雨があがり、二人の剣舞も終わった。まるで夢から覚めたような感覚。頭はすっきりとしているが、少しだけ寂しいような気もした。

一息ついて幹のウロに隠してあったクッキーを取り出し、兄妹は改めてアラジンへと向き直す。


「俺の名前はセド」
「私は妹のラナンラ。あなたの名前は?」
「僕はアラジンだよ。よろしくね」
「よろしく、アラジン」


交わした握手と一緒にクッキーをふたつ、アラジンの小さな手のひらに乗せる。友を失ったショックで食欲なんてずっとなかったのに。お腹が空いた、という感覚をアラジンは久しぶりに思い出した。

三人はクッキーをかじりながら、濡れた草の上をゆっくりと歩く。割れた雲間から夕陽が射し込んで、赤と青の髪に不思議な色を乗せた。


「セドおにいさんたちはどうしてこんな所で踊っていたんだい?」
「ルフの声が聞こえたから。気がついたら体が動いててさ」
「そういうアラジンは?」
「僕はね、ルフたちがここへ集まっているのが見えたから。おにいさんたちが踊ってたからだったんだねえ」


まだ名残があるのか、ルフは兄妹の肩に留まったり手に触れたりと離れる気配がない。アラジンにはそれがはっきりと見えていたのだが、どうにもこの兄妹には見えていないらしい。あれだけルフを惹き寄せる力を持っているのに、不思議な人たちだと思った。

そしてふと、大きな耳に目が留まった。この耳がルフの声を聞き取ったんだろうか。モルジアナとよく似た容姿の二人だが、唯一耳だけは明らかに違う形をしている。


「私たちの耳、気になる?」
「あ、ごめんよ。おねいさんたちは僕の友だちにすごく似てるんだけど、耳だけは違うから気になって…」
「友だちってファナリスか?」
「うん。よく分かったね!」
「俺たちもファナリスの血を半分引いてるから、よく間違われるんだよ」
「ちなみにもう半分の血がこの耳ね」


指された耳は、赤い髪の下から空へ向かって伸びている。耳がよくなった代わりに目が悪くなって、それを補うために鼻がよくなった。人間って不思議よ。ラナンラはそっと微笑む。

二人は“マギ”という言葉を知らない。極稀にルフに愛される人間がいるということは聞いていたが、その呼び名や影響力までは教わらなかった。元々、ルフの声を聞くことを苦手としていたせいもある。だから、アラジンがアールヴの民として最も敬意を払うべき人物だとは思いもしなかった。


「それにしてもアラジン。お前痩せすぎじゃないか?」
「私も気になってた。ちゃんとご飯は食べてるの?」
「…いろいろあって、最近はどうしても食べられなかったんだ」
「そうか。詮索はしないが、今は食べられるか?クッキーももっと食べていいんだぞ?」
「ありがとう!実はおにいさんたちの踊りを見てからなんだかお腹が空いちゃって」
「私たちの踊りにお腹が空くまじないはないわよ」


受け取ったクッキーを美味しそうに頬張るアラジンを見て、兄妹は呆れたように笑った。正直、ルフの中で踊っている間は意識が飛んでいるせいで自分が何を喋ったかもろくに覚えていない。でも、見ていてお腹が空くようなものでないことだけは確かだ。細かいことは分からないが、元気が出たならそれでいいと思うことにした。

しばらく、他愛のない会話をしながら歩いた。そうして森の出口まで着き、ここからアラジンは西へ、兄妹は東へ別れることになる。


「じゃあ、俺たちはこっちだから」
「うん。今日は本当にありがとう」
「私たちは別に何もしてないわよ?ねえ、お兄ちゃん」
「うん。何もしてない」


二人で顔を見合わせて、アラジンに視線を合わせる。アラジンはにっこりと、嬉しそうに笑った。


「セドおにいさんとラナンラおねいさんの踊り。僕は少しだけ勇気を分けてもらった気がするんだ」


だから、今度は僕が友だちに勇気を分けてあげる番。小さな手を握りしめて、アラジンは自分に言い聞かせるようにはっきりと、声に出して言った。

アラジンの痩せ方、物も食べられないほどのショック。大変だったのだろうと思うが、兄妹には察することしかできない。きっとアラジンの友だちというのも、同じくらいの傷を負っているのだろう。気安く“頑張れ”とは言えなかった。


「アラジン」
「ん?」
「俺たちにできることがあったらなんでも言ってくれ。力になる」
「勇気が出たのなら、踊りもまた踊るわ。あなたのことはなんだか放っておけないの」


本能的に、アールヴの血は悟っていた。目の前の子供が最も敬意を払うべき人物であることを。

これもルフの導き。三人は再び会う約束をして、己を待つ人の元へと帰って行った。




『アールヴの民』了



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