「すみません、うちのセドとラナンラがこちらにお邪魔してないでしょうか…」
「今日は来ていませんが、何かあったんですか?」
「いつもならこの時間には店の手伝いに帰ってくるのに、珍しく帰ってきてないもんで…。分かりました、他を当たってみます」


王宮の門前で、男が一人青ざめた顔で門兵に何事かを尋ねていた。森での鍛錬から帰ってきたモルジアナは首を傾げ、マスルールはいつかヤムライハのやけ酒に付き合わされた時に見た顔だと思い出す。出されたのはよく知った名前。素通りすることはできない。


「セドとラナンラが、どうかしたんスか」
「マ、マスルール様!…実は、あの子らの帰りが遅くてどこにいるか分からないんです」
「王宮には?」
「今日は来られておりません。わたくし共はてっきりマスルール様たちと森にいるのかと思ったのですが…」
「いや、森にも来てない」


男…ガッサの顔から一気に血の気が引いていく。王宮にも森にも兄妹は来ていない。今までこんな時間まで帰ってこないことはなかった。何かあったのかもしれない。

過った嫌な考えを確信へと導くように、また王宮へとやってきた者が声を上げる。


「すみません!うちの娘がいなくなってしまって…!心当たりは全部探したのに、どこにもいなくて…!!」
「お前のところもか!?」
「ガッサ!…お前もって、まさかセドとラナンラもいないのか?」
「ああ。昼過ぎくらいから行方が分からん」


セドとラナンラだけでなく、他にもいなくなってしまった者がいる。ただ単に、どこかで時間を忘れて遊んでいたり、寝過ごしたりといった平和的な可能性は限りなく0に近くなった。


「とりあえずジャーファルさんに報告してきます。あの人ならたぶん、まだ仕事してますし」
「私も何か手伝わせてください」


マスルールとモルジアナが王宮内へと消えていく。残されたガッサたちは立っていることすら辛くなってその場に座り込んだ。無駄だと分かっていても、無事でいてくれと祈ることしかできなかった。





「セドとラナンラだけでなく、別の娘までいなくなったんですね?」
「はい」
「…王宮内に残っている人を、できるだけたくさん集めてください。兵舎に戻っている者は叩き起こしても構いません。まずは他にも行方の分からない方がいないか、調べましょう」


ジャーファルはやはり白羊塔に残って仕事をしていた。彼には匂いがないから、当たりをつけていた場所にいてくれたのは運が良かったかもしれない。この人は探すとなったら時間がかかる。


「じゃあ、俺は兵舎の方に」
「私は銀蠍塔から回ります」
「二人とも、お願いします」


飛ぶようにして消えた赤髪を二つ見送って、今ここにはいない赤髪に思いを馳せる。まだ、状況は全く把握できていない。正確にいうと、理解したくない。それでもジャーファルの頭にはひとつの可能性が浮かんでいる。

手遅れになる前に。シンドリアの地図を掴み、次なる指示を出すために彼もまた走り出した。


王宮の外に出ると、そこにはすでにたくさんの松明が灯っていた。宮仕えの者、そしてガッサたちが集めた者がみな深刻な面持ちで待っている。一人がジャーファルに気づくと、中心にいた八人将の元へと道が開けられた。


「ジャーファルさん、セドとラナンラがいなくなったって…」
「はい。他にも行方の分からない方がいるようです」
「今分かっているだけで六人、行方の分からぬ者が」
「ドラコーン将軍、その方たちの年齢、性別、容姿、それと人種…分かる範囲で教えてください」
「それってまさか、」
「シンも…いつかあるのではと危惧していたことです」


探すだけなら、名前と容姿だけで事足りたはずだ。しかしジャーファルが求めた情報のひとつにあった“人種”。これにピスティは表情を強ばらせる。他のみなも似たような反応だった。

シンドリアは他民族国家。さまざまな人種が入り交じり、分け隔てなく暮らしている夢のような国。主な産業は観光で、人の出入りも激しい。そこから懸念されるのは、


「奴隷狩り…」


誰かが呟いた言葉に、嫌な沈黙が走る。

モルジアナは自分の足下に視線を落とした。かつて繋がれていた鎖は断ち切られ、今では誇りと呼べるまでになっている。しかし、なかなか消えなかった足首の痣、毎夜夢に見る辛い日々。奴隷だった頃に、いい思い出なんてひとつもない。


「早く、みなさんを助けましょう」


助けたい。その想いはモルジアナが一番強かったかもしれない。止まっていたかのような時間が、モルジアナの一言でようやく動き出した。

まず、ジャーファルが地図を広げて最後に行方不明者を見た場所や時間を順に尋ねた。不審な者はいなかったか、他にも連れ去られかけた者はいないか。一番多く情報が集まったのはやはり、直前まで人を訪ねて回っていたセドとラナンラについてのもの。


「世界中を回ってる客船が来てるって聞いて、俺が二人にそれを教えたんだ」
「あたしは、あの子たちにバザールでそういう人たちを見なかったかって聞かれたわ」
「俺もだ」
「なんでもそれらしい船に誰もいなかったとかで…」
「その船というのは?」
「普通の客船です。煌帝国の近くから来たっていう」
「ん?俺はバルバッドからって聞いたぞ」
「おかしいねえ、あたしはここより北と少し西に行った所からって聞いたよ?」


情報を書きまとめていたジャーファルの手がぴたりと止まった。素性を眩ます謎の客船。間違いなく、黒だ。


「隊を分けます。ドラコーン将軍は一番部隊と二番部隊、ヒナホホ殿は三番部隊と四番部隊を率いて怪しい者たち、及び行方不明者の捜索に当たってください。モルジアナはドラコーン将軍と共に」
「「御意」」
「分かりました」
「残りの五番部隊は私と一緒に港へ。ピスティは上空からの捜索、ヤムライハはここに残って魔法での捜索と、集まった情報をまとめてもらえますか?」
「りょーかい!」
「はい!任せてください!」
「俺は」
「マスルールも私と一緒に来てください。あの子たちがすんなり連れ去れたとは考えにくいですから」


何らかの痕跡が残っていればマスルールの嗅覚で追える。モルジアナと隊を分けたのもそのためだ。集まっていた国民たちもそれぞれの隊に分かれ、情報を伝えながら走り去っていく。ガッサは港へ向かう隊に加わった。シンドリアを出入りする船に一番詳しいのが彼だからだ。


「客船はそんなに大きくありませんが、乗客自体も少なかった。食料のことを考えても連れて行けるのは精々五、六人が限度かと」
「…すみません。危険と分かっていながら入国審査で厳しく取り締まらなかった私の責任です」
「何をおっしゃるんです!来る者拒まずがこの国と王の良さじゃないですか!ジャーファル様が気にするようなことじゃありませんって!」
「しかし…」


ジャーファルの表情は晴れない。いっそ責めてくれれば楽なのにとすら思う。

港までの長い道のり、ジャーファルはひたすら自分を責め続けた。



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