朝食を終えた二人は、そのまま与えられた部屋でお呼びの声がかかるのを待っていた。当然お叱りの言葉をいただくことになるだろうと思って、その時点からすでに怯えていた。いざ謁見の間に呼ばれた時も表情は固く、握り締めた指先は白くなるほど。

ここまでは呼びに来たジャーファルにも理解できた。一国の王の前に出るのだ。それくらいの緊張もする。…しかし、彼らの言う“格差社会”の意味は微塵も理解できなかった。

事の発端は、


「できればきちんと顔を見て話をしたいんだが」


というシンドバッドの一言である。その言葉を聞いた途端、セドは目を見開き、驚愕の表情でシンドバッドを見た。しかしそれも一瞬で、次の瞬間には何かスイッチが入ったかのように取り乱し始めてしまったのだ。


「が、顔面格差社会反対…!!無理です!俺すっごいブサイクなんで!イケメンの前に顔を晒すなんて無理です!」
「ブサイクって…まさか、そのためだけに顔を…?」
「それ以外に何があるっていうんですか!…ちょ、近い近い近い!やめてくださいイケメン顔を近づけないでください!!」
「いやあ、ダメと言われると余計見たくなるというかだな」


目を瞑って必死に首を振るセドと、逃げられないように両手首を掴んで顔を近づけるシンドバッド。傍から見ているといけないことをしているように見えるのでやめて欲しい。まあ、セドの方が倍以上に力が強いのですぐに振りほどかれてしまったが。


「ファナリスの血をお忘れですか、シン」
「いたたたた…別に忘れていたわけではないさ。現にほら、この通り」


呆れて溜め息をつくジャーファルに助け起こされるシンドバッド。悪戯っぽい笑みと共に掲げられたその手にはターバンが握られている。セドが慌てて顔を触って確認するが、あるのは素肌と髪の感触のみ。顔を覆う布はどこにもなかった。


「き、」
「き?」


見る見る内にセドの顔が青ざめていく。この場に同席していた八人将はジャーファルとマスルールだけであったが、お互いに何かを察知して耳を塞いだ。もちろん、ラナンラもしっかりと耳を塞いでいる。


「きゃああああああああ!!!」


直後、突き抜けるような悲鳴が上がった。女みたいな悲鳴を上げるなとか、顔を見られたくらいでなんだとかかんだとか。シンドバッドも言いたいことはいろいろあったが、耳鳴りがひどくてそれどころではなかった。

ひとしきり叫んだ後、セドは顔を押さえて窓際のカーテンにくるまって隠れてしまった。さすがにここまでの反応をするとは誰も思っていなかっただろう。ラナンラが呆れた表情で溜め息を吐く。


「はあ…うちの兄がすみません」
「元はと言えばシンが悪いんです。ラナンラさんが謝る必要はありませんよ」
「お、俺だって悪気があったわけでは…」
「シンは少し黙っていてください」
「…はい」


しかし、あの怖がり方は少し異常ではないか。説明を請うような目が三対、ラナンラに向けられるも、彼女は全く気づいていないかのような素振りで話を続けた。

度重なる無礼を詫び、部屋の礼と、罰があれば受ける旨を伝え、兄のあれは病気みたいなものだから見逃してほしいと頭を下げる。

もとより責めるつもりのなかったシンドバッドは、気にするなと言って朗らかに笑った。


「それより、君たちはこれからどうするつもりなんだ?」
「とりあえず資金集めでもしようかと。ここへ来るまでに旅費が尽きてしまったので、暗黒大陸までの船賃を稼がないと」


言いながら、未だカーテンにくるまったままの兄を叱咤し、手早くターバンを巻いてやって自分の隣に立たせる。上がダメだと下がしっかりするというのはよくあることだ。


「いろいろとご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。まだしばらくはこの国に滞在させていただきますが、どうか大目に見ていただきたく」
「ははは、好きなだけいればいいさ」
「ありがとうございます。それでは、私たちはこれで。…お兄ちゃん!しゃんとして!」
「うっ…。あ、ありがとうございました…」


いつまでもウジウジしている兄の背中を思いっきりひっぱたき、ラナンラはセドを連れて退室しようと部屋の出入口へ向かった。

しかし、なぜか出口の一歩手前で硬直。不思議に思ったセドがラナンラの顔を覗き込むと、先ほどの自分と同じように青ざめた顔をしている。鼻に届いたのは、薬草の匂い。


「アールヴの人たち!まだいる!?」


そこへ息を荒げてやって来たのはヤムライハだった。どうやら二人に用があったらしく、すぐ目の前にいることに気づくと興奮した様子でラナンラの手を握った。


「良かった!あたし、どうしてもあなたたちに聞いてみたいことがあって…」


昨日アールヴの名前を聞いたときから気になっていて、今の今まで文献を漁っていた。北方の民族史ばかりを探していたけど、アールヴの名前が出てきたのはルフに関する文献で時間がかかってしまった。ぜひ、話を聞かせてほしい。

以上を一息に喋ったのち、ヤムライハはラナンラの様子がおかしいことに気がついた。なんだかすごくぐったりしている。


「胸の格差社会、はんた、い…」


結局、このしっかりしているように見えるラナンラも、やはりあの兄の妹ということなのである。



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