作法委員



ふんふん、と鼻歌混じりに鏡を眺める。私が結っても十分綺麗だけど、やっぱりプロに結ってももらうと違いが分かるものね。

「はい、できたよぉ」
「ありがとうございます、タカ丸さん」

いろんな角度から鏡を覗いて、その出来映えに思わず溜め息。たかが垂髪、されど垂髪。肩に掛かる髪のこの絶妙な流れに職人の矜持を感じるわ…。
本日は休日、場所は長屋、天気は晴れ。ここしばらくは実習やら委員会続きで買い物にも行けなかったから、今日は本当に久しぶりのお休み。溜まりに溜まった鬱憤任せに暴れてやろうかとも思ったけど、そうなる前にお休みをもらえて良かったわ。

「名前くん、今日は誰かとおでかけ?」
「はい。本当は仙蔵先輩もとい仙子お姉さまとおでかけしたかったんですけど…断られてしまいました」
「うーん、それはすごく残念。二人ともとってもキレイだから、僕も髪を結わせてもらいたかったなぁ」
「タタタ、タカ丸さん!では次の折にはぜひ仙子お姉さまとお揃いの髪型に…!」
「うん、いいよぉ」
「はい!言質いただきました!あとで書類を作ってくるのでサインをお願いします!」
「う、うん?」

仙子お姉さまとお揃いの髪型…!これで街を歩けば姉妹にしか見えないはず!考えただけでそれはそれは素敵なことで、思わず恋患う乙女のような溜め息が漏れた。はあ…伝七も連れていきたいけれど、女装したらやっぱり名前は伝子ちゃんになるのかしら。
名前と言えば喜八郎も困るのよね。前に仙子お姉さまとお揃いの紅を自慢された時は『あんたなんかターコちゃんで十分よ!』って言って仙蔵先輩に怒られちゃったし…。

「そういえば、仙蔵くんに断られちゃったって言ってたけど、街へは一人で行くの?」
「いえ、りんちゃんと一緒です」
「りんちゃんって…会計委員の加藤林蔵くん?」
「はい。りんちゃん、今日は学園にいたくないとかいるとまずいとか逃げるとかなんとか言ってたから、私が誘ったんです」

タカ丸さんが櫛や結い紐を片付ける傍ら、頬に手を当ててにこりと笑う。りんちゃんは加藤村馬借組合の長男坊。逃げるって言った理由はなんとなく分かるし、一緒に出掛けるのも嫌じゃない。あと綺麗な子となら我慢もできるけど、やっぱり買い物中に野郎に群がられるのは嫌なのよね!
あらぬ想像をしているのか、目を泳がせるタカ丸さんに“野郎避けです”と告げればあからさまにほっとするから笑っちゃう。

「おーい、お雪ー。支度できたぞー」

そんなやり取りがあったとは露知らず、呑気に手を振りながら現れたのは話に挙がっていたりんちゃんで。その呑気さがりんちゃんらしいなと思って手を振り返せば、感じた違和感に首が傾く。

「あら、今日は珍しく袴なのね」
「魅惑の太股は封印した」
「ホントだぁ。林蔵くん、袴だと雰囲気変わるねぇ」
「タカ丸さんってばボケ殺し…!」
「やだわ、りんちゃんったら。私の方が魅惑の太股よ?」
「…お前のはボケじゃなくてマジだからヤダ」

だって事実だもの。仕方ないじゃない。ほんのお茶目でぴらっと裾を捲ると、頬を染めたタカ丸さんが慌てて裾を押さえてきた。きゃー!タカ丸さんったら破廉恥!
触った後で気付いたのか、更に顔を赤くしてへにゃっと眉を下げたのが可愛かったので特別に許してあげます。

「で、でも林蔵くんはどうして袴なの?」
「タカ丸さん話変えましたね」
「林蔵くんっ!」
「ははは、冗談ですって!えーっとですね、まあ簡易的な変装っすよ。たぶんこいつと一緒にいれば遠目には分からないんで」
「変装?誰かから逃げてるの?」
「実はですね、これにはとても深い事情がありまして…」
「りんちゃんは女の子が苦手でお見合いから逃げてるのよねー?」
「名前てめえ!!」

男ばっかりに囲まれて育ったりんちゃんはとにかく女の人が苦手。普通この年頃の男の頭の中なんておっぱいでいっぱいでしょうに。この男臭さでこの初っぷりじゃあ、お父上が心配なさるのも無理ないわ。
顔を真っ赤にしてぎゃんぎゃん吠えるりんちゃんを尻目に、もう一度髪結いのお礼を言ってタカ丸さんに背を向ける。ほら、早く行かないと清八さんが来ちゃうんでしょ?今日はお団子奢ってくれるって言ったんだから、さっさと街に行くわよ!

口答えばっかりするりんちゃんの腕に自分の腕を絡め、半ば引き摺るようにして門を潜る。その後ろでタカ丸さんが、

「あの二人って、なんだか夫婦みたいだねぇ」

なんて呟いていたのには、これっぽっちも気付かない私たちでした。



五年は組