アールヴの民



月の明るい夜だった。穏やかな光は、先の内乱で傷付いた少年たちの心を癒そうとしているようにも見える。

赤髪の少女は一人、丘の上から街を見下ろしていた。赤髪の青年もまた、場所は違えど同じ街を見下ろしていた。気になるものがそこにあったからだ。

すんすん、と軽く鼻を鳴らし、琴線を弾く匂いを辿る。土を蹴り、壁を蹴り、風を切るように駆ける。巻き起こした土煙に混じり、自分と同じ、彼(彼女)と同じ匂いが鼻先を掠めた。


(間違いない)


確信を持って、匂いの元を目指す。赤髪の少女は宙を舞うように夜空を駆けた。赤髪の青年は眼下に見慣れた酔っぱらいを捉え、見なかったことにして頭上を通過した。前後左右に女を侍らせていたから特に問題ないだろうと思った、とは後の彼の言である。

一つ、二つ、ひしめくように並ぶ家を続けざまに飛び越えたところで、追い掛けていた匂いが不意に強まった。直後、背中に感じた人の気配。反射的に体を反転させ、拳を構えるが、その拳が出される前に理解不能な言葉が鼓膜を揺らした。


「お母さん!!やっと追い付いた!!」


赤髪の青年もといマスルールは、“子供なんて作ったか?”と見当違いな方向へと首を傾げた。




そして同じ頃、別の場所で匂いを追い掛けていた赤髪の少女もといモルジアナの耳にも、似たような声が届いていた。


「お母さん!!探したのよ!!お父さんなら私とお兄ちゃんでちゃんと叱っておいたから!一緒に家に帰りましょう!!」


がっしりと抱き締められ、振りほどくより先に自分に掛けられたらしい言葉を理解しようと必死に頭を回転させる。誰かと勘違いしているらしい。私と同じ赤髪か、目か、背丈か、声か。それなりに予測は立ててみたが、結局は最初の“お母さん”の一言に阻まれて答えを出すことは叶わなかった。

さて、どうしたものか。二人の赤髪は泣きついて離れない相手を見て溜め息を吐く。そして自分だけでは解決できない(というか面倒くさい)という結論に行き付き、誰とも知らない誰かを抱えて再び夜の空へと駆けて行った。



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