫌な予感しかしなかったヤムライハの目はとても冷たい。


「決めたとは、何を決められたのですか?シャルルカンさん」
「なぁに、お前らにとってもそう悪い話じゃねえさ。たしか母親を探してるんだったよな?」
「はい。でも旅費が尽きてしまったので、しばらくはこの国に留まることになりますが」
「お!ならなおさら丁度いいな!すぐに王の所へ行こう!」


詳しい説明もなく、二人の手を引こうとしたシャルルカン。しかし腕が伸びるだけで体が前に進まない。あれ?と思って後ろを見ると、顔を真っ青にさせたセドと眉間に皺を寄せたラナンラがその場で棒立ちしていた。


「おい!お前たちにとっても悪い話じゃねえって言っただろ!つーか力強いなお前ら!」
「シンドバッド国王に会うのには、心の準備が…」
「私は鼻の準備が…」


空いた方の手で胸の辺りの服を掴むセド、鼻をそっと押さえるラナンラ。反応はそれぞれだったが、とりあえずシンドバッドに会いたくないらしい。

シャルルカンに対しては劣等感よりも憧れの方が上回ったため大丈夫でも、根本的にコンプレックスがなくなったわけではない。セドはシンドバッドが怖いのだろう。ラナンラのは単に、利き過ぎる鼻がシンドバッドについた様々な香の匂いを拾ってしまうせい。


「「そもそも理由も説明せずに連れて行こうとするのが悪い」」


ヤムライハとピスティが声を揃えてシャルルカンを非難する。それもそうだ。


「わぁったよ。説明すりゃあいいんだろ?」
「もったいぶってないでさっさと説明しなさいよ。私はまだ彼らに聞きたいことがたくさんあるの」
「ふふふ、まあそう焦るな。…俺は、こいつらを武官に推薦することにした!」
「「はい!?」」


武官。それはつまり、王宮に勤める兵士たちのこと。国を守るために力を振るい、貿易船の護衛や街の整備など、国王の指示あらばどんな力仕事でもどんとこい、の武官。当然、王宮という国にとって重要な設備に勤める以上、一定以上の信頼がなければ推薦することはおろか、志願することすらできない。そこに二人を推薦しようと言うのだ。無茶にもほどがある。

セドはすぐに反論した。


「何を言ってるんですか!?昨日今日会ったばかりの人間が一国の武官になんてなれるわけがないでしょう!」
「いや、八人将の俺の口添えがあればいけるだろ」
「八人将?がどういう階級かは知りませんが、私もそれはさすがに無理だと思いますよ」
「ご迷惑をおかけした身なのに、この上雇っていただくなどおこがましい…」
「俺がいいって言ってんだから、とりあえず王に会うだけ会ってみて…」
「いいえ!俺たちはこのまま失礼させていただきます!」
「と、お兄ちゃんが申しているので私もこれで」


とん、とん、と軽く跳ねるように飛び退き、二人はシャルルカンたちから距離を取った。待てと言われて待つ人はいない。最後に深く一礼すると、王宮の屋根伝いにさっさと姿を消してしまった。

呼び止めた手が虚しく下げられる。やっとまともな後輩ができると思ったのに。シャルルカンはがっくりと肩を落とした。しかしすぐに隣から立ち上る殺気に気づき、ぎこちなく首をそちらに向けた。


「まだ、聞きたいことがあったのに…」
「あ、いや、まさかこうなるとは思ってなくてだな…?」
「あんたのせいよおおお!!!」


ほとばしる蒸気がシャルルカンを突き上げる。空気を裂く音と共に落ちてきた彼は、怒り狂うヤムライハに踏みつけられて情けないうめき声を上げた。

アールヴの民は、山奥に住んでいる。ルフの声を聞くという不思議な力を持つことと、著しく低下した視力もあって外界との交流は皆無に等しい。文献にもその名前とルフに関する一節があるのみで、詳しいことは何一つ記されていない。だから、ヤムライハにとっては本人たちに話を聞ける貴重な機会だったというのに。


「これはシャルが悪いよー」
「くそお…なんでこうなる…」


蒸気で濡れネズミになったシャルルカンの横に屈み、ピスティはちゃんと謝りなと助言する。しかし、シャルルカンが頷くことはない。妙な決意だけを胸に抱き、傍らの草を握り締めた。



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