「顔面格差社会反対!!」
「胸の格差社会反対!!」

「マスルール、モルジアナ。今すぐ元いた所に戻してきてください」


呼ばれた二人は顔を見合わせ、拾ってきたわけではないと反論した。これに頭を抱えたのはジャーファルだ。上座に座る国王、シンドバッドは別の意味で頭を抱えている。


マスルールにしがみついてやって来た人物はセドと名乗り、母と間違えた理由を


「お母さんと同じ匂いがした。ちょっと見ない間にガタイが良くなったなと思った」


と答えた。こんなにも筋骨隆々な女性は見たことがありませんね、とジャーファルは愛想笑いを返した。

そしてモルジアナに抱えられてやって来た人物はラナンラと名乗り、母と間違えた理由を


「お母さんと同じ匂いがした。ちょっと見ない間に小さくなったなと思った」


と答えた。目で見たものより匂いを優先するなんて動物的と言うか野性的と言うか。この二人にしては珍しく面倒なものを拾ってきてくれたな、とジャーファルは空笑いを返す。

ちなみにシンドバッドは女性たちを侍らせていたところを八人将たちに捕獲され、中途半端に酔いが醒めて現実逃避を試みているところである。頭も働いていない。そして尚も謎の二人組の混乱は続く。


「ちょっと待ってどうしよう。イケメンいっぱいで怖い。目が潰れる。惨め過ぎて心が折れた」
「すっごいおっぱいおっきい人がいる。何食べたらああなるの?無理、惨め過ぎて心が折れた」


顔をほとんど布で覆っているせいで分かりにくいが、声からしてマスルールが連れてきたのが男、モルジアナが連れてきたのが女らしい。とにかく今はよく分からないことに怯えている。

僅かに覗いていた目元を手で覆い、蹲ってブツブツとうわ言を繰り返す様はあまりにも奇妙。シンドバッドで大抵のことには慣れている八人将たちも、さすがに困ったような顔をした。




「たぶんこの人たち、ファナリスっスよ」


そして意外にも、この状況を打破したのは普段は寡黙なマスルールだった。隣でモルジアナも同意を示すように頷いている。少し間を置いて、ようやく現実に帰って来たらしいシンドバッドが理由を尋ねた。


「お前たち二人がそう言うからには、それなりの根拠があるんだろう?」
「まあ」


マスルールはまず、一瞬にして屋根の上まで飛び上がれる脚力を挙げた。モルジアナはすぐに振りほどくことのできなかった腕力を挙げた。そして何より、同じ匂いがするのだと二人は口を揃えた。

件のセドとラナンラは惚けたような顔で二人を見上げている。手のひらで隠されていた目元が見えるようになったわけだが、なるほど。たしかにファナリスらしい特徴的な目がそこにあった。


「ファナリスを知ってる人に会うの、初めてです…」
「私たちも、ファナリスですから」
「はあ〜、道理でお母さんと同じ匂いがするわけだわ。ファナリスって言ったらお母さんしかいなかったから、これがお母さんの匂いだと思ってました」


お母さんしか。この言葉に一同は首を傾げる。身体的特徴、マスルールとモルジアナが言う匂い。以上の点から言ってこの謎の二人もファナリスなのかと思ったが、彼らの口振りからするに違うらしい。


「俺たちはファナリスのハーフなんです。お母さんがファナリスで、お父さんはアールヴという北の民。詳しい場所は言えませんが、ここより北と西に行った山奥の村に住んでいます」
「夫婦喧嘩してお母さんが怒って出て行ってしまったので、私たち兄妹で匂いを追ってここまで来ました」


でも海を渡る前に港で撒かれてしまって。
方角的に暗黒大陸しか心当たりがなかったけど…。
お母さんのことだから読めないなあ。
うーん…。


この二人、随分と気の抜けた調子でやり取りしているが、話の内容はとんでもないものである。

まず、ここは南の果ての国。シンドリアから見ればどの国も北の国ということになるが、一般的に北の民と言われればシンドリアから遠く離れた位置を指すだろう。目測二十にも満たない子供が気軽に来れる距離ではない。

しかも、匂いのみを頼りにやって来たらしいのだから救えない。ファナリスの血は半分と言っているが、それにしても人間離れしすぎている。


「とりあえず、今日はもうお開きにしよう。君たちにも部屋を貸すからそこに泊まるといい」


俺はもう疲れた。そう言ってシンドバッドは退室してしまったが、みな同じ意見だったので咎める者はいなかった。



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