シャルルカンは、その目を疑った。


「…というわけで、俺たちアールヴの一族は耳が大きくなったと言われてるんだ」
「なるほど…。とても神秘的な一族なのね。それと視力の話だけど…」


休憩になったからと昼寝でもするつもりで中庭へやって来たシャルルカン。しかしそこにはすでに先客がいた。黒いとんがり帽子のヤムライハと、とんがり耳の見慣れぬ男。妙に親しげに話しているが、男の方に見覚えはない。

誰だあいつ、見たことない顔だ。ヤムライハもなんで文官の正装なんだ。え?まさか?いやいやあいつに限って。…え?


「シャルルカン、盗み見?」
「のわあああっ!?」


…と、そこまで考えが至ったところでピスティに声をかけられ、つい大きな声を上げてしまった。慌てて柱に隠れてももう遅い。声に気づいたヤムライハが怪訝な顔でシャルルカンを睨んでいる。


「うるさいのが来たわね」
「き、昨日のイケメン…!」
「あれのどこがイケメンよ。もっといい男なんて星の数ほどいるわ」


吐き捨てるように言って、ヤムライハが立ち上がる。少し離れた所でパパゴラスと戦っていたラナンラにも会話だけは聞こえていたから、それとなく近くまでやってきた。逃げ腰になっている兄を捕まえ、ヤムライハとシャルルカンのやり取りに耳を傾ける。


「なんだよ、新しい男でも捕まえたのか?」
「はあ?あんた何言ってんのよ。彼らは昨日マスルールたちが連れてきたんじゃない。もう忘れたの?」
「えっ!?昨日の!?」
「そうよ。分かったら目障りだからとっとと消えなさい」


しっし、とまるで犬猫のような扱いを受け、ピスティが若干の同情の眼差しを向けた。シャルルカンはというと、顔面格差社会だなんだと言っていた男の素顔を見て、別に悩むような顔はしてないじゃないかと首を傾げている。

セドもラナンラも、十分整った顔の部類に入る。まあ、ラナンラの胸が小さいのは否定できないが、それでも年を考えれば相応と言っても差し支えない。

ならばなぜ、ああも怯えるのか。その理由は彼らが正確に周りと比べる術を持たなかったことにある。


「アールヴの一族は大きな耳が特徴よ。文献には“ルフの声を聞く者たち”としか載っていなかったけど、この耳はルフの声を聞くために大きくなったらしいわ」
「…それとこれとが何の関係があるんだよ」
「ルフの声が聞こえるようになった代わりに、彼らの視力は著しく低下してしまったの。お分かり?」
「イケメンはボヤけてもイケメンと分かるからイケメンなんです…」
「いや、それだけじゃ分かんねえって」


思わずぺしり、と手の甲で叩く。叩かれたセドはいつの間にか巻いていたターバンを目元までずり下げ、極力シャルルカンを見ないようにしている。


「昔、村の外で会った人に“ブサイク”って笑われたんです。村じゃ容姿のことを言う人なんて誰もいなかったから、怖くて仕方なくて…」
「私は“すっげー貧乳”と馬鹿にされて、それ以来巨乳が怖くて…」


二人にはファナリスの血が流れている分、他の一族よりも視力が高い。けれど周りの人たちにはほとんど見えないわけだから、容姿を褒められることも貶されることもなかった。

そうして初めて容姿を指摘された時、行き過ぎたコンプレックスを抱くことになってしまったのだ。




「やっぱよくわかんねーなー」


一通り説明を聞いたシャルルカンは、そう言って後ろ頭を掻いた。胸に関して思うところのあったピスティが無神経だと憤慨している。男はむっちりしたのが好きなんだ、シャルに女の子の気持ちが分かるのか、と。それに対するシャルルカンの言い分はこうだ。


「だってセドは別にブサイクなんかじゃないし、女が胸ってのも偏見だ。少なくとも俺は胸に興味がない」


やっぱほら、女はあそこだろ…と最後は言葉尻を濁したが、途中まではなかなかそれらしいことを言っていた。

現に、シャルルカンを見る兄妹の目付きが変わった。


「例えお世辞と言えど少しだけ勇気が出ました!ありがとうございます!名も知らぬ御仁よ!」
「あ、俺シャルルカンね」
「私も勇気が出ました!そうですよね!戦うのに胸は邪魔だとお母さんも言っていましたし、奇特な趣味の男の人だっていますよね!シャルカンさん!」
「“ル”が一個足りない。俺シャルルカンだから」
「「シャルルカンさん!!」」


きらきらと、純粋に光る目が眩しい。ヤムライハはあれだし、ピスティもあれだし、マスルールなんかもっとあれだし…。こういった尊敬の眼差しに縁遠いシャルルカン。もちろん、悪い気はしない。


「俺は!こんな後輩が欲しかったんだ…!」


空気は読めないが雰囲気には乗せられやすい男、シャルルカン。例えヤムライハとピスティに蔑むような目で見られても、兄妹を抱き締める腕は緩まなかった。



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